第145話 お楽しみのところ
「いっつ………」
「無茶し過ぎた代償よ。こんな怪我までしちゃって………私がどんだけ心配したか、噛みしめなさいな」
絶対安静。それが俺に与えられた命令だった。
俺のテントは鉄条の匂いがまだ取れないので、鏡花のテントを間借りさせてもらって、治療を受けている。
すでに五本ほどの回復薬を口のなかに突っ込まれ、うつ伏せになりながら鏡花に背中に軟膏を塗られていた。
「でも無事で本当に良かったです。この怪我の具合で無事と言っていいのかはわかりませんが、命があるだけでも………」
鏡花のテントのなかには俺たちだけでなく、マリアもいた。ただ、三人で膝を突き合わせるのがやっとのサイズなため、鏡花に限らず、マリアもかなり密着している。
「実際、死ぬかと思った」
「本当よ。誰だって死んでもおかしくない。………よかった」
辛辣ではあったが、傷の手当ては優しく丁寧な鏡花。素直に俺の生存に安堵する。
問題となった六衣の安心と喜び方と比べると、基準も違えば価値も違う。俺は鏡花とマリアに安心される方が余程嬉しい。
「………で、どうするんだかな」
「なにが?」
「六衣のこと」
「ああ………」
俺はテントの奥に顔を向けてうつ伏せになっているため、外は見えない。鏡花とマリアの実況中継を聞くしか術はない。
あの悲惨な自爆事件のあと、戻ってきた龍弐さんたちに発見された俺たちは、すぐに治療を施された。
とはいえ、負傷の具合は俺の方が酷く、すぐに鏡花のテントに収容され、こうして治療を受けることとなる。一応、奏さんは医学の知識だけならあるらしく、怪我の程度を診た結果、絶対安静を告げられた。
一方で自爆の首謀者たる六衣は、迅と利達、そして龍弐さんによって監視されている。
事情聴取という名目で聞き取りが行われていた。俺の簡易診察を終えた奏さんも合流している。このテントの外で、あのような行為に出たのかを聞いているのだろうが───どうせ結果など、俺が聞いたような内容と同じものが返ってくるに違いない。
「………あんたが身を挺したんだもの。結果が出なけりゃ、おかしいわよ」
最初こそ六衣を「同志」と呼称し、仲間意識を芽生えさせた鏡花であったが、仲間へ危険が及ぶなら別らしく、こうして俺が負傷することとなった元凶である彼女に、かなり憤っていた。
「しかし、難しいかもしれません。相手は京一さんをここまで叩きのめした六衣さんです。言い包められるとは違いますが、納得できる理由でなければ、簡単には退いてくれないでしょう」
マリアの言いたいことはわかる。
俺たちはすでに失敗していた。数え切れないほど。
わかりやすい前例があるとすれば、ふたつ。
六衣をパーティに入れてしまったこと。そしてもうひとつは、彼女の回復を許してしまったこと。
特に後者だ。
スキルを使ったあとの六衣は無防備状態で、しかも動くことができないという。
だが今は動くことができる。回復が完了してしまった。つまり、自爆という尋常ならざるリーサルウェポンを、いつでも発動できる状態にあった。
俺たちはいつしか、俺たち自身を人質にされている状態にあった。なんて惨憺なことだろう。
六衣にはそんな自覚がなかったとしても、サイコパスな面がある彼女は、ふと気紛れで自爆スイッチを押し込んでしまうかもしれない。そうなると、次の瞬間に生き残っている可能性が皆無に等しくなる。
「………なら、最終的には………」
「うん? なんか言った?」
「鏡花。耳」
「なによ。まったく………」
俺は片手で鏡花を手招きする。とはいえ、四肢も大分酷くやられているので、指先をちょいちょいと曲げる程度だ。
そしてこの狭いテントのなかで身動ぎするのも一苦労で、俺が七割ほど床を埋めてしまっているので、どうしても鏡花は俺の上をまたぐことになる。
「わっ」
「うん?」
「なによ」
「な、なんでもない、です………」
マリアが急に声を上げたので、俺は目で、鏡花は振り返ってマリアを見るのだが、なぜか赤くなったマリアは俺たちから目を背ける。
「変なの。で、なによ。京一」
「今後の対策。ひとつだけあいつを回避できる方法がある。それにはお前のスキルが必要だ」
「誰にも聞かれたくないってことか。いいわ。聞かせなさい」
鏡花は鼻を鳴らして、俺に顔を近づける。
しかしだ。
ここでとあることに、ひとつ気付いた。
俺はもしかしたら、とんでもない間違いをしてしまったのかもしれないと。
「ほら………この距離ならマリアにだって聞こえないでしょ」
「お、おう………」
「なによ。あんたまで変な声出しちゃってさ」
「いや………あー、まぁ。なんだ? 鏡花。ちょいと横にずれることって、できるか?」
「無茶言うんじゃねぇわよ。このテント、本来私ひとり用なんだから。狭いのにそんなことできるはずないでしょ?」
「少しでいいんだ。そのポジは………」
「なによ。はっきり言いなさいよ」
こいつ、気付いて言ってんのか? それも本当にわかってないのか? 遊ばれてるだけなのか? 俺は。
すると、タイミングが悪いことに、足音が近づいてくる。
「マリアちゃん。俺だけど………んー? ありゃりゃ。こりゃ失敬。空気読むべきだったねぇ」
尋問を終えたのだろう。声音が低いということは、成果を得られなかった証拠だ。龍弐さんは半開きになっているテントの出入り口からなかを覗いて、俺からは見えないけど絶対にニヤニヤしている。
「なに言ってんですか龍弐さん。空気読むって………別に読むべきところなんてひとつもないでしょ」
「きょ、鏡花さん………あのですね?」
「ぅわーお。大胆はつげーん」
「はぁ?」
「鏡花。俺が悪かった。俺のせいにしていいから、一旦退いてくれ。お前のせいじゃないから。お前はなにも悪くなんてないから」
「あんたもなに言ってんの?」
奏さんでなくて助かった。あのひとは問答無用だから。
でも龍弐さんであって助かったところはあるが、なにも問題解決になっていない。せめて迅辺りが来てくれれば、鏡花が実力行使で黙らせることもできたのに。龍弐さんは俺もからかう対象としてくるから、そこが厄介なんだ。
ここまで言われてもなにも気付かない鏡花のド天然さには恐れ入る。しかしこの場合は、彼女の名誉のためにも、俺が泥をかぶるべきだ。さもなくば、地獄が待っている。
地獄を回避しようにも龍弐さんはそのための時間を与えてはくれなかった。
「だって鏡花ちゃんさぁ。どう見てもキョーちゃんを襲っているようにしか思えないんだよねぇ? 座ってる場所まずいよぅ? キョーちゃんのプリケツになにを挿入してるのかなぁ? あっひゃっひゃ!」
「座ってる場所………ヅァ!?」
鏡花の声が裏返る。
あちゃー。とマリアは天を仰ぐ。俺は神に祈った。
龍弐さんの言うとおり、鏡花は俺の尻と太ももの間に座り、さらに体を倒すことで俺に全身で覆い被さっているような体勢になっているはずだ。背中越しからも体温が伝わるくらい接近しているとわかる。
で、鏡花がスキルを使って脱出。逃げた。多分ここからじゃ見えない場所だろう。
「あっひゃっひゃ。ごめんねぇ、キョーちゃん。お楽しみのところだったねぇ。邪魔しちゃったねぇ」
「助かったのか、助かってないかは定かじゃないんですけどね。………それよりも龍弐さん。鏡花に伝えようとしたプランがあるんで、耳を貸してください」
「イヤン。キョーちゃんったら。俺にも覆い被されってぇ? 別にいいけどさぁ」
「そういうことじゃないです! ああもう、いいですよ。俺が起きればいいんだから………いでで」
本当にこのひとは、誰かをいじる時の才能は随一だ。鏡花がそうしたように俺も逃げたくなったが、策があるのでそれを伝えるのが先だった。
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