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第156話 料理人だった冒険者

「あの、七海さん」


「うん?」


「サインのご要望にお応えしますので、ちょっと待っていてくださいね」


 そういう経験もあるのだろう。マリアはスクリーンから色紙を取り出すと、ペンでサインを描き始める。一筆で自分の名前を書く辺り、俺には真似できない芸当だ。


「ところで七海さん。私のファンだそうで。いつからなんですか?」


「そうだなあ。デビューした当初からだと思う。あの時は俺も最悪な状況だったからなぁ。あの幽霊に憑りつかれてさ。なにをしても気分が乗らないし。でもマリアを見て、初めて元気が出たんだ。こんな子がいるんだなって。体張っててすごいなって思った。そしたらいつの間にかあの幽霊みたいなのも抜けてて、それからファンになってたんだよな」


「あ、ありがとうございます」


 皿を拭くアルマは本当に嬉しそうに語るのだが、体張っててという部分には苦い思い出もあるだろう。マリアの笑顔はぎこちなかった。


「七海さんは、どうして冒険者になったんですか? 前職は料理人だと、チャカママに教えてもらったんですが」


 奏さんが尋ねる。


「ああ、チャカさんに。そうだよ。でも料理人なんて大袈裟だなぁ。ラーメン屋の店長だったんだよ。大したこともない小さな店でさ。十代の頃からバイトしてたら続いてて、いつの間にか別の場所で店出してたんだ。小さくても地域密着みたいな感じで、常連さんだって増えて………」


「繁盛なさってたんですね」


「赤字だった時の方が長いけどな。でも地元の………福島のダンジョンの近くでやってたのがいけなかったんだな。ダンジョンから逃げてきたモンスターにペチャンコにされたよ。で、そこからはバイト生活してたんだけど………なんか長く続かなくてさ。自分の店で作った自分ルールが抜けなくて、馴染めなかった」


「あ、あらら」


「でも二年前にエリクシル粒子適合者だって判明して、実家に戻って子供部屋おじさん状態だったところで、就職か冒険者か選べって家族に脅されて………はは。なんの知識もないのに、冒険者になっちまったよ」


 なんていう生々しい体験なのだろう。社会経験があるからこその苦渋の決断で、人生における一発逆転を狙いに来たというところか。


 多分だけど、このなかで一番苦労してると思う。


 そりゃあ三十代なわけだし。年齢なんて俺の倍くらいだし。身長は俺よりも低いけど、年季が入ってる。


「では二年前から冒険者となって、ダンジョンで過ごしてるんですか?」


「まぁね。仕送りもしないといけないし。でも俺、勉強とか苦手だしさぁ。前情報とか調べずに、なけなしの金でただ剣だけ買って挑戦したんだぜ? 剣なんて三日で折れたし。いやぁ、気付いたら埼玉ダンジョンにいるんだもんな。笑えてくるよ。ははは」


 なんて乾いた笑いをするのだろう。


 それだけでアルマのこれまでの壮絶な過去を物語っているようなものだ。


 俺だって頭は良くない方だが、ダンジョンに挑むことになる前まで様々な情報を取り入れ、調べ尽くしたつもりだ。事前策あっての攻略。あとは周囲の手を借りて学んだりと───つまり、鉄条のブラック企業も含めて、一応俺は環境に恵まれていたってことか。


「最初はどうにもならなかったよ。どう稼げばいいのかわからないし。家にあったカセットコンロとか持ち込んでさ、最初の一週間は貯金でなんとかなったけど、粒子通信だっけ。物資を粒子に変換して送る技術。あれって超高いじゃん。いよいよ食うのにも困って、十代くらいの子たちに頭下げて稼ぐ方法教えてもらって………はは………あれは心が折れそうになった。なんのためにダンジョンに来たんですか? って言われて………いや至極真っ当な意見なんだけど」


「成り行きとはいえ、それは………お気の毒に。しかし努力されてきたのはわかります。あなたの装備を見るに」


 奏さんは視線を横に移す。


 そこにあったのはアルマの装備。もとい所持品。大型バッテリーとおでん用の加熱と保温ができる調理器。他にも業務用の大型調理器具やガスボンベまで揃えている。


 すべてダンジョンのなかで購入したものだという。業務用のものは一般家庭用とは比べものにならないほど値が張るが、アルマはすべて手にするほど稼いだという証左だ。


「はは。ありがとう。そりゃあ、稼がないと食べていけないからな。去年まで命懸けだったなぁ。だって、気付いたら埼玉ダンジョンにいたんだぜ? モンスターのレベルだって段違いになるし」


 俺は龍弐さんに視線を移した。熱燗で酩酊しているかと思いきや、まだ理性は保てていた。俺の視線にアイコンタクトで応える。


 去年まで命懸け───つまり、今はそうでもないということだ。


 それだけで実力がわかる。俺たちもたまに苦戦するが、アルマは単独であっても苦戦しない。



 これはなんて奇跡だろう。俺は初めて神に感謝を捧げたくなった。



 性格がまとも。実力派。飯がうまい。除霊師。俺たちが求めていた四点を、たったひとりで賄えてしまえる激レア級の冒険者を見つけてしまえるなんて。


「しかし今は、単独で撃破を可能になされるほどの実力を身につけた。違いますか?」


「そうだなぁ。群れ単位で襲い掛かってくるのを、どうにかして突破できるようになった頃には、もう苦戦しなくなったかな」


「参考までに教えて欲しいのですが、どのような方法で?」


「そんな参考になるとは思えないけど………群れを一気に叩こうとするから囲まれるんだ。なら一旦逃げて、追尾した先頭のを叩いて倒せばいい。あとはこの繰り返し。熊谷とか遮蔽物たくさんあるから、ヒットアンドアウェイ戦法も苦じゃないし。そしたら気付いたらレベルも上がっててさ」


 俺たちは今、パーティを組んでいる状態だ。マリアのレベルだって大分上がったが、そのレベリングシステムにはパーティ内の経験値の分配が働いているからだ。一回の戦闘で攻撃も防御もしなくても、パーティの誰かの半径十メートル以内にいれば分配が行われる。


 デメリットとしては桐生市では五人分。今は七人分に均等に分配されてしまうから、極端に少なくなってしまうこと。


 だがソロ活動をしているアルマが群れを単独で撃破したというのなら、あの六衣と同等の経験値を得られてもおかしくはない。


 決まりだ。スカウトするしかない。


「あの、七海さん。ひとつだけお願いがあるんです」


「うん? ファンにお願いって………ああ、今日会ったことは伏せておけってことな? もしかして配信止めてるのか? いいよ。ファンとして当然だ」


「あ、そういうことじゃないんです。配信はすでに止めているんですけど………ええと、単刀直入に申し上げますと、どうか………私のパーティに入ってほしいんです!」


「………ぇえっ!?」


 そりゃ驚くよな。マリアのファンを自称するだけあって、推しの存在から仲間の勧誘を受けるなんて滅多にないし。


 アルマは拭いていた皿を危うく落としそうになりながら、呆然と俺たちを見渡す。


「七海さんがどうしても必要なんです! どうか、お願いします!」


 頭を下げるマリア。


 呆然としていたアルマは、苦笑に変わると、ポリポリと頬を掻く。



「えっと………入ることはできない。ごめんな?」



「ありがとうござい、っえぇぇえええええええ!?」



 断られるとは思っていなかったマリアは、感謝を途中で奇声に変えた。


たくさんのブクマありがとうございます!


私もかつては店を持つラーメン屋の店主でした。あの頃は楽しかったなぁ………

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