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第160話 スーパーレア級

「はいよ、塩ラーメン、醤油ラーメン、油そばお待ちどうさん」


 ドン、ドンと長テーブルに並べられる丼。


 麺類は案外早くできるため、他の料理の仕込みをする片手間で作られた───にしては、どれも本格的で、しかも笑ってしまうくらいうまい。インスタント麺もうまいが、生麺を茹でただけなのに脱帽してしまう。


 麺類をオーダーしたのは迅と俺と龍弐さん。涎を垂らす女子たちの隣で先に食べ始めるのもどうかと思ったのだが、「早く食わないと伸びちゃうぞ」とアルマに指摘されたので、先に食べることにした。アルマはすでに炊飯器から白米を丼によそい始めているので、飯類の提供も秒読み段階なのだろう。


「はいよ、ヅケ丼四つお待ちどうさん」


「いただきまーす」


「いただきます」


「うわぁ………お魚なんていつぶりでしょう」


「いただきます」


 合掌し、いざ実食の戦場に臨んだ女子四人。


 丼飯系は空気を読んで、利達がオーダーしたまぐろのヅケ丼で統一した。その方が早く食えるからだ。


 確かにヅケ丼は頭が冷たくてもいい。白米が温かければクリアされる。とはいえ、アルマの仕込みは素人目から見ても完璧だった。調味料を合わせたものを鍋にかけて沸騰する前に止め、ある程度の熱を取るとバットに移してマグロを漬ける。適度な時間で取り出して白米の上に乗せて、わさびを別にして提供。


 多分真似はできるのだろう。俺たちであっても。しかし複数人いてもここまで早くはできない。アルマはひとりですべてを調理し提供。しかも使い終わった器具の洗浄まで同時進行していた。その動きたるや、龍弐さんの敏捷力と同等だと思う。



『なんだこいつ』


『新メンバーか?』


『こいつヤベェぞ』


『昼飯時だからいいけど、夜やられたら絶対飯テロになるやつ』



 フェアリーは俺たちの周囲を飛び交い、食事を実況中継している、アルマには許可を取っているが、顔を出すとまでは言っていない。雨宮の差金だ。外堀から埋めまくって口実とし、逃がさないようにしたか。


 強引ではあるがうまいやり方だ。これでリスナーがアルマを認知し、マリアチャンネルの一員として扱うようになれば、抜けるに抜けられなくなる。


 どんな汚い手段を使ってもアルマをものにするべく強硬策に出た。内心では賛成多数だが、同情と罪悪感を禁じ得なかった。


 かといって、アルマほどの腕前の料理人を手放していいのか? と問われても───それとこれとでは、話しが別だ。


「ふぅ。さて、飯だ飯だ」


 アルマは炊飯器から白米をこれでもかと丼にぶちこむと、俺たちのいる男子テーブルについてマグロのヅケ丼を食べ始めた。わさびで利かせた醤油で俺の鼻にまでツンとくるようだ。


「ん? ………どうした京一。ああ、足りなかったか? ならヅケ丼出してやるよ。待ってな」


「い、いや。それくらい俺がやる」


「いいって。遠慮すんな」


 アルマは俺の視線を勘違いして、また仕事を始める。まだ食べられるのは確かだが。


 これには罪悪感が増した。アルマはやっと自分の食事を始めたばかりなのに中断させてしまった。俺の目の前にある丼ぶりには、まだ三口目しか食べていないヅケ丼が残っている。もしこの調子で仕事を続けていたら、俺たちが完食するまでにアルマが完食できない。


「なぁ。自分のは自分でできるって。アルマはまだ食べてる途中だろ?」


「なーに。これも料理人の宿命ってやつさ。大丈夫だ。早食いは慣れてる。これでも店やってる時なんてしょっちゅうだったんだぜ?」


 アルマがラーメン屋の店長だったのは昔の頃の話しだ。今はもう冒険者のはずなのに、昔の経験を思い出したのか、嬉しそうに給仕している。


「しっかし………炭水化物ばかりだな。これじゃ栄養面で心配になる。野菜を食べないと。夜は野菜多めにしような。と、すると………サラダってのも味気ない。まだ冬は終わったばかりだけど、鍋でもいいな」


 俺のヅケ丼を作りながら献立を考えるアルマ。


 受け取った温かい丼ぶりに触れた時、感激するあまりまた涙が出そうになった。


 俺たちは昼飯だけでなく、夕飯までアルマの手料理を食べることができる。


 たったそれだけでモチベーションが上がる。なんでだろう。今ならかつてないくらいのペースで進める気がした。






 有言実行───いやなにも言ってないから不言実行なのか。


 食後、食休みついでにアルマの食器と調理器具の掃除を見て、ついでにマリアが差し出してくれた羊羹をつまみ、アルマが素早く淹れてくれた緑茶を堪能する。


 料理人っていうより便利屋かよ。それか執事だ。


 スーパーレア級の仲間を得て、俺たちの英気が養われ、いざ出発となると、足早というか、足が軽く感じられた。


「あはは。すっげぇや。あったかい飯を食べただけなのに、こうも違うんだねぇ」


「気の持ちようとは言いますが、これは………食事というのは、本当に侮れませんね」


「冷や飯ばかりの頃と、足取りが全然違う!」


 全員が感動を噛みしめた。食のあり方次第で、こんなにも差が出るのだと。


 滑川寄りだったのを修正し、東松山を爆走した。


 巨大なキノコ群を跳躍し、それさえも抜けると、またもや自然が広がるフィールドエリアに突入する。太い木の根が露出し地面とする場所を、隊列を組んで走った。


「すっげぇ! 全然疲れねぇや!」


 マリアを背負って移動する迅が感激を口にした。


 高所恐怖症だったマリアも、気の持ちようが回復したのか、迅の移動を一種のアトラクションとして楽しめるほどに回復している。


 なるほど。マリアがメンタルブレイクしたのは、これまでの旅路が壮絶だったり、強敵の出現だったり、人間同士の諍いに巻き込まれたり───と初心者にしては精神面できつい状況が立て続けに発生したが、その荒れ果てた精神を回復できる場面がなかったからだったのか。


 アルマが作るうまい飯で回復したマリアは、まさに無敵状態。逆にフェアリーでさえ追尾するのがやっとなほど。


 ここまでは順調に進捗が捗っている。グングンと高度を増し、ダンジョンのより奥へと進んでいるとわかる。


 二百年前の地図と照会すると、もうすでに東松山の中心まで来ていた。


 いっそのこと、地表にでも出て関越道跡地を沿って進めればもっと楽なのかもしれないが、空気の薄さを考えるとそう長くは続かないか。


 今は地道に地図を参考にして正解を手繰り寄せるしかない。


「へぇ。フィールドってこんな感じなんだねぇ。熊谷市跡地の下を縮小したイメージ?」


 斥候を担う龍弐さんが首を傾げた。


 これまで俺たちは広大な広場を進んだ経験が二度とほどある。


 ひとつは群馬ダンジョンの桐生市跡地地下。水と岩しかないフィールドで、行く先を見ても奥への壁が見えなかった。もうひとつは熊谷市跡地地下。まさにジャングルで、広がる自然はなにもかもでかい。そして壁が見えなかった。


 ところがここは壁が見える。ジャングルをイメージできるが、檻や鳥かごのなかから見る縮小化された自然を連想した。


「ここから先は、こんなフィールドが連結したボックスみたくなってるんだ。広いっちゃ広いから、乱戦になったら環境を利用するといいぞ」


「七海さんは、ここにも来たことがあるんですか?」


「少し前にだけどな。他と比べて採取できる素材が多いけど、モンスターがまた群れで来るからなぁ。少し面倒くさいんだ。生息環境もフィールドボックスごとで違うから、人間にとってはストレスになるかもしれない………うん?」


「どうしました?」


「ちょっと待っててくれな?」


「七海さん!?」


 アルマは急に走り出すものだから、待てとは言われたが、奏さんが視線で俺に「行け」と伝えたため、念のため追いかけた。


たくさんのブクマ、評価、感想ありがとうございます!

久々にこんなに頂いて、跳びあがるくらい感激しております!

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