第146話 自爆は自滅じゃないんだよ?
鏡花がやっと戻ってくる頃には、龍弐さんによって奏さんに俺のプランが伝えられ、現状ではそれしかないと判断し、実行の承諾を伝えられた。
俺と鏡花はしばらく気まずいままだったが、今はそれどころではない。作戦に集中しなければ。
龍弐さんと奏さんによる六衣の尋問と説得は、予想どおり芳しい結果とはならなかった。
六衣には悪意がない。俺を殺したくて自爆させたのではない。この証言から、追放させるには証拠不十分であることが如実とされ、断罪できない状態にあると言っていい。
ならば。六衣の善意なのか悪意なのか、双方が混在してしまっている感情を利用してしまえばいい。
別に俺たちは強気を挫き弱きを助け、救済を求める者を救うヒーロー、聖人君子でもない。利用できるなら徹底的にやるだけだ。
「六衣」
「あ、京一ちゃん。怪我はもういいの?」
「良くない。絶対安静だとよ。また骨折だ。エリクシル粒子適合者じゃなければ、こうして動き回ることもできねぇ」
「適合者になれた運に感謝しないとだね」
「ああ。そうだな」
なんて綺麗な顔をして、責任を逃れようとしてやがる。いやそもそも、俺の怪我を自分のせいと考えていないから、責任なんてものが浮かばないわけか。厄介な思考回路しやがって。六衣でなければぶん殴っていたところだ。
「あと少しで関越道の下に来る頃だから、楽しみだね。あ………でもその手足じゃ、満足に動けないんだ。残念。それでも生き残ってくれる?」
「………ああ。生き残るさ」
「そっか。嬉しい。京一くんは最高のお友達だね」
ああ………ヘイトが蓄積していく。ステータス値にヘイトなんてものがあれば、グングンと上昇していることだろう。
この女、絶対にギャフンと言わせてやる。次、自爆した時が強制的に後悔させてやるからな。
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六衣の自爆事件から三日が経過した。
俺は絶対安静を言い渡されてから、ずっと迅におぶられて移動した。戦闘となれば可能な限り参加し、できる限りの支援を行った。
支援とは名ばかりだが、回復薬などの補給を戦闘中に受け渡すなどしかできないが、その代わりに重要なミッションが与えられる。
六衣の自爆を阻止することだ。
主に説得や気を反らすことで成り立たせる。そうすることで、自爆願望のある六衣の意識から自爆をするという選択肢を消去し続けた。
するとどうなるか。自爆が趣味である限り、毎回封じられてはフラストレーションが蓄積していく。日に何度も行われる戦闘で、有象無象を一気に消し飛ばせないことに次第に苛立ちを募らせた。
まるで限界を超えてもなお空気を注入される風船がごとく。目に見えて不満を現すようになったが───それが真の目的だ。
「ねえ、京一ちゃん」
「なんだ?」
何度目の戦闘をこなしたか忘れた頃。
六衣は上目遣いで、小動物のように頬をプクーと膨らませ、むくれながら俺に訴えた。
「自爆は、自滅じゃないんだよ?」
なに言ってんだこの女。
そんなの平然と言うべきじゃないだろ。
それは誰がどう考えたって、自爆は自滅だろうに。六衣だけが例外だから、そんなことが言える───いやそうでもないか。自爆したあとは体力だって極限に低下する。ほぼ自滅だろうが。
六衣は自己再生能力が半端なく高い。
原因はレベリングシステムの恩恵だろう。
レベリングシステムとは、エリクシル粒子適合者のみが持つ、才能を開花させるための経験値を数値化し、可視化させたものだ。
そして得られる経験値は、一般人とは桁が違うから成長も早い。
この前の自爆事件以降、六衣のステータス値を見せてもらったが………あれは酷かった。目を疑ったが、道理を知れば納得するしかない。
【名前】鉄火六衣
【レベル】49
【年齢】19
【所属】無し
【体力】897
【攻撃】391
【防御】51
【敏捷】41
【総合耐久値】872
【スキル】自爆
まぁ、色々とヤベェ。わかってはいたけど。
所属は幸いなことにお試し期間を設けたので、今は協調関係にあるのでマリアチャンネルにはいない。
しかし体力は俺の倍あって、攻撃力が俺に届き、総合耐久値なんて俺よりも高い。
防御と俊敏は低いが、あの周囲にあるものすべてを消し飛ばすスキルを前に、そんなものは必要ないのだろう。
総合耐久値の覧を開いて見せてもらったが、やはり様々な耐久値がイカれている。それのなかに再生能力があったが、毎秒2が回復するとあって、戦慄した。
たった2であっても五分後には七割回復している。とんでもない化物だ。
詳細を見てみると、この能力の成長に必要なのは、とにかく自分自身で回復させることにあるらしい。回復薬などを用いず、自力で起き上がることとある。
きっとダンジョンに入ってからポンポンポンポン使いまくったのだろう。故にこんな能力が開花した。
六衣のスペックは、彼女の自爆願望に相応しいほど偏った成長を遂げていた。これを最悪と例えず、なんと例えるのか。俺は知らない。
そしてなにより、見たことのない能力まで付随されていた。
モンスター誘導である。フェロモンとでも称するべきか。六衣は知らずして、自覚もせず、いつしかモンスターを自動的におびき寄せる体質になっていた。
これですべてが繋がった。
チーム流星が六衣をチームに臨時参入されてから見舞われた悲劇は、なにもあのディーノフレスターに執拗に追われただけではない。六衣の特異なスキルによる要因も大きかった。
名都はこの埼玉ダンジョンで、休む間もなく戦い続け消耗したと言ったが、すべては六衣を参入させたからだ。そして今、俺たちも毎日同じ目に遭っている。蓄えや資金が無ければ、俺たちもチーム流星と同じ末路を辿っていただろう。
さて。ついにそんな凶悪自爆魔の六衣が、俺に不満をぶつけた。
怖くてたまらない。地元では「京一はどこか狂ってるよなぁ」と馬鹿にされたが、正直こいつの方が何倍も狂ってると思う。
だからこそ、間違えるわけにはいかない。
俺は鏡花に目配せする。鏡花は無言で離れた。六衣はまだ気付いていない。
「自滅じゃないとしても、危険すぎる。お前、あれ痛いだろ? 傷付かないとはいえ、お前が痛い目に遭うのは見たくない」
「優しいね、京一ちゃんは。好きになっちゃうよ?」
「バッ………!?」
顔が熱くなった。
六衣はイカレているが美人だ。年上だし。自爆願望さえなければ、落ち着いていて、家も裕福だし、非の打ち所がない女だ。今すぐに離れたいくらい。
しかし面と向かっていきなり告白じみたことを言われて、動揺しないはずがない。
ああ………なんでだろう。さっきからマリアと利達の視線が痛いような。
「からかうなよ」
「からかってなんかないよ。京一ちゃんは可愛いね」
「そこまでです。京一くんが可愛いのは認めますが、私たちが手塩にかけて育てた弟を誘惑することは許しません」
奏さんがカットしてくれなければ、六衣のペースに持ち込まれていたに違いない。
危ないところだった───待ってくれ奏さん。俺が可愛いって、なんの冗談だ?
「厳しいお姉ちゃんだね」
「京一くんを野放しにすると、すぐ調子に乗ってしまいますので。釘を刺すお目付け役のようなものですよ。それよりも六衣さん。以前お話したとおり、あなたのスキルを使う場所は、こちらが指定させていただきます。従っていただけないようであれば、残念ですがパーティ入りはお断りさせていただきますので、そのおつもりで」
「もう。奏ちゃんは私にも厳しいなぁ………そんなダメダメ言われたら、逆にやりたくなっちゃうよ」
「………」
奏さんは特に返事をしなかった。俺も同様。
むしろ、これでよかったのだから。
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