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第158話 後悔のレベル

「おかしいですね」


 探索を担当する女性が述べた。


「どうした?」


「モンスターの気配がありません。いつもなら、すぐに出現してもおかしくないはずなのに」


「………確かに」


 ランザムクーガの交戦歴は群馬、栃木、茨城ダンジョンで活動する冒険者のものと比較しても、難易度が倍以上が異なる。討伐数も桁違いだ。


 そんな彼らにしてみれば、戦いこそが日常で、モンスターが群れ単位で進行しようとなんの混乱にも繋がらない。


「………スタンピードの予兆か?」


「モンスターハウスが近くにあるわけでもないのに、そんなことがあるのか?」


 ランザムクーガは歴戦の猛者による分析を可能としている。ほんの少しの違和感や変化も見逃さない、経験豊富な戦士たちだ。


 だが彼らをもってしてもこの状況における違和感や変化などの本当の意味を見いだせずにいた。


「静かすぎる」


「いつもならモンスターの鳴き声や足音がしてもおかしくないはずだ」


 鶴ヶ島市跡地は広域のあるフィールドがいくつも連なっている造りとなっていた。各地に異なる種族のモンスターが生息し、冒険者をいつも脅かす。


「………いや、足音なら………聞こえる」


「なに?」


 ひとりの戦士が地面に耳を付けて分析を行うと、大半がそれに倣う。残りが周囲の警戒を行った。


「四足歩行。テンポが遅いとなると、挙動も遅いか………いや、巨体という可能性もある」


「例のメタルイーター種か?」


「ここいらの地中に、確かに希少な金属があるのは確認しているが、掘削音がしない」


「これだけの足音をさせて、他のモンスターが反応しないというのは明らかに変だ」


「………嫌な予感がする」


 地に伏せていたメンバーが起き上がる。


 リーダーは中年の男性で、チーム全体の指揮を執る信頼の厚い人材だ。その男は黙考していたが、やがて答えを出す。


「確かにこれまで例のないことだが、警戒しながら進むことに変わりはない。やることといえば、いつも同じだ。総員、陣形を整えろ。周囲を警戒。なにかあれば報告。行動開始」


「了解」


「おう」


「あいよ」


「はい」


 リーダーの指揮に全員が応えを返し、陣形を整える。そしてゆっくりとだが着実に歩みを進めた。


 次の階層まであと少しなのだ。こんなところで引き返すわけにはいかない。常に上位を維持し続けたパーティの誇りがそうさせた。


 だが彼らは、数分後に後悔することとなる。


 それは「あの時引き返しておけばよかった」などの、生易しい内容で済むレベルではなかった。


「………暑いな」


「おかしい。急に気温が上昇したような」


 総員の額に汗が滲む。


 脇や胸、手足にもじわりと水気を帯び、最初こそプレッシャーによるものだと思われたが、ひとりが顎を伝う汗を拭ってから異常なほどの気温に気付いた。


「隊長………こりゃ、なんかおかしいぜ」


「ダンジョンは俺たち人間の常識の範疇にあるものではない。摩訶不思議であるのが常だ」


「俺もあんたも、その摩訶不思議とやらにどっぷり浸かって、時には失敗という痛みと一緒に学んだ仲じゃねぇか。まぁ聞け」


 どこか意固地になるリーダーを、幼馴染かつ往年の戦士が説得する。


「俺もあんたも、もうランキングに名を連ねるようになって長ぇ。だが、だからといって初心を忘れちゃ痛い目見るぜ? 危険だ。直進を考え直した方がいい」


「なぜそう思う?」


「はっ………俺だけじゃねぇだろ。おい。目の前が急に変になってきたやつ、どれくらいいる?」


 男がチームに尋ねる。すると、十八人全員が挙手した。


「陽炎程度で臆するな」


 リーダーも陽炎を目にしていた。これが汗の原因だ。


 このジャングルだか湿地帯だか、わからぬフィールドのなかで体力を蝕む原因ともなっているだろう。多湿な炎熱地獄だ。しかし全員エリクシル粒子適合者なこともあり、適度な水分補給さえあれば直進できる。リーダーはそう確信していた。


「進め。ダンジョンならではの異常な気温だろうと、いつまでも続くわけではない。ここさえ抜けてしまえば、次のフィールドは適温かもしれない。そこで一旦休憩するとして───」


「隊長っ」


「………なんだ?」


 ランザムクーガの隊員は全員が精鋭なこともあり、なにか異常があったとしても無駄には叫ばない。


 囁くような、短く発した声で注意喚起した。


「目の前を赤いなにかが通過しましたっ」


「赤いなにかとは?」


「不明です。ただ………」


「ただ?」


「巨大な、なにかが………」


「巨大? 赤いなにか………この炎熱………まさか」


 リーダーは急に地面に伏せる。再び地面に耳を押し付けて音を聞こうとした。大半が倣う。


「足音はしないですね」


「ですが、なんですか? この音」


「まるで………太鼓みたいな?」


 隊員たちの分析は正しかった。リーダーも同意見だ。


 しかし経験の差が顕著となった瞬間でもあった。


「太鼓ではない。………鼓動だ」


「鼓動? これがですか!?」


「ああ………それもただの心臓ではない。人間や同規模のモンスターでもない………もっと、もっと巨大な………っ!!」


 ドクン、ドクンと脈打つ音の正体を聞き分けたリーダーが、急に地面から耳を離す。


 怪訝に思った隊員が顔を上げるも、その時にはすでにリーダーは起き上がっていた。そして彼なら普段絶対にしないような、狼狽した表情で叫んだ。



「鼓動が変わった! ()()()()()! 総員、撤退だ!」



「お、おい。なに叫んでやがる。敵にこっちの位置を報せるようなもんだって、あんたはいつも叱って───」



「敵はすでに俺たちの場所も割り出している! クソッ………なにがダンジョンの摩訶不思議だ! こんなことがあってたまる、か………」



 リーダーは隊員に撤退命令を出しつつ、進行方向を振り向き───すべての動きを停止させた。


 ランザムクーガの全員が同じだった。


 心臓を鷲掴みにされるような恐怖。肌だけに留まらず肉や骨をジリジリと焼かんとする熱の権化。黄色に染まった双眸が、高みから人間を俯瞰しているのだ。



 これがランザムクーガの後悔である。



 撤退すればよかった? 違う。生まれてこなければよかった。そんなレベルだった。



 モンスターには地球上に存在する猫や犬といった原種がいるが、ランザムクーガを見下ろすそれの原種は存在しない。遭遇例などまったくなかったが、噂としては広まりつつあった。存在しているのではないかと。


 ファンタジーの世界における、想像上の生物。


 それが今、彼らを敵として認識しているのだ。


 もしランザムクーガに配信者が同行していたとすれば、またとない快挙を達成しただろう。


 史上初、伝説の生物に遭遇した瞬間であると。


 しかし快挙を達成した代償はあまりにも高い。


「逃げ───」


 リーダーの声は途中で消えた。


 計二十人の冒険者たちは、一瞬で灰燼と化す。


 周囲の樹々でさえも同じ末路を辿る。その範囲はあまりにも広かった。






   ▼ ▼ ▼ ▼ ▼






「ラーメン!!」


「うっせぇ! あたしはヅケ丼が食べたいんだ!」


「たまには兄貴の言うことを聞きやがれ!」


「兄貴なら妹の意見をたまには優先しろよ!」


 酷い兄妹喧嘩になった。


 迅と利達は、同行してくれるアルマを取り合っている。


 それもすべてはうまい昼飯のために。


 で、現に両腕を引っ張られている被害者のアルマは、


「あははは。俺を取り合うために喧嘩するんじゃねぇぞぉ」


 と呑気に笑っていた。


 迅と利達は埼玉ダンジョンでまたレベルを上げた。攻撃と防御もそれなりに強化されていて、そんなふたりが左右が引っ張る度に肩や関節がミシミシと悲鳴を上げていそうなのに。


 よく笑えるもんだと、ゾッとした。


ブクマありがとうございます!


ダンジョンならではの不気味さの演出でした。それが終わればこの落差。

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