第143話 自爆が趣味
「えっ………」
京一さんの声が聞こえた気がしました。
私たちは今、龍弐さんが開いてくれた道から敵の包囲網を突破し、そして勢いを止めずにジャングルのようなフィールドを走っていました。
途中、走りながら奏さんが背後に矢を射りましたが、対象は私たちを追う少数のモンスターにだけではありませんでした。敵の群れへと向かっていたのです。
振り返った私の視界には、鏡花さんを肩に担ぐ迅くんがいました。鏡花さんはなにかを叫びながら手を伸ばしますが、追いすがるグレイウルフの固体に対処すべく、ダーツを投げて置換を発動。すべてを肉団子に変えてから、迅くんの頭や背を叩いてまたなにかを叫びます。迅くんはやるせなさそうな表情をしながら、しきりに首を横に振るだけでした。
「まさか………」
「大丈夫。京一くんはこの程度で死ぬ子じゃありません」
「そうそう。レベル差だってあるし。そりゃ無傷とはいかないだろうけど、キョーちゃんって一撃で消費するスキルポイントが少ないから、俺らのなかで長期戦にもっとも向いているんだよねぇ」
奏さんと龍弐さんは不安にさせまいと、京一さんを信じて先に進むよう促します。
ところが、利達さんの一言で血相を変えることとなりました。
「ねぇ奏パイセン、六衣さんがいないよ!?」
「なんですって!?」
「え、じゃあ、なに? キョーちゃん、六衣ちゃんを助けるために残ったってこと!?」
不安が増大することになりました。
あの包囲網のなかに取り残されたのが、六衣さんもとなると、話しが違ってくるからです。
「でも大丈夫でしょ? 六衣さん強いし。なんたってディーノフレスターと戦っても怪我しなかったし………」
「それが問題なんです!」
「ぅえ?」
「利達ちゃん。この際だから教えてあげます。六衣さんのコードは埼玉のバスターコール! 彼女を目撃した人物は少なく、謎多きひとでしたが、その正体は埼玉ダンジョンで最大級の火力を持つ、問題を有するひとです!」
「埼玉のバスターコール………嘘だ。そんな………六衣さんが!?」
やはり利達さんは六衣さんの正体を知りませんでした。そうなると迅くんや、名都さんも知らないのでしょう。
「つまり、彼女がやることといえばひとつしかありません!」
「………京一先輩!」
「ダメだ利達ちゃん! 今からじゃ間に合わない!」
「でも!」
「今はキョーちゃんを信じるしかない。俺たちはあの子のスキルに巻き込まれないよう………クソ! 来やがった!」
あの龍弐さんとは思えない豹変ぶりでした。なにもかも楽観視して、享楽的な彼とは違い、今現在対面している問題に必死に対処すべく奮闘する顔が、より苦渋に染まります。
原因は、私たちの視界をオレンジ色の光が包んだからです。
「逃げろ! 早く!」
「迅くん急いで! 鏡花ちゃんを私たちの近くに!」
迅くんが焦りながら私たちに追いつくと同時に、奏さんは矢を強弓で引きます。
「鏡花ちゃん! スキルを!」
「でも京一が!!」
「大丈夫。きっと………大丈夫です。京一くんなら、なんとかします。あなたも彼のしぶとさを見たでしょう? 私たちも生き残ることが最善です。さぁ、行きますよ!」
モンスターの群れがオレンジ色の炎で焼失していくなかで、猛火が迫る寸前で矢を射る奏さん。遠くで鏃が六つに分散したその時、鏡花さんが泣きそうになりながらもスキルを発動。遠くに跳んだ矢と、私たちを置換して、爆発から脱出しました。
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気分といえば、最悪だった。
グレイウルフに噛まれまくった方がまだマシかもしれない。相手がモンスターなら反撃できた。
しかし爆発となると、俺のスキルではもうどうにもならなかった。
「ん………ぐぅ………!」
全身が重たい。視界はゼロ。体力も残っていないし、四肢の感覚もない。それにしては全身が痛む。指先などにも痛みが生じるため、あの爆発でちぎれず繋がっていると知覚した。
最優先事項は苦しい呼吸をどうにかすること。このままでは窒息死しかねない。最後の力を振り絞って起き上がる。同時にやけに柔らかい感触が俺の上にあることも認知した。
「………プァッ」
なんとか限界ギリギリで這い出ることに成功。急いで焼けた土を被ったそれを顔から剥がす。
「うぇ………蒸し焼きになるところだったぜ………」
そういえば掘った穴のなかで調理するサバイバル料理もあったな。と思い出す。まさに調理されていたのが俺だと考えると、笑えるはずがなかった。
埼玉のバスターコールの名に恥じぬ六衣のスキル『自爆』の猛威に巻き込まれた俺は、焼け焦げた衣服や火傷を負った四肢を動かして、自分の怪我の具合を見る。重傷でもないが、軽傷では済んでいなかった。本来なら死んでもおかしくなかった。
モンスターの群れを一撃で消滅させるほどの燃焼から辛くも生存できた理由は、ただひとつ。
「なんだよおっちゃん。役に立つもんも入ってたじゃんか。年代物とか言って、笑うべきじゃなかったな」
かつて冒険者業をして、名を馳せたひとり。俺の養父にしてクソッタレ上司こと、鉄条のお下がりを、俺は咄嗟にスクリーンから出して身に纏っていた。
それはモンスター素材を加工し、その糸で紡いだ断熱材だった。確か炎を吐くなにかとか言ってたか。そいつの鱗を鉄と混ぜて高熱で溶かし糸状にして編んだとか。
だが大抵の熱なら遮断するはずが、埼玉のバスターコールのスキルを前にしては、もう使いものにならないほど損傷してしまった。
ペリペリと剥がしていくも、途中でやめた。そんなことをしていても意味がない。体力を無駄に消耗するだけだ。俺の無傷ではないのだから。
それよりも気にすべきは、俺の上に乗っかっているこいつだろう。
「………おい。おい、六衣。起きろよ」
「うーん………あ、おはよ。京一ちゃん。生きててくれたね。偉いよぉ。流石は私のお友達だね」
六衣と出会って数日が経過したが、やっと彼女の真意や基準を知ることができた。
彼女にとってのお友達とやらは、こいつのスキルが発動してからも生き残っていることが絶対条件だ。死人とは友達になれないし。
ああ………なんでだろう。なんでこのタイミングで思い出す?
群馬ダンジョンの前橋市跡地にあるストロングショットを経営するボスゴリラが言ってたことを。埼玉ダンジョンでは火傷を負って逃げる冒険者が増えたと。それは全部、六衣のスキルによって負った火傷ってことじゃねぇか。
次々と繋がっていく。六衣はパーティから抜けたんじゃねぇ。追放されたんだ。そりゃそうだ。自爆が趣味で、単身で敵陣に乗り込んでやらかすならともかく、仲間が近くにいる状況でもお構いなくやらかすなら、絶対に受け入れ難い。
「そろそろ退いてくれよ。体が痛ぇんだ」
「ごめんね。動けないの」
「は? なんで」
「自爆したあとは体力全部使っちゃうの。えへへ」
冗談じゃねぇぞこの女。
じゃあなにか? 俺だって消耗してるからあまり動けないのに対し、こいつも動けないんじゃ、しばらくふたりともこのままってことじゃねぇか。
今朝は更新できました!
自爆が趣味ってヤバイ………
そして申し訳ありませんが、やはり一日二回更新は難しくなってきたことが判明しました。
次回から一日一回更新とさせていただきます。ご了承ください。
主に朝7時に更新させていただきます。