第152話 王朝
『熊谷跡地は一貫してジャングルを思わせる巨木で溢れ、危険なモンスターの棲家となっているようです。そして驚くべきことに、物理的攻撃がほぼ通用しない集合思念体の存在を確認し、対策に塩をとにかく撒き散らすという、少しばかりもったいない攻略を編み出しました。どなたかここを通る際は、お塩を大量にストックしておくことをお勧めします。また───』
ピッとモニターが鳴り、以後ミュートとなる。
リモコンを手にしたのは会議室の隅にいるスーツの男で、巨大な円形のテーブルの上座にいる男の指示に従ったものだ。
そんな上座にいる男は、会議室に集まった政府に名を連ねる重鎮らと、関連者を集め、会議を進めた。
いや、一部からすればそれは会議などという生温いものではない。公開処刑にも等しい。
「………ふぅ。さて、わかっていると思うが………大変なことをしてくれたな」
停滞した空気が、会議室を内側から圧迫させるようだ。下座にいる男の顔に脂汗を滴らせるほどの。
「東京を目指す。それは全冒険者ならび全配信者の目標として掲げるには十分すぎる理想だ。しかし………夢は夢でなくてはならない。それはそちらも承知していよう?」
「は、はい。もっともでございます」
「ケッ」
「鉄条っ」
「うっせぇよ。俺ぁ最初から足並み揃えるつもりなんざねぇ。これは何年も前から通達してたはずだぜ?」
高級なスーツに身を包むエリートたちのなかに、この場にもっとも相応しくない者が混じっていた。
その名を鉄条といい、群馬ダンジョンの外側、北軽井沢ゲートを管理する役割を担っていた。
鉄条は管理者になる前は優秀な冒険者で、埼玉ダンジョンの奥まで進んだ経歴を持つ。時代の流れに沿う形で技術が進歩した今でも埼玉ダンジョンは難関とされ、入れる冒険者も限られていた。つまり鉄条の持つレコードを更新する冒険者は、まだ現れていないということだ。
「貴様………責任を感じていないようだな」
「調べたところによると、貴様が実子の他に育てていた男児が許可証を持ち、しかもスキル持ちだったとか?」
「鉄条。報告する義務を怠ったばかりか、条約に違反する行為をしているという自覚すらないのか?」
「ああ。ないね。俺ぁ忠犬になったつもりもねぇし。それとも、なんか問題あんのかよ」
鉄条はスーツの男たちに威嚇されてもなんとも思わないのか、煙草を取り出して火をつけようとした。
ところがその煙草が咥えたフィルターを残して消える。隣に座っていた女が握り潰していた。
「皆様の仰りたいことは重々承知しております。しかし、鉄条の言うことも一理あるかと」
「内三………貴様ほどの者まで擁護するか」
「擁護というよりも、然るべき対処とでも申しましょうか」
鉄条の隣にいるのは、彼と同等か、それ以上の功績を持つ元伝説の冒険者、内三楓だ。
奏の母である彼女は、軽井沢の郊外で隠居していたのだが、招集をかけられ、同じくお呼びがかかった鉄条とともに日本の新たな首都、西京都の高層ビルの会議室まで足を運んだ。
「私が皆様の内情を知ったのは、つい最近のこと。鉄条は昔から。もし私が引退を決していた時に知らされていれば、おそらく鉄条と同じ反応を示したことでしょう」
「………元冒険者風情が、我々に反旗を翻すか」
「とんでもない。………と申したいところですが、仰るとおりです」
「貴様っ」
「そう憤らず、冷静になることをお勧め致します。………私は隠居した身ではありますが、当時の実力を発揮できなくなっただけであり………だからと言って、ここにいる皆様の手腕を合計したところで、上回るとは思えません。怪我をしたくないでしょう? 非適合者は怪我の治りも遅いですし」
「口を慎め。ロートルの分際で、私たちが揃えた精鋭に勝てると思っているのか? まさか知らぬはずがあるまいよな?」
「もちろん存じております。治安維持を目的とした私設武装組織でしょう? しかし………小童を揃えたところで、役に立つとは思えませんね」
ゴゴゴッと空気が蠢く。
微動だにしない楓に、息を呑み腰を浮かすスーツの連中。鉄条は不敵な笑みを浮かべ、なにを出すのか期待する眼差しを浮かべる。鉄条の隣で冷や汗を浮かべていた男も腹を括ったのか、それとも一度戦いが勃発すれば止められないと諦めたか、呆れたか、ただただ成り行きを俯瞰していた。
「ならば………こちらが出すのは………」
「噂に名高いニンジャですか? よろしい。私と鉄条を止められるのはニンジャくらいでしょう。もし手元にいるのなら、惜しまずに出すことをお勧めします」
「………」
スーツの連中はまた黙る。
楓はすでに、この行政に携わる連中らがニンジャを召集していないことを見抜いていた。
そして今、彼らが有する武装組織らが束になって襲いかかったとしても勝利できる自信があった。
小童と勝ち気な揶揄をしたのが自信に直結している。
一触即発の空気が満ちる。訪れた静寂のなかで、耳鳴りとともにキリキリと引き鉄を引くような音も微かに聞こえるようだ。
強者に対抗する行政は、すでに手段を選べない段階にあったと言えるだろう。首輪を繋いでいたつもりが、それこそが虚構で、年老いた冒険者たちを侮っていたと後悔してももう遅い。今さら謝罪などすればどんな要求があることやら。いや、謝罪などできるはずがない。これまで自分や親の世代が築き上げたものが一瞬で崩壊しかねない。
危ういバランスだとわかっていたはずが、見て見ぬふりをしたツケが回ってきたとも言えるだろう。
しかし、その静寂を破ったのは、通信を担当するために同席した、若い青年の声だった。
「王朝からの通信です!」
「こ、こんな時にかっ!? くっ………構わん。出ろ!」
青ざめた男が叫ぶも、青年はさらに青ざめて抗議した。
「しかし………!」
青年は鉄条と楓を見ている。同席するには相応しく無ければ、行政の一部に組み込まれている身とはいえ、彼らにも伏せていた秘匿事項を知られてしまうからだ。
「いいから出ろ! 三コール目で出なければ我々は終わりだ!」
青年の葛藤を振り払うように叫ぶ。そして、これまでマリアチャンネルの配信を流していた巨大スクリーンのミュートが解除され、同時に通信が開始される。同時にスーツの連中たちが素早く起立した。
『四コール目………だったな。おい。三年前、福島がどうなったかを忘れたか?』
「も、申し訳ありません。少々イレギュラーが発生し………」
『それはお前たちの問題であり、俺の問題ではないな?』
「………そのとおりです。遅れてしまい、申し訳ありませんでした。深くお詫び致します」
上座にいた男が頭を下げる。するとそこにいた九割が倣い、深々と頭を下げる。
『………まぁいいさ。お仕置きは勘弁しておいてやるよ。実際、アレやると疲れるしな』
「感謝の極み」
男たちは行政のなかでも、ダンジョンに関連するトップたちだ。それが簡単に頭を下げるとなると、相手はかなりの大物と言えた。
だが、鉄条は唖然とした。楓もである。
「………楓。こりゃ、なんの冗談だ? あの男………どうにも知った顔してるんだがよぉ」
「わかっているけど、今は静かに。見守るしかないわ。それで見極めないと。彼らの事情を。………なんだか胸騒ぎがするの」
鉄条と楓は囁き合い、傍観に徹することにした。
たくさんのブクマありがとうございます!
前回に続いて、キャラクターたちのスポットライトを変えてみました。前回はまったくやっておりませんでしたし。久々に鉄条パパと楓先生を出しまして、かっこいいロートルたちの反抗を書いてみました。