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第150話 元料理人の男

 龍弐さんの取り計らいですべてがうまくいく。オネエゴリラの従業員たちは常に欲情した視線を向けてきて怖かったが、チャカの統制力は大したもので、一回も逆らった試しがない。


 キッチンがフル稼働して、様々な食材が調理されていく。少しだけ腰を浮かしてキッチンを覗いてみると、商業用のキッチンなだけあって、設備が違う。驚くくらいスムーズに作業が進んでいた。


「私たちも、あれだけのものが使えればいいのですがね」


「でも奏パイセン。あったとしても使える奴がいないよ」


「ええ。やはりシェフを探すしかないでしょうね。………龍弐に任せましょう」


 情報というのは酒場で取り扱われるのが世の常。小さな噂であっても真偽は定かではないことを除けば、多くを揃えているはずだ。


 そしてネゴシエーションがものを言えば、知りたいことをすぐに引き出せる。龍弐さんの得意分野だ。


 ただし、そこには多くの駆け引きが存在する。どんな挙動も見逃せない。チャナママのようなすべてがオープン状態ならともかく、チャカとかいうボスゴリラは常に落ち着いていて、素人目から見た俺でも隙がないことがわかる。


 ともかく今は回復に専念しなければ。ふたりの会話に耳を傾けながら、すぐに運ばれてきた色々な料理を取り分け、食事を開始する。


「っあ………」


 スプーンを握ろうとしたが、指先が痛くてどうにもならない。すると横から手が伸びて、鏡花に奪われる。


「はい」


「えと………」


「いいから。ほら、食べなさいよ」


 この前はあんなに恥ずかしがっていたのに、今はなんの躊躇いもなくアーンをする鏡花。逆に俺の方が恥ずかしくなってしまう。それでも鏡花は構わずグイグイとスプーンを押し付けるし、店員が眼光を鋭くさせた辺りで恐怖し、奴らに強要される前に鏡花のアーンに従った。


「京一先輩っ。はい、アーン」


「むぐ………お前もか、利達」


 まだ食べ終えていないのに、向かい側に座る利達がスプーンを差し出す。しかも自分が今まさに使っていたものを。すると、鏡花と利達を交互に見ていたマリアまで「どうぞ」とスプーンを差し出した。流れ的に自分もやらなければとか変な使命感を覚えたか。そんなものはないのに。


「い、いや………自分で食えるから。ほら、左手はまだ使えるし」


「利き手じゃない方で食べるのも遅くなるでしょ。いいから早く食べなさいよ」


 ツーンとした態度でも、次第に赤くなっていく鏡花はやっと自分の行動に羞恥を覚えたらしい。


 原因は、対面側に座る奏さんがニヤニヤし始めたからだ。それも周りのゴリラたちに「私の弟と妹たち可愛いでしょう?」と自慢し始めた。鏡花とマリアは居た堪れなくなる。俺なんてもっと酷くなる。


「さっすが兄貴。モテるっすねぇ」


「呑気なこと言ってんじゃねぇ………苦労すんだぞ。これでも。お前にわかるか?」


「全然」


「………だよなぁ」


 三人に囲まれた際の選択肢次第で今後が左右されることもある。明言せずにいたが、迅は俺の質問の意図をうまく理解していたようだった。


 スプーンだけでなくフォークも追加され、俺は首振り人形のように扱われる。この状況を楽しめる余裕がなかった。


 そんな首の関節が炎症を起こしそうな食事をしていると、ついにタイミングを掴んだ龍弐さんが動き出す。



「で、さぁ………チャカママ。聞きたいことがあるんだけど」



「情報か。それも有料だが、いいかい?」



「もちろん。なんなら、チャカママが満足しそうな情報をこちらからも提供するってことでどう?」



「勝ち気な男は嫌いじゃないがね、無謀なことはよしときな。私を満足させられる情報など、あったものでは………うん?」



 ワイングラスを傾けるチャカに、龍弐さんがふたつに折り畳んだメモ用紙を差し出す。


 チャカはメモ用紙と、不敵な笑みを浮かべる龍弐さんとを見比べ、黙考した末に受け取った。


「先に提供するとはね。とんだアンブッシュをもらったもんだ。だが、これに価値があるか無いかは、私が決めさせてもらう。いいね?」


「もちろん」


 訝しげにするチャカは、常に龍弐さんを視界に入れつつ、メモ用紙を開く。


 数秒後、青褪めて震え出した。


「あんた………これをいったいどこで!?」


「企業秘密ってことで。………とは言いたいところだけど、俺の親父のネタでね。チャカママならその辺にクシャクシャにしてポイしないだろうし。信頼して提供するよ。で? そこに書いてあることは、チャカママを満足させられたかい?」


「………大した子だよ。まったく。リビングメタルの加工法とくるとは………大手企業が喉から手が出るほど欲しがってる情報をさ、こうもあっさりと教えるだなんてね」


「いや、勘違いしないでほしいんだけど、加工方法を知ってるからって、実現できるかどうかは別問題だからね。保証はできないよ?」


「承知しているさ。さて、満足できるかどうかだったね。したさ。大満足だよ。欲しがってる情報と見合わないようであれば、明日の朝飯を無料サービスしてやるさ」


 交渉成立。


 専門外なため龍弐さんが払った情報というのがどれほどの価値となるかは知らないが、きっと莫大な利益となることくらいはわかる。


「じゃ、なにを知りたいって?」


「俺たちは今まで七人で行動してきた………ああ、さっきまで八人だったんだけど。それは置いておいて。でも俺たちのなかに料理を大量生産できる技術を持ってる奴がいないんだ」


「なら、もっと大きくて便利なものを買えばいいだろう?」


「そりゃそうなんだけどさ。扱いきれるかどうかは、また別問題じゃない? そこで、ここらで活動しているフリーの料理人の冒険者を紹介して欲しいんだ。どうかな?」


 いったいなにを聞くのかと言えば、最近になって顕著となってきた問題だ。切実にして、早期解決を望むもの。さもなくば、冷や飯を食べなければならない侘しい食事を延々とすることになる。


「料理人の冒険者ねぇ」


「ハイッ! ママッ、私料理得意!」


 近くで床をモップがけしていたゴリラが一匹、ビクンビクンとエプロンの下で筋肉を躍らせながら叫ぶ。


「私ノ料理デ、皆メロメロ! デ、私、男ヲ食ベル! アノ子ガイイッ!」


「黙ってなキャメロン。ついでにシットダウン」


「ダァッ!!」


 色黒の肌にくすんだ色の茶髪をカールにしたオカマ、キャメロンと言うゴリラが立候補するが、俺たちの反応を見たチャカが強制的に座らせた。


「ったく。相手は未成年だっつってんだろうが。………ともかく、料理人に限定してしまうと、どうにも難しいねぇ」


 一発でキャメロンを黙らせたチャカは、ごつい指で、ごつい顎を撫でる。


 しかし、そんなチャカの斜め前、龍弐さんの隣に和装のオネエが座る。


「そういえばチャカママ」


「あんたも床に座りたいのかい? さゆり」


「そうじゃないわ。思い出したのよ。ほら、三週間前にこのお店に来た男がいたじゃない。福島出身の小さい子。じゃなくて、あいつあたしより年上だったか。あいつ確か、元料理人だったじゃない」


「………ああ、いたね。そういうの」


 そりゃあ、元料理人っていう経歴は珍しいから記憶に残るだろう。


 しかし料理人なら都合がいい。俺たちに一筋の光明が差した。


ブクマありがとうございます!


今日は普通の7時更新に戻しました。

どうやら完全に風邪を引いたらしいです。調子乗って中華街で食べ歩きなんぞしてるから………

冬の夜の海の近くで友人とはしゃぐもんじゃないですね。

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