第149話 埼玉のストロングショット
案の定。というより「やっぱり」が最適か。
一階は食堂になっていて、キッチンの構造は前橋に似ていた。ホールの客席は椅子の数や配置も同じだが、ショッキングピンクなどの色味が少ない分、落ち着きがある。
まぁ、そこに沸くとんでもない肉塊どもがいなければ、なんだけど。
「ちょぉぉぉおっとぉぉぉおおおお!!」
「なぁにぃ? この可愛い坊やはぁあ!」
「おんぶされて、可愛いぃぃいいい!」
「ワタシ、食ベタイ!」
「ダメ。ワタシ、食ベル!」
「リューちゃぁん! この子欲しいんだけど、いいわよねぇえ!?」
「あぁぁらっ。全身包帯だらけぇ。でも安心しなさいな。おねーさんのキッスがあれば一日で全快よぉぉおおおお!!」
ほら来た。
俺の最初のトラウマ。
この店はストロングショット。各ダンジョンに建設した飲食店兼宿泊施設だ。
ちなみに従業員は所謂、性の愛を超越した天使たち───もとい筋金入りの化物。
体格に差異はあれど、全員が元男で、各々が男の部分を隠しきれていないファッションをしているせいか、俺のトラウマが加速する一方だ。
「奏さん。どういうことですか。これは」
迅におぶられる俺がガタガタ震えると、鏡花が腕を振ってスキルを発動。外の小石と全員を置換し、俺に襲い掛かろうとしたゴリラどもを外に放り出す。
「ごめんなさい。無理でした」
「無理って………」
「チャカママはやり手です」
「奏さんが勝てないなんて」
二階へ通じる階段近くのテーブルにいた奏さんは意気消沈していた。
その様子から察するに、やはり店長たるボスゴリラと交渉したのだろうが、まさか言い負かされるなんて俺も思いもしていなかった。
愕然としていると、外が騒がしくなり、ドアが開くと雪崩のような勢いで店員ゴリラどもが押し寄せた。やはり遠くへ飛ばせるだけのポイントは残ってはいなかったか。消耗戦になれば俺たちの負けは必至だ。
「食ベタァァァアアアアアイ!!」
「気を付けィッ!!」
「ダァッ!!」
辛うじて人語を扱えるようなゴリラみたいな店員が、咆哮を上げて屹立する。怒号はバーカウンターから放たれた。ついでに迅でさえ直立したせいで、俺が落下しそうになった。鏡花に支えられていなかったら尻から落ちていた。
「なにしてんだお嬢ちゃんたち。男を食うなとは言わんけど、相手は未成年じゃないか。やってることが犯罪だってこと、自覚してるんだろうね?」
「ケド、マム………」
「けど、なんだい? 我欲を満たすためだけに動くのは野獣さ。私は野獣を雇ったつもりはないんだがね。野獣に賃金は必要なし。鞭打ちの刑も辞さないつもりさ。嫌なら働きな。お嬢ちゃん」
「イッ、イェスマム!」
片言の日本語を使う外国人風のゴリラたちが散る。
散開させたのはゴリラどもの首魁。誰かなど決まっている。前橋のボスゴリラの姉、もとい兄。チャナの兄たるチャカだと聞いたことがある。
兄弟だけあって、容姿はよく似ていた。ただしその佇まいや、服装には大きな違いがある。ついでに常識の有無も。
「悪かったね、坊やたち。うちのお嬢ちゃんたちは血気盛んで、外でモンスターどもと戯らせていないと、色々と溜め込んで暴走ちしまうのさ。怖がらせた詫びはする。さ、奥へ座りな」
チャカがごつい腕で奥のテーブルへ促す。俺は迅に担がれて、迅と鏡花に挟まれて長椅子に腰を下ろした。
「チャナから話は聞いてるよ。あんたたちも相当やるんだってね。噂によれば、呪物精霊を撃退したとか」
「ディーノフレスターのことですか? 確か、チャナママもそのようなことを言っていたような」
「そのとおり。ここらにも似たようなもんがいるだろ。集合思念のことさ。ああいう類がより悪化し、集合し、質量を得るようになってからも悪化を留めることなく加速させた結果、呪物精霊が生まれる。と聞いたことがある。まさか撃退しちまえる連中がいたとは思いもしなかったがね」
チャカはバーカウンターから声をかけ続けた。それなりに距離があるのだが、まともな会話になるくらい声が聞こえる。なぜかといえば、客は俺たちくらいしかいないからだ。
群馬と比較すれば埼玉ダンジョンの難易度は高く、ゲートを越えた場所の付近ならともかく、数日歩き続けるくらいの距離で戦える冒険者が、いったいどれくらいいることか。今は弱体化したが、当時は上位レベル冒険者パーティと呼ばれたチーム流星ほどでなければ難しいだろう。ゆえに埼玉ダンジョンに足を運ぶ者が少ないため、このストロングショットに来店する人数が少ないのだ。
それに今、聞き捨てならないことを言ったぞこいつ。
モンスターどもと戯れさせておかないと、だと?
じゃあなにか? このゴリラども、ひとりひとりが埼玉ダンジョンのモンスターと戯れられるレベルをしてるってことか。そこらの冒険者より強いってことかよ。
「もう聞いてると思うけど、私はチャカ。弟が世話になったそうだね。礼を言うよ。それも兼ねて一泊させてやることにした」
「あん? じゃあなにか? 客商売のくせして客を選ぼうってのかよ」
「口を慎みな、坊や。この店じゃ私がルールだ。従えないってんなら、出ていくがいいさ」
チャカの言い分に迅が噛み付く。
迅は目を吊り上げて反抗するところを見るに、面識がないというわけだ。チャナと名都は個人で依頼をするくらいの仲、つまり面識があるが、チャカにはない。つまり名都たちはここには来れなかった。
それは仕方ないと思える。名都たちは六衣に関わったことで常にモンスターに狙われてまともな休憩すらできずジリ貧となり、経済的に困窮したところでディーノフレスターに追われることになった。ここがどのくらい安全が保証されているかは知らないが、仮にディーノフレスターを受け付けないほどの耐久値があったとしても、チーム流星の全員を宿泊させるだけの所持金は無かっただろう。
「迅くぅん。面倒事は御免だから、ちょいと座っておこうか」
「龍弐の兄貴………でも」
「いいから。大人しくしてなぁ」
龍弐さんは例によって酒を嗜んでいた。バーカウンターにひとりだけ腰掛けていた。チャカの正面だ。
「この私が、珍しく客をもてなそうってんだ。こっちも無粋なことは御免だねぇ」
「ごめんねぇ、チャカママ」
「いいさ。あんたとのショットガンで久々に楽しめたからねぇ。まぁ、あんたが勝ったから宿泊を許してやったようなもんさ」
龍弐さんはチャカママとそれなりに打ち解けたようで、テキーラの瓶とショットグラスをいくつかカウンターに並べていた。
飲酒について奏さんが咎めなかった理由がわかった。ショットガン対決で勝利したからだ。それにしてはふたりともケロッとしている。化け物だ。………多分明日の朝、龍弐さんはトイレで嘔吐独唱しているだろうけど。
「さて、大まかではあったがこの龍の坊やから事情は聞いたよ。最近、大火傷を負って担ぎ込まれる冒険者がいたんだが、まさかあの有名な埼玉のバスターコールが絡んでいたとはね。そんな大物から逃げてきただけでも大したもんだ。だがサービスはしないよ。金は落としていきな」
「もちろん。それが商売ってやつだもんね」
「話がわかる坊やは好きだね。あんたは未成年じゃないそうだし、どうだい。今夜は私と飲み明かさないかい?」
「はは。ベッドにお持ち帰りされそうだし、そいつは勘弁してほしいなぁ」
今日は試しに6時更新にしてみました。たまには早く更新するというもの、いいものですね。
魔窟再び。ということで、今回は落ち着いたオネエが店長のお店となります。