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第159話 歩くファミレス

 しかしふたりとも、喧嘩に熱中するあまり、背後から迫る鬼神に気付いていない。


 鬼神はそっと手を伸ばすと、迅の腕と利達の頭を掴んで、思い切り握った。



「おふたりとも? 七海さんになにを無礼を働いているんですか? そんな元気があるなら、名都さんから頼まれたトレーニングメニューを改良し、泣くことも笑うこともできない体にして差し上げましょうか?」



 奏さんが泣く子も黙るどころか見ただけで死にそうな真顔で兄妹を脅迫した。


 龍弐さんや俺へのお仕置きとはまた異なる恐怖だ。俺もあんな顔を向けられたことがない。


 奏さんはアルマの料理をとても気に入っていた。そんなアルマは、今は俺たちを知るために同行している。正式にパーティに入ったわけではないので、少しでも不快感を覚えれば別れてしまうかもしれないと危惧し、不安要素を排除しにかかった。


 目が完全にきまっている。非合法の薬物でも摂取したのかと疑いたくなるような鬼神の目だ。


「す、すんませんした姐さん!!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」


 哀れな兄妹はマシーンにはなりたくないと、震えながら恩赦を請う。


 ちなみにいつもなら、茶化して怒りの矛先を自分に向けさせるよう仕向けるはずの龍弐さんは、「テメェぶち殺しちゃうゾ?」と言いたげな目をする奏さんに接近しようとはしなかった。


 さすがに殺されたくはないものな。俺だって近寄りたくない。


 迅と利達はあとで説教をするとして、奏さんはアルマに頭を下げに行く。


「申し訳ありません。彼らはご覧のとおり………いえ、迅くんは私たちのなかで一番高身長なのですが、男子のなかでは最年少でして。お見苦しく、苦痛でもあったなら私が謝罪しますので、どうかご容赦願いたく………」


「ああ、いいよ。気にしなくて。俺には妹がいるんだけど、利達と同じくらいの年代の頃にもあんなことはされたことなかったんだ。迅も含めて、可愛い弟と妹ができたみたいで楽しかったよ」


「そう、なのですか?」


「ああ。ふたりの年代ならこんなもんだろ。このくらいのスキンシップなら歓迎だ」


 なんていうか、流石というか、俺の倍は生きているだけあって、アルマには余裕があった。


 奏さんは成人して間もないが、アルマは一回り上なだけあって、これが大人の対応なのだと学ばされる。


「ふたりとも、食べたいのはラーメンとヅケ丼だな? ラーメンは出汁を取るところから始めたいんだが、これからは八人分作らないといけないし、時間がない。だから俺がよく作る方法で時短するぞ。麺も残念ながら市販されてるもんだ。ヅケもそんな漬けてられないし。それでもいいか?」


「うす! アルマの兄貴の作るもんなら絶対うまいっす!」


「あたしも! アルマ先輩の作るものならおいしいからいいよ!」


「はは。ありがとな。頑張るよ」


 なんていうか、歩くファミレスみたいなひとだな。ファミリーレストランなんて無いから行ったことないけど。


「みんなはなに食べたい? あ、できるなら二種類だと助かる。麺類と丼ぶり系で縛っちまって申し訳ないけど」


「そんな! 二種類のなかから選べるなんて贅沢すぎます!」


 奏さんが負担を考えてプランを修正しようとするのだが、アルマは首を横に振った。


「いいんだよ。これでも元店長だし。大量生産の経験もある。でも少し時間もらうから、昼飯時よりちょっと前に休憩してもらえると助かるけどな」


 神対応とはこのことだと思う。


 なぜだろうな。俺たちが同じことしようとすると、絶対に冷めそうなのに。麺類なんて絶対に伸びそうなのに。アルマが担当するとなると、絶対にうまいものが出てくるって信頼があるんだ。それも抜群にうまいタイミングで提供してくれそうな予感がする。


「で、では………それなりに進みましたし、もう準備にかかられてもいいと思うのですが………ゴキュッ」


「ええ。そうね。午前中にしてはかなり進んだと思うわ。………ゴクリ」


 うちの女子たちは欲望に忠実だ。


 マリアも鏡花も、アルマの飯を渇望している。もう少し進めるところで休憩を進言しやがった。


「よっしゃ。じゃあ平坦な場所探してくるねぇ」


 いつもなら絶対に自分からそんなことをしないのに、龍弐さんは自ら率先して調理しやすい場所を探すと言って、スキルまで使って先に進む。


「へぇ。スキル持ちはやることが違うなぁ。あ、そうだマリア。パーティの予算を使って調理していいって言ってたけど、本当にいいのか?」


「もちろんです! 必要な分だけ言ってくだされば送金しますよ」


「なんだか悪いなぁ。年下から集るようで。なんかヒモになった気分」


「とんでもない! いや、もう本当にとんでもないので、使ってください!」


 複雑な心境になったアルマが躊躇わないよう、マリアは必死に説得する。最終的には奏さんが説き伏せた。その力説たるや、弁護士や政治家を思わせるような説得力さえ有していた。で、奏さんが何万円単位でアルマのスクリーンに入金していく。


「おおぅ………すっげぇ稼いでるんだなぁ。これだけあれば何日も食えるぞ」


「遠慮せず使ってください。ジープが使えない以上、ガソリン代も浮いていますから」


 背に腹は代えられない。例えここから先、平坦な道が続いてジープでの走行が可能になったとしても、奏さんはガソリン代をケチって食費に回すだろう。それだけの価値があった。


「じゃ、遠慮なく………」


「………あ、あの。七海さん? 八人分となると相当お手間でしょう? 完成品を購入なされても、なにも言いませんが?」


「元料理人としては、それなりのこだわりってもんがあるんだよ。まぁ任せてくれって」


 奏さんと一緒にアルマのスクリーンで、マーケットのカートに詰め込まれていく商品を見たのだが、宣言どおり生麺は市販のものを購入していたが、それ以外は材料だけを詰め込んでいた。


 それから龍弐さんが戻ってきて、一キロメートル先に平坦なスペースを発見したと言うと、鏡花までスキルを使って距離をショートカットした。何回もダーツを投げて瞬間移動する。


 そして始まるランチタイム。


 平坦な場所に広げられるアルマの装備。


 今朝も見た業務用コンロ───中華鍋を振るえるくらいのそれに専用の鍋を設置して水を張り、六つある鍋にバスケットを挿入。このなかで麺を茹でるつもりだ。普段はやらないらしいが、こうも大所帯だとこの方が時短になるし使用するガスも少なくなるらしい。


 次いでガスで焚く炊飯器。合ではなくキロで焚くもの。俺たち男子勢が食べ盛りだからという理由で、一時間を目安に。二キロを焚いた。


「さーて。出番だぞ相棒」


「う、うん? アルマさぁん? それ、普通の包丁?」


「そうだよ。俺がバイトしてた店で使ってたもんさ。俺が出店する時にもらって、今でも現役。かれこれ十五年以上の付き合いだなぁ」


 通販や市場で買えるような普通の包丁はよく手入れされていて、切れ味も抜群だった。


 木のまな板に乗せられた野菜や肉や魚など、実に手際よくカットされていく。それでいて衛生管理もするというので、包丁を使い分け、実家から送られてくるというジュースや牛乳パックを洗って開いて乾かしたものの上で肉や魚を切っていた。使い終われば捨てるらしい。洗浄の手間を省く知恵だ。


「すっげ………奏以上じゃね?」


「本職と比較しないでください………」


ブクマ、評価ありがとうございます!

特に評価をフルでいただいたのは久々だったので、とても嬉しいです!


ちなみに元ラーメン屋店長だった私の包丁の腕は、我流かつ効率化を優先したものなので、料理学校やプロの料理人が見たら多分叱られるものでしょう。

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