第148話 絶対にお友達になってやるもんッッッ!!
集合思念体が去った、一分後のこと。
またもや熊谷市跡地に穿たれたクレーターから、這い出るひとりの女───いや、悪魔がいた。
「ふ、ふひっ………えひひひひ………」
衣服はまたもや燃焼し、使い物にならなくなったが、女の白い肌には一切の傷がなく、火傷もなく。ただ泥で汚れているだけの状態。またもや耐久値が上がってしまったようだ。
壊れた機械人形のようにケタケタ笑う悪魔は、虚な瞳をしながら、本来なら動かないはずの手足を強引に突いて、クレーターから這い出る。
「京一ちゃん。逃げちゃった。ううん。逃がさない。絶対に。あんな素敵な男の子、絶対にいないもん」
悪魔の頭にあるのは、自分を肯定してくれた少年の顔だけだった。
そんな状態に陥ったのは集合思念体に憑依されたからか?
違う。悪魔の強欲からくる執念に近い欲望によるものだ。それ以外のなにものでもない。
毎秒回復する体力が、また上がるのがわかる。数値は倍かもしれない。よって悪魔は化け物に進化しつつあった。
理性などどこにもない。欲望のまま動く化け物。会いたい。それだけが化け物を衝き動かす。
「えひひっ………そうだ。京一くんは東京に行くのが目的だったね」
震える指でスクリーンを展開し、京一がそうしていたようにアーカイブから引っ張り出したマップを展開する。
「ここと、ここ………ああここも。京一くんが通るかもしれない。絶対にチェックしないと」
一心不乱にマップにチェックを記入する。
化け物に堕ちたとはいえ、彼女の冴えは健在だった。まだ冷静に考えられる頭脳があった。ただし、基準はすべて自分に準ずるものではあるため、まともとは言い難いが。
「逃がさないよ京一ちゃぁん………また会おうって言ったもん。なら会いに行くもん。えひっ………絶対にまた会って、手足を焼き潰してでも必ずお友達になってやるもんッッッ!!」
悪魔もとい化け物もとい、身勝手な自爆魔は、回復を待たずして動き出す。
自爆により磨きをかけて、次に会う時こそ京一にこう言わせるのだ。「友達になってくれ」と。
京一は自爆を否定しなかった。そんな少年に会ったことはない。だから素敵だと思えた。
その感情は歪んでいたが、確信は持てていた。
この焦がれる感覚こそ、恋かもしれないと。
京一を見ていると高揚し、鼓動が早まり、興奮し、体温が上がる。下半身が疼き、欲しくなる。自爆する時となんら変わらない。あわよくば一緒に自爆したい。至近距離で自爆したい。一緒に高熱のなかで踊りたい。彼ならきっと合わせてくれるし、笑顔でいてくれるはず。小言はあろうが最後は許してくれるし、クレーターのなかで生存を確かめ合ったあとに得られる達成感さえ共有できる。
それを恋と言わずになんと言う。理屈を説明できない、人間特有の感情こそ、恋そのものではないか。
さぁ行くよ恋人ちゃん。六衣は胸の高鳴りと熱の冷めぬ頭のまま、チェックしたポイントへ移動を開始。
そう遠くへは行っていないはず。なら、きっと会える。会った時が最後。必ずお友達にするのだ。
「えひ、ひひ………えひひひひひひひ………っ」
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目を覚ますと、まず鼻腔に取り込んだ香ばしい匂いで、そこがダンジョンのなかとは思えないような錯覚を起こす。
「………起きた?」
「………鏡花か? ここは………」
「私たちを保護してくれた施設よ。なにも心配いらないわ」
俺はベッドに寝かされていた。側には鏡花がいて、コーヒーを啜っている。香ばしい匂いはこれだったか。
「イッ………!?」
「まだ動かないで。治りかけたのに、また骨折したの。………あんたには本当に申し訳ないことをしたと思ってるわ。あんな病み上がりな状態で囮と盾をやらせちゃったんだもん。ごめん。もっとポイント配分を考えておくべきだったわ」
鏡花はコーヒーを近くにあった小さな机に置くと、目を伏せて謝った。珍しいもんを見た気がした。鏡花は滅多に謝らない。もちろん非があれば謝ることができるが、普段から非があるようなことをしないため、見慣れていなかった。
俺が起きあがろうとすると、そっと手を伸ばして支えてくれる。甲斐甲斐しく世話を焼こうとする姿は、まさに見慣れていなくて、謝られた側の俺の方が恐縮してしまう。
「気にすんなって。俺は迅より使い勝手が悪いスキルなんだ。俺がやりたくてやったことなんだし、この傷は自分の責任にするさ。で、保護してくれる場所つったけど、なんか………うん。なんだろうな。なんでだろうな。既視感があるみてぇなんだけど」
「………うん。多分、それがあんたに一番謝らないといけない要因かな」
先程から、なぜか動悸が激しくて、どうしようもなかった。
これは戦慄だ。俺は普段、どんな敵だろうと臆したことは一度もない。
だが例外が一部。あれは敵ではないにしろ、俺にとって害のある存在だった。
直近でいえば六衣のような自殺願望のあるぶっ飛んだ思考をする化物。味方も自爆に巻き込むくせにお友達を作りたいとほざくイカレた女。
そしてもうひとり。
俺にこの上なくトラウマを刻み付けてくれたゴリマッチョ。名をチャナとかいうボスゴリラ。男も女も愛せるという猛者。真似できねぇし、したくもない。
前者は厄介なだけだったが、後者は同じ化物にしても質が悪い。
「ま、さか………」
傷が痛むが、震える体を止められねぇ。
「落ち着いて。大丈夫。怖がったとしても、今度ばかりはあんたを守るから。あんたが望むなら指先一本触れさせない。だからお願い。ここにしばらく滞在するって言って。ここしかまともに休める場所がないの」
そりゃあ、俺だって言ってやりたい。「そういうことなら仕方ねぇな。しばらく厄介になるとしようぜ」くらいは。
けど人間って奴は、そう都合よくできてはいない。俺もそうだ。限度というものがある。好き嫌いせずになんでも食べなさいとか、そういう次元じゃねぇんだ。
ビクンビクンと嬉しそうに踊る肉塊に、どう平常心を保てってんだか。
鏡花は震える俺を、子供をあやすように抱き寄せてくれた。小さい頃は奏さんによく抱っこしてもらったが、あれとは違い、確かな柔らかさと香りと温かみを感じる。不思議と次第に震えは収まったが、恐怖そのものが巣食った心から退去したわけではない。
「………このとおり、動けねぇ。守ってくれるのか?」
「あんたがそれを望むなら。たまには私にも守らせなさいよ」
「………恩に着る」
「それを言うのは私たちよ。これで全員が温かい寝床と食事をすることができるわ。さ、行くわよ」
「行くって?」
「一階。ここ、食事と飲酒は禁止してるんだって。だから食事だけはどうしても下で食べなきゃいけないの」
鏡花に守られることに安堵したが、なんか秒で裏切られた気がした。
それから鏡花は、廊下で待機していた迅を呼ぶ。
「京一の兄貴。まぁ俺もこの類の連中が得意ってわけじゃないっすけど、鏡花の姐さんと気持ちは同じだ。なんかあったら俺も守るっすから」
「………絶対に守れよ?」
「………うっす。自信ねぇっすけど」
「おい今なんつった?」
「なんでもねぇっす!」
迅はビシッと姿勢を正し、前言撤回。頼れるのか、頼れないのか。どっちかわからねぇ奴だ。
俺は迅の背に乗り、客間を出て一階の食堂へ降りた。
ブクマありがとうございます!
とはいえ、増減があったようなのですが。新規でブクマしていただいた方がいらしたら、感謝申し上げます!
六衣とかいう化物はネタキャラとなりましたが、こんな別れ方になり………逃げきることができるのか。それとも最悪、あるいは最適なタイミングで会うことになるのか。それはまた今度です。
でも正直、こんな狂ったキャラを書きたかったという願望もありました。




