第15話 スキル持ち
私に拒否権はありませんでした。例え雨宮さんをパワハラで訴え、勝訴したとしても、事務所を抜けなければならなくなるでしょう。今の駆け出し配信者の私にとっては後ろ盾を失う痛手になります。
よって私は雨宮のパワハラに従い、社会の縮図に従事するかのように、言われたことをするマシーンになる運命を辿るのでした。
「あ、あの。あなたの意志は先日お伺いしているので承知しているのですが、その………大変恐縮なのですが、よろしければ私に協力していただけると嬉しく思いますので、どうかパーティに入っていただけないかとぉ………」
「待て」
「うひっ………だ、ダメですよねぇ………」
「そうじゃない。今は呑気にお喋りしてる暇なんか無いってことだ」
「ぅへ?」
京一さんが軽く手を挙げて制止を示すと、鏡花さんも勧誘をする私を見て苦虫を噛み潰したような顔を一瞬で引き締めました。
これがなにを意味しているのか。もう知っています。
「敵よ。下がりなさい、マリア」
「は、はい」
剣呑な眼光を湛える鏡花さんが前に出ます。
「運が悪かったことを無かったことにできるチャンスだろ? 別にこのまま逃げてもいいぜ?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。背を向けた時点でターゲットにされるのは目に見えてるし。それに逃げるのって、どうも嫌いなのよね。スライムじゃなければぶっ殺せるわよ」
準備運動をする京一さんが指の骨を鳴らし、コメント覧がゾッとしたと感想を連発するような挑発を飛ばします。
皆殺し姫の名を持つ鏡花さんの戦闘能力は今日は何回も見ましたし、カメラにも収めました。一流の冒険者にも劣らない実力でした。対する京一さんは最初こそ無名だったものの、内三楓という過去に名を刻んだ冒険者の弟子という肩書きを示したのを誰かが拡散した影響もあってか、視聴者数は数分前より伸びています。
一方で広間の地面の一点が異様に盛り上がり、割り砕きながら巨体が出現。
「か、蟹………!?」
「サキガニよ。栃木で出現してから、各地で広く個体を発見できるようになったけど………大きいわね」
「ボス級か。確かスライムが天敵だったか。頑丈な甲羅も溶かされるって言うしな。ま、関係ねぇ。ボススライムがいなくなったから、ここを新たな狩場にしようとホイホイお出で頂いたんだ。盛大に持て成してやるぜ」
狼狽するしかない私とは違って、鏡花さんと京一さんは冷静にして平常でした。
全長四メートル。幅なんて両腕を広げれば十メートル以上はある巨大な蟹のダンジョンモンスター、それもボス級を相手にして平然としていられる精神力。もう、わけがわかりません。
「ジュルリリリリ!」
泡を吹いていたボスサキガニが先手を打ちました。
蟹ならざる動き。前進。身に纏う装甲が擦れて異音を撒き散らすほどの奇行。本来ならできるはずのない動きを、ボス級ゆえに強引に可能とし、横にしか動けないと油断した敵を奇襲する術。
しかし鏡花さんと京一さんはその奇行に対し、愚行に出ました。
前進するサキガニに対し、ふたりも前進したのです。私との距離が開きますが、直前に見たふたりは笑っていました。まるで獲物を狩る前の捕食者同然に。
サキガニは巨大なハサミをハンマー同然に振り上げます。あんな重機のようなもので叩かれれば即死は免れません。
ところが、直前でふたりは同じ行動を取りました。まるで事前に打ち合わせしていたかのように。
トン。と軽くジャンプ。それはあまりにも軽快。京一さんは両足で、鏡花さんは片足で着地。
『スプリットステップ!?』
雨宮さんが感心しました。テニスなどでよく聞くステップの方法だと記憶にあります。テニスの経験は授業でしかなかったのですが。
両足あるいは片足のスプリットステップで、ふたりはグンと加速しました。
振り下ろされるハンマーのようなハサミは捕らえられません。代わりに京一さんがサキガニのハサミを捕らえました。
「随分と気合いが入ったカニじゃねぇか。ワーウルフよりも倒し甲斐がありそうだな、っとぉ!」
信じられません。京一さんはハサミの先にある腕に左手で触れ、右手を反対方向に伸ばして掴むと、スムーズな動作で腕を折りました。
体勢が崩れたところで、今度は足に組み付くと、接地している足のひとつを逆に折り畳んだのです。まるでダンボールを折り畳むように。
おかしいです。雨宮さんから送られてきたサキガニの詳細データには、移動に使う足も、攻撃や食事に使う腕にも過密なほどの筋肉が詰まっていて、それを防護する装甲だって信じられないくらい硬いのに。京一さんにはまったく通用していませんでした。
《あいつ、サキガニの腕を折りやがった!?》
《今なにしたんだあいつ!》
《足ももう半分くらい折り曲げてんぞ》
《意味不明すぎて目がバグったのかと思ったわ》
《いやほんとに意味不明だろ。戦車の砲撃だって傷つくくらいの硬度だって噂だぞ》
《ヤベェなこのガキ。頭おかしいんじゃねぇの?》
《普段は男なんて応援しないけど、こいつの戦い面白いから継続して見ることにするわ》
コメントがまた湧きます。投げ銭の額は開始十秒で五万円を突破しました。鏡花さんの時は十万円だったので、これからもっと増えると考えられます。このチャンネル始まって以来の快挙です。
「今日の夕飯は蟹鍋に大決定ぃっ!」
あ、おいしそ───と考えた刹那、京一さんがサキガニの足を全部明後日の方に折り曲げて走行不能になり、さらには折られた衝撃で切り離された左手のハサミが一瞬で消え、胴に突き立ちました。
「あ、テメッ」
「おいしいところは持ってくわ。それと、最後まで油断しないことね。親が死ぬと、なかから子が湧き出るから」
「そういうことは早く言えよ」
サキガニの割れた胴体から子蟹がひょこりと顔を覗かせ、しかし物凄い勢いで湧出。
三十匹はいます。全部三十センチくらい。地上でも高速で動くそれらは京一さんに狙いを定めますが、ハサミを突き出した途端に、まるで魔法のように腕が曲がってました。
「効率悪いわねぇ。これくらいしなさいよ」
ひょい、と鏡花さんが指を振ります。すると京一さんに狙いを定めていた子蟹の半分が消え、もう半分の胴から、まるで産まれたように発生しました。
『インモラルムービーブロック機能を使うか迷ったけど………まぁ、年齢制限付きでモンスター解体動画もあることだし、それよりはマシなので今回は許すとします。でも次はないわよ? 鏡花さんに、もっとうまくやるように言っておくのね』
尋常ならざる方法ですべての子蟹を殲滅した鏡花さんへの厳しい指摘が、私に送られてきました。
撮影しかできない私に無茶な要求をしてくれます。それならインカムをもうひとつ転送して、鏡花さんに付けさせ………ああ、ダメでした。鏡花さんは絶対に断るタイプでした。とある理由から。
これで戦闘が終わり、私は改めてとんでもないひとたちと関わってしまったのだなと、白目を剥きました。
《なぁ、思ったんだけどさ。皆殺し姫は当然そうだとして、この面白ぇ野郎って………スキル持ちなんじゃね?》
私がインフルエンサーをしていた時代からチャンネルを見てくださる常連さんのひとりが、コメントしました。
私もそう思います。鏡花さんの戦い方は疑いようもなく。そして京一さんもそうであると。
ブクマありがとうございます!
久々の戦闘シーンです。
このダンジョンモンスターにも一工夫を加えることにしています。
恐縮ですが面白いと思ってくださったら下のブクマとスターをマックスでぶち込んでいただけると作者は風邪気味ですが裸踊りします。作者は褒められると伸びる子だと思っています!