第153話 あいつに会いたい
「………して、使者よ。本日は何用でご連絡なされたのか?」
深く首を垂れていたトップの男が、画面の向こうで時代錯誤も甚だしい白い衣を着用し、ふんぞりかえる男に問う。
『なんだ。なにか用がなくちゃ、こっちから通信してくんなって言いてぇのか? お前』
「め、滅相もない!」
『冗談だ。本気にすんな。まぁ用はある。多分、そろそろだと思ってな。お前たちが問題にしてそうな冒険者とやらがいるな? 東京に向かうとかほざいてる、面白い連中だ』
「ハッ。そのような不届き者はただちに処分致しますので、何卒ご安心くださいますよう───」
『いや、その逆だ。そいつらを通せ』
「は………?」
男たちが騒つく。
理由は不明だが、この会話のなかにも大きなヒントがあり、聞き逃すような鉄条と楓ではなかった。
一方で呆然としていたトップは、画面の向こうで鼻を鳴らす使者に、冷や汗を滲ませながら尋ねる。
「い、いや………通せと仰いましても………な、なぜ? これまで一度たりとも、そのようなことを………」
『理由が必要かい?』
「………可能ならば」
『なら教えてやるよ。暇潰しさ』
「暇潰し!?」
愕然とするスーツの連中。白い衣の使者が述べた気紛れにも等しい要求に、もうなにも言えないでいた。
ははぁ。と納得する鉄条。
この連中は世界で唯一のダンジョンを牛耳る組織であったという認識が変わった。操られていたのだと。画面の向こうの、雅な姿でいる使者に。
『お前たちにはわかるまいよ。ここ、すっげぇ退屈なんだぜ? まぁ西に行けばいくらかスリリングなんだろうが、疲れるのも嫌だし………要するにだ。下界の民とでも言っておくか。その連中に会ってみてぇんだよ』
「ま、まさか………契約をお忘れかっ」
『まさか。ちゃんと覚えてるぜ? 安心しな。いきなり連中が来たところで、なにも変わりはしねぇよ。………ってなわけだ。おい、ちゃんと記録しろよ? マリアチャンネルとか言ったか。お前たちがリトルトゥルーとかいう事務所に圧力かけてんのはわかってんだ。今後、一切の手出しを禁じる。特にあの面白ぇ馬鹿。京一とか言ったな。あいつに会いたい。ああ、それからあの連中に会わせないよう画策するのは禁止な。連中の関係者に手を出すってんなら、お前たちの関係者に俺自らが手を出すことになるだろうぜ。いいな?』
「しょ………承知、致しました」
ことごとく釘を刺していく使者。なにもかもを見通した禁止令に、スーツの連中の表情が緊張で強張っていく。
すべてが一方的だった使者は、濃霧のなかに消えていくように通信を断った。
静寂が痛みのように広がる。スーツの男たちは苦々しい顔をしながら席に座り直し、そして思い出したように鉄条たちを睨むと、より渋面の色を濃くするのだった。
「………」
トップの唇がわずかに開く。「あ」だか「う」だか言っているようにも見えた。自分自身、なにを言っていいのかわからないのだろう。
そこで鉄条が久々に口を開く。
「てなわけだ。親切な奴じゃねぇかよ。わざわざ向こうさんから俺らへの手出しを封じてくれやがった」
「図に乗るなよ駄犬がっ」
トップが溜め込んだストレスを爆発させるがごとく吠える。
子供のような癇癪に、鉄条はあの使者のように鼻を鳴らして「バウワウ」と鳴きながら笑ってみせた。
「貴様らなど………貴様らなど、その気になればいつでも存在を抹消できるのだからな!」
「へぇ、そいつぁ面白ぇ。けどいいのかねぇ、そんなことしちまって。あの使者って奴を裏切ることにならねぇか?」
「そんなことは関係ない! 我々は日本のためにあの胡散臭い連中から利益のみを追求し引き出すために、こうして首を垂れているのだ!」
「忠誠するつもりは無いって?」
「ああ。最初からな!」
「───だそうだぜ、使者さんよ」
「ィイッ!?」
鉄条はひょいとトップから視線を逸らしてモニターを見上げる。つい先程まで使者と会話をしていたものだ。
トップは奇声を発しながら立ち上がり、慌てて振り返る。あの不敵な笑みの奥で、煌々と輝く瞳が異彩を放ち、蛇のような睨みを利かせていると考えるだけで心臓が萎縮する思いだった。
相手と自分の立場の違いを見せ付けるのと、自らの必要性を誇示するべく激情に任せて鉄条に明かしてしまった心境とこれまでの行為に偽りはない。それが使者の前で自供してしまったとなると───
「………ぇ」
モニターを振り返っても、そこには暗転した画面しかなかった。映像も音声もない。トップは呆然とした。
「はは。馬鹿め。嘘だよ」
「………鉄条ぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「吠えんなって。じゃ、俺らは退散すっから、あとは好き勝手してくれや。精々、あの使者とかいう小僧にしてやられねぇようにな。あと、こいつも俺の身内だから手ぇ出すなよ? 降格処分なんかしやがったら、俺からあの馬鹿に伝えてやっからな。じゃあなぁ」
「クソがぁぁあああああああああああああああッ!!」
鉄条はヘラヘラと笑いながら、悪戯を完遂した少年のように手を振って会議室を出た。その傍らにはしっかりと楓と、呼び出された第三者を携えていた。
「………寿命が縮むかと思った」
未だ怒号の止まない会議室を振り返る鉄条の知人がホッと胸を撫で下ろす。
「なにを仰ることやら。冷や汗は浮かべていましたが、それ以外は若かりし頃とまったく変わっていなかったではありませんか。里山さん。鉄条の懐刀は今も健在なようで、安心しましたよ」
「またまた………そう煽てないでください。楓さん。老骨には響きます」
「そうだぜ楓。こいつ酒も弱くなってるしよ。どんどんポンコツになってきやがる」
「お前なぁ。そうは言っても、現役には負けないつもりだぞ。酒瓶十本飲み干してもケロッとしてるお前が異常なだけだ」
里山は楓を尊敬し、鉄条には厳しかった。
そんな関係は今になって始まったものではない。彼らの繋がりは未成年の頃からあった。
里山は鉄条と同じパーティで活躍する冒険者だった。鉄条の懐刀と称されるほどの切れ者で、チームのブレイン的存在だったのである。というのも鉄条と里山は幼馴染で、性格を知り尽くしているゆえに発言に遠慮がない。それがふたりにとっての絆の象徴とも言えた。
「………しかし、驚いたな。お前のところにいた、ええと………そう。折畳京一だったか。ライセンスを発行して欲しいとかいう無茶振りに応えたばかりにこれだ。なんで僕まで呼び出されなければならないんだ」
「そう言うなって。その代わり依頼を受けてやってんだろうが」
「現役冒険者の報酬の何倍とかいう、詐欺同然の金額でな」
「馬鹿言え。なにが詐欺だよ。冒険者になったばかりのガキどもじゃ扱えない難易度だろうが。あのクソガキのライセンスだって、正当報酬に含まれて当然だろうが」
里山の言うように、彼はライセンスを発行する部署に勤めていた。冒険者を管理する役職なのである。
それがまさか、トップ連中に呼び出されて糾弾される側になるとは。鉄条への恨みは尽きないが、この程度で殺意を覚えていては身が持たない。とうの昔に諦めていた。
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