第157話 すでに懐柔されていた
「アルマさん。なんで………入れないのぉ? 実は俺たちのことが嫌いだったとかぁ?」
熱燗で上機嫌となり、うまい食事とうまい酒がこれからいくらでも楽しめるのだと確信を得た龍弐さんが、涙目となってアルマに尋ねる。
「い、いや。違う違う! 嫌いじゃないぞ!? ただ………」
「ただぁ?」
アルマは全力で首を横に振った。それから渋面しつつ、理由を述べる。
「いや、冷静になって考えてみろって。俺、いま三十四歳なんだぜ? マリアの倍の年齢の男が近くにいたら、他のファンだって絶対気持ちよく思わねえだろ? 俺だって恐縮しちまうよ」
「う………」
いちファンとしてのまっとうな持論に、マリアは言い返すことができなかった。
アルマは自分だけでなく、他のファンを気遣えるのか。どこぞの自爆魔みたいな自己中心的な考え方とは違う。同じパーティに入ったら協調性を重視するのだろう。
もったいない。手放すのが惜しくなる人材だ。
でも今さら「あなたを勧誘したのは料理目的です」なんて言ったら、きっと傷付くよなぁ。
「七海さん。確かにファンとしての心持はよろしくないでしょう。それは重々承知しております。確かに私も、私より一回り歳が上の男性が同行するようになれば、萎縮してしまうと思います」
「だろ?」
「しかし、もう四の五の言っていられないのです」
「え、なんで? お前らすっげぇ強いじゃん。ついに埼玉ダンジョンに進出して、ひとりも欠けてない。新メンバーの紹介だって悪くなかった。そこに俺が入るってのも………なんだかなあ」
「そんなことはありません。私たちは今、切実な問題に直面しているのです。どうか私の話しを聞いてもらえませんか?」
「それで俺の結論が変わると思えないけど………うん。まぁ、いいよ?」
「ありがとうございます」
マリアが消沈してしまっては、そこで話しが終わる。
なんとしても繋げるべく、一縷の願いをアルマに賭けるべく、奏さんが意地でも繋げた。
ただし、そこは俺が忌避していた料理問題を堂々と出さず、もうひとつの問題を提示した。
「現在私たちは集合思念体の問題に悩んでいます」
「ああ、お前たちはそう呼んでるんだってな。うん。集合思念体か。その方がしっくりくるし、これからは俺もそう呼ぶよ」
「どうぞ。私たちの撃退方法はご存知ですか?」
「ああ。見てた。ありったけの塩をぶつけるんだったな。すごいこと考えつくよ。確かに古来から邪を祓うためにも塩が使われてたもんな。でも実際に効くとは思わなかった」
「しかし、あなたは………もっと効率的な撃退を可能としている。今、私たちの周りにあるこの不思議な魔法陣によって集合思念体の侵入を防いでいる。違いますか?」
「うん。それはさっき見たもんな。………俺の恥ずかしい癖も一緒に」
あれから時間が経過して、いつの間にか集合思念体は去っていた。
俺たちがここに来てから陣のなかに入るまで、それは執拗に集られたものだが、一匹たりとて内部に侵入することはなく、安全領域を作り出していた。
「私たちは除霊師を探していました。日に百キロ近くのお塩を消費するのも、経済的にも、それにもしかすると環境に悪影響そうですし。七海さんの技術が必要なのです」
「ははーん。なるほどねぇ」
「そしてあなたのお料理にも感激しました。とてもおいしかった。また食べてみたいです。あ、もちろん食費はパーティの共有予算からお出しします。パーティに入ると言っても、協調の関係を結ぶだけですので、リトルトゥルーからの報酬に加えて、あなた個人の収益を得た場合も計上せず、申告もせず、懐に収めていただいて結構です。………いかがでしょうか?」
口約束になってしまうが、以前奏さんから強制的に読まされた俺とリトルトゥルーの契約書にほぼ誓い内容になっていると思う。パーティの共有予算なんて聞いたことがないし。
きっと俺よりも良い条件を提示したはずだ。それをあの雨宮というマリアのマネージャーが許すかどうか。いや、きっと奏さんがねじ伏せるだろう。
「………なるほど。事情はわかった。協調か。それならまぁ、いいかな」
「では!」
「あ、ごめんな。早合点させちまって。今すぐってわけじゃないんだ。できるなら、ちょっと待ってほしい」
「なぜでしょう?」
「いや、だってさ。俺たち、会ってからまだ一時間しか経ってないんだぜ? まだお互いのことを知らないのに、連携ができるはずがないし。だからまず、お互いのことを知るところから始めよう。まさか十代の子たちと友達みたくなるなんて思わなかったけど、俺だって利益があるんだ。マリアチャンネルを一番近い場所から見れるんだからな」
これまで出会ってきたなかで、一番まともな意見を出す奴だった。名都と同じかそれ以上か。
とりあえず同行してもらうことは決定した。これでいい。出だしは順調。飯要員ゲット。
俺たちのことを知ってもらうには共に行動してもらうのが一番早い。
この日は就寝となったが、それぞれが床に就く前の表情が俺には見えた。
全員、アルマに標的を定めていた。「絶対に、意地でも逃がさねぇからな」と狙っていた。
いや、多分それは俺もだと思う。
「雨宮さ………はい、私………ええ、確保………まず………容認してもらって………」
マリアめ。テント越しでも聞こえるぞ。雨宮に報告する声が。
彼女にしては珍しく、マネージャーを説得してからアルマの逃げ場を封じる策に出たらしい。用意周到となったというべきか。それとも本当にアルマの飯が気に入ったからか。うーん。どっちもか。
で、翌日早朝のこと。
全員が目覚まし時計によって同じ時間に起床し───
「いい匂い………え、七海さん? なにをされているんですか!?」
「ああ、おはよ。朝飯を作ってるんだよ。もう少しでできるから待ってな。今日は珍しく八人分用意しないといけないから、気合い入れてたんだよ」
まだモンスターが動き出すには早い時間帯だというのに、アルマはすでに起床していて、テントの外に香ばしい匂いを漂わせていた。
いつもは全員起きて揃ってから、朝食の準備をするというのに、今日に限ってはそれがない。アルマがすべて支度してしまっていた。俺たちがすぐに起床できたのは、テントの布越しから伝わる飯の匂いに釣られたといってもいいくらいだ。
「わーい、飯だぁ!」
「利達。ちゃんと支度するんだぞ」
「はーい」
現金な性格というか、図太い性格というか。
利達は初見ではあれだけ俺たちを警戒し、噛み付こうとしたというのに。アルマの飯にすでに懐柔されていた。
もしかして、これが抗いがたい母性というものなのだろうか。
そして支度を終えて、八人で食卓を囲む。
いつもは温くなったおかずを食べるのに、今日に限ってはすべてが温かい。大型バッテリーに接続されたIHコンロで保温されたスープや、業務用炊飯器から炊き立ての白米が満足するほど食べられる。
なんて贅沢な食事なのだろう。ただ温かいだけなのに、久々に食っているという実感を得た。
いつしかマリアは、アルマが心配になるくらい号泣しながらウィンナーを貪っていた。
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埼玉ダンジョンを攻略するパーティは少ないといえど、それは冒険者の総数から割り出した統計であり、実際に足を踏み入れて中間部まで足を踏み入れる者たちは全体の一割といえた。
地上六千メートル以上の地点にあるポイント。例えば鶴ヶ島市跡地。
そこには計二十名で結成された上位レベル冒険者パーティがいた。名をランザムクーガ。数々の激闘を潜り抜けたベテランが揃っている。
その日も起床と同時に食事を短時間で済ませ、冒険を開始する。
しかし───
ブクマありがとうございます!
今回の風邪はしつこいです。咳が止まらないです。皆さんも気を付けてくださいね。