第151話 秋が終わる
「へぇ、言ってみるもんだねぇ。もし可能なら、紹介してくれない?」
龍弐さんはカウンターから身を乗り出して尋ねる。
「残念だが、連絡先は知らないんだ。悪い男じゃないんだけどね。うちのお嬢ちゃんたちのお誘いを全部蹴っちゃってさ。でも真面目かと思えば不真面目なところもあるし。………まぁ、なにが言いたいかと言えば、なに考えてるかわからない奴なんだよ」
「なるほどねぇ」
なに考えてるかわからない奴。これが問題だ。
悪い男じゃない。という点においては副次的に考えるとして、第一に問題提起をするとすれば、性格が重要となる。
埼玉のバスターコールのコードを持つ六衣と関わったことで嫌でも学んだ。
六衣は普段なら悪い奴ではないのだが、自爆衝動に駆られるとダメだ。破綻しかない未来など見据えても意味がない。
もし仮に、その男が性格に問題だらけだとしたら、パーティに勧誘しない方針にするしかないだろう。
「しかし行き先ならわかる」
「え、どこ?」
「東松山と滑川の間で、この埼玉ダンジョンにしてはまともに物資の調達ができるポイントがあってね。そこを拠点にすると言っていたね。当分は動くつもりはないとか」
「へぇ。そりゃいいや。丁度、俺たちも東松山に行くつもりだったから」
確かにそれは運がいい。東松山に入って、料理人をスカウトできるかもしれないからだ。
「で、そのひとの名前とかわかる?」
「ああ。確か………そう。七海アルマと言ったかね」
「七海アルマねぇ」
「初見だったら絶対に驚くと思うが、七海は案外チビでね。童顔とは言わないが、絶対にそうは見えないんだが………実は三十四歳なんだとよ」
「おいおいチャカママ。個人情報をおいそれと話しちゃっていいのぉ?」
「それくらいなら罰は当たらんだろ。性格も悪くないし、品行方正でもあった。ただ………」
「ただ?」
「本人曰く、怠け癖があるとか。面倒くさがり屋で、なにごとも適当にやるのを信条としてるらしい」
「へぇ。俺と相性ぴったりだ」
「はは。あんたのコードも酷かったね。確かに相性はいいだろう。あれでノリもいい。うちのお嬢ちゃんたちとすぐに打ち解けてくれたもんさ」
「自爆癖とかある?」
「いや、それはないだろう。埼玉のバスターコールは例外だ」
「ん。ならいいんだ」
龍弐さんは椅子を回してターンする。
「どう? その七海アルマさんっての、スカウトしに行かない?」
「私は良いと思うのですが………」
龍弐さんの質問に、奏さんは肯定的でいるのだが、マリアに注目すると、質問を始めた。
「マリアちゃん。アルマさんのスカウトをどう思いますか?」
「自爆癖がなくて、品行方正でノリも良い。なにも問題はないと思うのですが」
「歳はあなたより二回りほど離れていますよ? そういうのを気にしなければいいのですが」
「確かに………大人と子供がパーティを組むようなものですもんね。でも、だからってここですべてを決めてしまうのはいけないと思います。実際に会って、確かめてみなければなんとも言えないでしょうし」
「ふむ。確かに。そのとおりですね」
マリアの意見はすべてだった。
スカウトするに相応しいのは経歴ではなく、俺たちとの相性だ。
六衣は自爆癖さえなければ完璧だった。こうして強引に分かれてから、すべてが彼女を基準として見るようになっていた。
まだ会ってもいない段階で、ああだこうだ言っていても仕方がない。ならば会いに行くしかない。
自爆癖もなく俺たちの輪のなかに入っても打ち解けられるなら、多少の問題があろうと呑み込むしかないだろう。冷や飯を食べるしかない現状とおさらばできるなら。
俺たちの進路は決まった。変わらず東松山へ。ただし滑川寄りに舵を取る。そこに七海という元料理人がまだいてくれることを祈りながら。
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翌日。本当に朝食のサービスをしてもらい、それが終わると出発となった。
昨日のアクシデントといえば、テキーラを馬鹿みたいに飲んだ龍弐さんが、やっぱり嘔吐独唱したくらいだ。部屋割りはいつもどおり。マリアが雨宮に手配して入浴剤入りの湯を用意してもらい、五つくらいを各部屋に配置。つつがなく入浴を済ませる………かと思いきや、俺だけ女子部屋に呼ばれた。
理由はただひとつ。両手が使えない俺を洗うため、鏡花とマリアと、面白半分で参加した利達が待っていた。
ちなみに男子部屋の風呂は龍弐さんが数秒で済ませたあと、迅がテイムしたモンスターを洗うために占領している。洗ったあとの汚れは迅が責任を持って掃除しなければならないので、俺が女子部屋で入浴すると聞いて安心していた。いや止めろよって話だが。
鏡花は責任感から自棄になって待ち構えていて、Tシャツとホットパンツという過激な姿で俺を捕獲し、変なテンションになりながら衣服を剥ぐ。
それから始まるのは、全国男子どもの憧れ───となるはずがなかった。
そもそも奏さんの監修で行われる強制洗浄に、いかがわしいなにかが付随するはずがないんだ。
そこには人権がなかった。鏡花たちが取り出したるはブラシと洗剤で、四肢や胸に巻いた包帯を取ると、治りかけた火傷や裂傷の上から擦り上げる。せめてもの温情で、治癒しかけた傷の皮膜を破らない程度の優しさだったが、それでも何回か擦られる内にどこか裂けてしまい、血が湯に滲む。
鏡花たちだって手慣れた手付きとは言い難いし、まるでマニュアルを見ながら初めてペットの洗浄をするような感覚で行われているとしか思えなかった。
で、洗浄が終わればタオルでまた擦られて出血し、ガーゼで止めて包帯を巻いたらポイだ。男子部屋に戻された。
なにひとつとして良いことがなかった。挙げるとすれば密着状態だったので呼吸音が近くに聞こえるとか、やけにいい香りがするだとか、触れる手の感触だとか、そんなもんだ。
翌日にはある程度回復していたので、歩ける程度にはなっていた。
俺のステータス値には悲しいことに、どこぞの自爆魔と同じく自己再生能力が追加されていた。そのお陰で骨折してしても、翌日には立ち上がれるようになっていたわけだ。
「じゃ、行きましょうか」
前回同様、ストロングショットは撮影せずにいたマリアが、要塞のような砦から脱するとフェアリーを起動。
熊谷跡地の南地にあるストロングショットを出れば、東松山に入れる。滑川との境界線というのも限られているというので、そこを探せば七海アルマを見つけられるかもしれない。
俺たちは温かい食事を得るために、まずはそこへ向かった。
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『私たちは今、熊谷を出るところです。様々なアクシデントがありましたが、やっとそれを乗り越え、とある人物に会いに行くつもりです。そして、まだ埼玉の中央にも差し掛かってもいませんが、いずれ東京に入るでしょう!』
マリアチャンネルを閲覧していた男は、深い霧のなかで彼女の笑みを見て、唇の端を吊り上げる。
「と───言っているが、巫女よ。あなたはどう思う?」
「………なにも?」
「ふん。つまらんな」
男の側には巫女と呼ばれた紅白の衣を着た女がいて、不敵に笑う男とは対照的に終始無表情を一貫していた。
ただし、その視線は横になる男の頭越しに、男が展開するスクリーンを見ていた。
「果たして………来ることができるだろうか。このなにも知らない連中が。こちら側に」
「………さぁ」
深い霧は少しだけ晴れる。ふたりがいるのは桟橋の上だった。桟橋の下には川があり、ゆっくりと流れていく。
「ああ………秋が終わる」
巫女はひっそりと呟いた。
ブクマありがとうございます!
風邪をなんとしても今日中に治すべく、療養中。治れば明日からなんと9か12連勤!
はは、笑えませんね。