第147話 ここは任せて
作戦決行は、その日の夜に決まった。
六衣の様子が明らかにおかしい。決壊寸前のダムを思わせる感情の揺れ幅。起伏が激しく、さながら禁断症状のよう。
そのすべてが計画通りといえた。
鏡花は気付けば俺たちの輪のなかにいた。スキルを使って戻ってきたのだろう。
「ポイントの残りは?」
「ギリギリ。でも成功させてみせるわ。いい場所を見つけたの。そこで保護してもらうよう頼んだわ」
「保護?」
なんのことだ? と尋ねようとする前に、鏡花はマリアに呼ばれて、俺から離れてしまう。
特にすることのない俺は、痺れはあるものの、辛うじて動くようになった足の動作確認をするなどしてから、現在地を確認するためにアーカイブから引っ張り出した二百年前のマップを開く。
「今は………ここだろうね」
「アッ、ああ。俺もそう思う」
危ねぇ。叫びそうになった。
横からヒョイと顔を出した六衣が、俺に密着しながらマップを覗き込むからだ。
六衣はスタイルがいい。鏡花の次くらいに。衣服は薄くはないが厚くもない。女性特有の柔らかさが伝わると、動悸が激しくなり───ああ、奏さんの視線が痛い。わかってる。セクハラは万死に値する。でもこの場合は逆セクハラなんだから仕方ないだろうが。
六衣は頭がいい。この超立体的構造物、ダンジョンにおいて、歩いた距離を正確に把握し、地表と照らし合わせることができるほど。
彼女が指で示したのは、熊谷警察署跡地。俺たちは度重なる戦闘で幾度も足止めされ、今までになくローペースで進むしかなかった。よって、まだ熊谷を抜けられていない。
「ねえ、京一ちゃん」
「………なんだよ」
グイ。と顔を接近させる六衣。良い香りがする。
「私ね、もう限界なの」
「………」
熱い視線でこっち見んな。
なんか、鏡花まで鋭い目で睨んできやがった。これでパーティの女子全員から睨まれた。ははっ。笑えない状況だ。
絶対にみんな勘違いしてるよな。六衣のこの視線の理由を。
「あっつぅい爆発で、なんでもいいから吹き飛ばしたい………私のなかで煮えたぎるものすべてを、解き放ちたい………」
ほらね。
「京一ちゃん。私、頑張ったよ? いっぱい我慢した。でももう限界。………だから、もうやっていいよね?」
「は?」
「来たよ」
最初、六衣がなにを言っているのかわからなかった。
ダンジョンモンスターは多くが夜行性だ。夕方にかけて明け方までは、極端に行動する数が激減する。
一方で例外も存在する。
それが埼玉ダンジョンで洗礼を受けた原因。
「イギィッ!?」
鏡花が悲鳴を上げた。
すでに迫っていた。囲まれてさえいる。
「集合思念体だッ!!」
龍弐さんが叫ぶ。奏さんがスクリーンからお徳用の塩袋を取り出した。
「ま、待て待て待て! やるってお前、集合思念体にか!? あれは物理的な攻撃は効かないんだぞ!?」
「問題ないよ。私も何度も遭遇してるけど、最後にはいなくなってるもん」
なんてこった。イカレてるにもほどがある。
六衣の自爆スキルが集合思念体にも通用するとか、もうチートだろ。
「俺たちのスキルは役に立たないってのに………」
「六衣ちゃんは、このなかで唯一集合思念体と渡り合える………くっ。見ているだけしかできないなんて」
龍弐さんと奏さんは塩の詰まった袋を担ぎながら嘆く。うん。大した役者ぶりだな。
その嘆きを耳にした六衣は、ピンと来た顔をする。
ふたりの嘆きが、まさにリミッター解除を許可する福音のように聞こえたのかもしれない。
まさにそのとおり。
今、この瞬間から六衣に散々施しまくった制限すべてを外した。オールウェポンズフリー。
この時を待ち侘びたと訴えるかのごとく、狂気に染まった六衣の双眸が爛々と輝く。
「みんな………下がってて」
「六衣さん!?」
「な、なにしてんすか六衣の姐さん!? まさかあんた………またあの時みたく、俺らを逃そうっていうんすか!? そんなの………」
「いいんだよ。お友達が危険に晒されたなら、守るのもまたお友達の役目なの」
六衣は凛としながら胸を張る。
「みんな。ここは任せて欲しいの」
味方の窮地を救う救世主を演じるような声音。
これでもし、その握った拳から物騒な光さえ見えなかったら、完璧だった。
六衣は集合思念体を言い訳に、早速スキルを発動させやがった。すでに秒読みの段階。中止不能。
両手の光がより強まる。あの時見た、オレンジ色の閃光を、六衣は身に纏う。
「六衣っ」
俺は叫んだ。六衣の名を。
「止めないで京一ちゃん。大丈夫。このわけのわからない連中に手出しさせない! 京一ちゃんたちは私が守るから!」
今しかない。そんな確信を得たような声音。
でもな六衣。
それは俺たちも同じなんだ。
「そうか。じゃ、ここは任せた!」
「えっ………?」
六衣が振り返る。俺たちを見て、目を丸くした。「こいつらなにやってるんだろう」みたいな顔をする。
なぜかといえば、俺たちは鏡花を中心に固まっていたからだ。
六衣が考えていたリアクションとは異なっていたのだろう。まさか背中を押されるとはと。だが次第に、俺たちがなにをするのか、すぐ見抜かれる。
「………お友達になれると思ってたのに」
「友達にも色々な形があるさ。なーに。そんなに心配するなって。また会えるんじゃないか? その時にまた友達になろうぜ?」
嘘も方便というやつだ。ちなみに会う予定は二度と訪れない。徹底的に逃げてやる。
「そっかぁ………じゃあ、私も決めないとね」
オレンジ色に包まれた六衣は、慈愛に満ちた笑みを浮かべ───見た者すべてをゾッとさせるような業と闇で満ちた瞳を湛える。
「逃げられないように、京一ちゃんの手足を吹き飛ばして、永遠のお友達にしてあげないとねェッ!!」
速い。
まだ数秒あると思ったが、以前より炎熱の収縮が格段に増していた。
レベリングシステムによる恩恵だ。こいつ、自爆すればするほど強くなりやがる。
「急げ鏡花!」
「わかってる………っ」
もう時間がない。いざ至近距離で自爆に巻き込まれる側となって、初めて狼狽する迅と利達を龍弐さんと奏さんが固定しつつ、俺はマリアを鏡花に押し付けて、骨折が治りきっていない腕で強引にスキルを発動した。
「逃がさないよ京一ちゃん! ううん、他のみんなも最高のお友達にしてみせる! 大丈夫。すぐ止血すれば死なないよぉ!」
「そいつぁ勘弁してほしいところだなッ!」
スキルで木の根の一部を折り畳む。いや、途中で止めた。ある程度の厚みを持たせた根が、放出される炎熱を防ぐ盾となる。
次の瞬間「そんなもので防げると思わないで欲しいなァッ!」と叫んだ六衣が、ついに自爆した。
待望の瞬間というやつだ。俺は盾にした木の根が倒れないよう肩で固定する。数秒だが熱がふたつに割れた。
「京一っ」
「京一さん!」
「来い、キョーちゃん!」
「兄貴!」
準備が整った。本格的な衝撃波で吹き飛ぶも、迅と龍弐さんがキャッチしてくれた。鏡花は度重なる戦闘で消耗しつつも、なんとかポイントを捻出してくれた。意識が消し飛びそうになる最中、俺は全身が強烈なうねりとともにどこかに流される感覚に襲われ、ついに気を失ったが、それでも勝負に勝ったという確信はあった。
ブクマありがとうございます!
すみません。忘年会が立て続きに勃発し、いただいた感想のお返事ができませんでした。帰宅した直後に布団で寝て、起きたら日付が変わっていて………
本日の夜に、お返事させていただきます。