第154話 絶対にですからね!?
「とはいえ………問題となるのは京一くんだけではないでしょう。あの使者なる少年です。あれは明らかに………」
「………ああ。間違いねぇよ。見間違いなんかじゃねぇ。奴だ」
「僕は見間違いであって欲しかったよ。写真だけだけど、つい最近見てしまった顔だ」
手出し無用の得体の知れない謎の庇護下に入ってしまったとはいえ、安心してなどいられない。
むしろ謎が深まるばかりで、新政府への懐疑が増す結果となってしまった。
しかしその懐疑は一端でしかない。この往年の元冒険者の三人でさえ理解が及ばない領域が、ダンジョンの外で発展しようとしていた。
この現象についてどう形容すべきか。その答えを知る者はいない。
「里山さん。この件については、あなたは秘匿された方が身のためでしょう。本当にご家族になにかあるかもしれません」
「そうするしかないようですね」
「鉄条。あなたはとっとと奥さんを迎えに行きなさい。軽井沢の村へ移り住んでもらえるよう説得に注力すべきです」
「ケッ。あのバリキャリをか? しかもこの上なく頑固者だぜ? 無理だろ」
「本当になにかあってからでは………遅いのですよ」
「………ま、それもそうか」
里山が素直に従うのは当然のことだが、鉄条は毎度のように茶化すも、楓の過去を馳せる姿に、もう軽口を叩けなくなった。
楓の夫はすでに他界していた。奏を孕った頃だ。楓は引退したが、夫は現役を退かず、奏のために一財築こうと働いた。楓は伝説の冒険者として名を馳せ、十分な貯えがあると説得したが、夫は意地でもダンジョンから帰ろうとしなかった。男のつまらないプライドがそうさせたのかもしれない。
だが、結局夫は帰らぬひととなった。モンスターに惨殺されたのだ。新人を庇って犠牲となった。
楓は説得できなかった自分を責めた過去がある。鉄条はそれを見たので知っている。その楓が言うならば。と、久々に別居中の妻に会いに行くべく、高層ビルのロビーで別れることとなった。
「この件は子供たちに伏せておくべきでしょう。余計なプレッシャーをかけたくはありません」
「だが、ニンジャとかいう奴がダンジョンにいることは確かだ。注意喚起くらいはしとくのもいいかもな。………おい里山。ニンジャのプロフィールはわかんねぇのかよ」
「わかるはずないだろ。政府お抱えの暗殺者みたいな存在だ。だが、なにかわかったら連絡しよう」
里山はそう言って踵を返す。彼のオフィスは別のビルにあるのだ。
「じゃ、また明日な。駐車場で会おうぜ。………遅れても置いていくなよ?」
「置いていかれたくなければ飲みすぎないことです。五分以上は待ちませんからね」
「ケッ。冷たい女だぜ………」
鉄条と楓もそれぞれの道を行く。
現役を退くと決めた、冒険者としての最後の日のように───
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みなさんこんにちは。マリアです。私たちは今、東松山と滑川の境に来ています。
という配信をしたのが二時間前。
コメント覧では、ハラハラドキドキの臨場感を味わったというご意見で溢れていました。
というのも、理由はごく単純で───
「絶対に離さないでくださいよ!? 絶対にですからね!?」
「なんかそれ、二百年前のバラエティ番組で流行ったフレーズみたいっすね」
「迅くんッ!! 離したらご飯抜きにしてお説教ですからね!? 絶対に泣かせてやるッ!!」
「う、うす。了解っす………」
もうなりふり構ってられませんでした。
コメント覧は私の豹変についてエキサイトするのですが、そんなの気にしていられません。
あの迅くんでさえ戦慄するような口調になってしまうのは、すべてがこの環境のせいと言えるのですから。どちらかといえば私に責任を追求することこそ間違っていると思います。
「マリア。こっち来るか?」
「京一さんは安定していますけど、両手がまだ治っていないのにおんぶなんかしたら怖いじゃないですか!」
「お、おう。悪い………いや、なんで俺が謝ってんだ?」
いけません。チームが乱れてしまっています。私がそうさせているという自覚はあるのですが、どうにも感情がコントロールできません。
すべての原因が、この不安しかない足場にあると言っても過言ではないでしょう。
熊谷をやっと抜けるまで、ペースを上げて一日で達成したあとで私たちを待っていたのは、東松山の壮絶な歓迎でした。
最初こそ岩などの段差程度だったのですが、次第にそれらが高度を増し、いつしか地面が見えなくなるほどの高さにいました。
そして目に見える変化として、足場が岩などの段差だったのが、いつしか巨大なキノコの上だったことでしょう。
ゲームなどでよく目にするそれが現実となると、パニックとなってしまいます。
幸いキノコは私たちが飛び乗っても折れず、揺れもせずしっかりと立っていました。色は赤や黄色など、明らかに毒性のものしかなかったので、毒耐性が無ければ感染して最悪な結末となりかねませんでしたが、そこは全員がクリアしていました。
私はキノコとキノコの間───というよりも高い場所を跳躍するのがどうも苦手で、どうしても下を見てしまう癖がありました。
見かねた奏さんが、名都さんより私の護衛を命じられた迅くんにおんぶしてもらって運搬されることとなりました。
京一さんが代わりにおんぶすることを提案したのですが、京一さんの負傷は治っていないのは当然のこと、なぜか彼が代打となることが恥ずかしかったので、全力で拒否してしまいました。京一くんより迅くんのほうがマシと思えてしまったのは、決して迅くんの方が勝っているというわけでもなく………どう表現していいのか自分でもわかりません。汗をかいていましたし、嗅がれることが嫌だったのもあるかもしれません。今さらでしたが。
「さて………そろそろ夕方になっちまうねぇ」
いつものように斥候として先行する龍弐さんが振り返ります。
口調こそまだ余裕がありますが、表情は引き締まっていました。
それが何を意味するのか。私も気付いていました。
「なら、もう用意してしまった方がいいでしょう。京一くん。鏡花ちゃん。利達ちゃん。いつものを出して、構えてください」
「押忍」
「はい」
「うわぁ………もうそんな時間なんだぁ」
冷静な京一さんと鏡花さんはスクリーンからビニール製の大きな袋を出して、小さなスコップを握ります。利達さんも同じものを構えるのですが、露骨に嫌がっていました。
チャカママから教えてもらったことですが、この東松山エリアにも出るのです。物理攻撃がほぼ通用しない集合思念体が。
現段階で見出した迎撃手段といえば、その名のとおり悪しきものを清め払う効果のあるとされる、お塩をとにかくぶつけることでした。
調味料の無駄遣いと言われるほど撒き散らします。食べ物で遊んではいけないという親の教えに反する罪悪感がありますが、遊んでなどいません。本気でやっているのです。
「しかし………いつまでもこうしてお塩を無駄にしているというのも、気分が悪いですね」
「そう言いなさんなって。俺たちが探してるのは除霊師じゃなくて、料理人なんだから。さぁ、お客さんがいらしたぞ。迅、俺らから離れるんじゃないぞ。今日も気合い入れて悪霊退散………うん? なんだありゃ」
直径四十メートルほどのキノコの傘の上で、昨日と同じように悪霊退散行為を強行しようとした龍弐さんでしたが、前方斜め右に見えた青白い光に、首を傾げました。
「奏さんやぃ。あそこ、なにが見える?」
「幾何学的な光のようですが………あっ。集合思念体が集まっています! でもなんか変ですね………襲われているような、いないような?」
「曖昧な返答だけど、なにかあるのは間違いないね。集合思念体が集るのは人間だけなんだ。つまり?」
「あそこに誰かいる!?」
「そ。確かめてみるのもいいんじゃない? もしかしたら、七海アルマってひとかもしれないよ?」
龍弐さんの機転で、私たちの進路が確定しました。
ブクマありがとうございます!
最近は平然とマリアを壊すか崩壊させるのが通例となった気がします。書いていて面白いからなのですが。