第140話 埼玉のバスターコール
六衣を加えた八人で行動するようになったその日。
うきうき気分で前を行く六衣に連なるように歩く迅と利達。俺たちは三人の背中を目で追っていた。
「いいかいみんなぁ。顔に出すんじゃねぇぞぃ………?」
龍弐さんはそう言いながら、微笑んでいた。俺もできるだけ唇の端を吊り上げる。六衣が離れてくれて幸いだ。今のうちに情報共有するべく、五人で密集して歩く。なるべく笑うようにしていたのは、六衣が振り返っても違和感を悟らせないためだ。
「それで、マリアちゃん。雨宮さんはなんと?」
ニコニコする奏さんが尋ねる。やはり聞こえていたか。
「逃げて、と」
「なんでよ。良い子じゃない。六衣」
パーティを追放されたか、自ら脱退したかは知らぬが、六衣と同じ経験のある鏡花は、強引に俺がこちら側に戻しておいた。同志意識を継続して持たれ、肯定派に立たれても面倒だからだ。実態を知るなら、同情した末に猫可愛がりする前の方がいい。
「六衣さんのコードは、実は有名なものだったんです。まさか、こんなところで出会うことになるなんて思いもしませんでした」
コードとは配信者や、それに帰属するメンバーに割り振られる別称ではない。通例では俺や龍弐さんや奏さんのように後から与えられたりもするが、マリアチャンネルに入る前から鏡花が「皆殺し姫」と呼ばれていたように、ある日を境に誰かからそう呼ばれたのが固定化するパターンもあり得る。
「で? 六衣ちゃんのビッグネームはなんだってぇ? 大丈夫。大抵のもんが出てきても、俺は取り乱さないよぉ」
マリアだけに背負わせないために、龍弐さんが笑いかけてプレッシャーを薄れさせてやる。
しかし、効力は半減するうどころか、皆無に近しかった。
それこそ、それを聞いた龍弐さんが凍りついてしまうほどに。
「埼玉のバスターコール。………それが鉄火六衣さんの、コードです。あの有名な名前だったんです………!」
「なん………だってぇ………っ!?」
龍弐さんは盛大に取り乱したあとで凍り付いた。
ビッグネームなんてものではない。超有名なコードだ。俺だって知っている。
それは歴史があるわけではない。なぜならここ数年で名を馳せたからだ。楓先生のような伝説を築き上げた歴史的偉人ではないが、俺はダンジョンに挑む前からその名を知り、震えあがった。
埼玉のバスターコールといえば、確か茨城ダンジョンから進行を開始し、栃木、群馬を制し、そして埼玉で活躍する超一流冒険者にして、超危険人物だった。
それが女であることはわかっていたが、それ以外の情報はなぜか出回らず、写真すら望遠から撮った掠れた輪郭のものしかなかった。どれだけ高画質解析をかけてもシルエットすらはっきりせず、噂好きな連中が「埼玉のバスターコールはとんでもないゴリラみたいな女かもしれない」などと流したためか、いつしかゴリラが定着していた。
だがまさか、あんな華奢で小柄な女が埼玉のバスターコールだなんて。信じられるものではないが、信じるしかない。
モンスターハウスを一瞬で消し飛ばしたスキルの発動の証明など簡単にできる。
六衣は爆心地近くから這い出た。焼けた地面からだ。そんなの、そのスキルを持つ者にしかできないじゃないか。
「………」
凶悪なコードに、馴れ馴れしく「同志」と呼んでしまった鏡花の笑みが蒼白となる。奏さんも信じられないという顔をして、前を行く六衣を注意深く観察していた。
「………どうすればいいんでしょう」
「逃げるにしたって、あの埼玉のバスターコール相手じゃ、そう簡単に逃がしてくれるもんかねぇ。最悪、気配を察知してズドン。なんてことにもなりかねないかもねぇ」
とんでもないものをパーティに入れてしまった。と後悔し続けるマリア。
ちなみに配信は六衣がパーティに入ると決定してから、一旦中断している。今は配信なんてしている場合ではない。
幸い、リスナーたちは六衣の正体に気付いていない。埼玉のバスターコールがゴリラという定義がある以上、偏見を取り払って正体を見抜くことなどほぼ不可能だ。
「えー、じゃあ六衣さん、ずっとここで友達探しながら、実家の仕送りをもらってたのぉ?」
「そうだよ。実家は山形にあって、農家をやってるんだ。近所からお裾分けがあったり、差し入れがあったりとかすると、必ず私にお兄ちゃんが送ってくれるの。食べきれないから食べて英気を養えって」
「や、でも………六衣の姐さん、冒険者なんだし。逆に仕送りする立場だと思ってたっすよ」
「だよねぇ。私もそう考えてたんだけど………ほら、私のスキルって、あんまり役に立たないじゃない? 気付いたらモンスターちゃんたちが消し炭になってて、剥ぎ取る場所がないから売却できないし。でも悪いことばかりじゃないって、さっきわかったでしょ?」
「うん! すごかったよねぇ。剥き出しになった地面から、あんなものが出てくるんだもん」
仲がいい三人は、俺たちの不安を他所に、ずっと前を歩いて喋っていた。
六衣の会話から察するに、実家は農家ではあるが、多分だが名家とかそんなもので、裕福なのかもしれない。スクリーンを介した仕送りができるということは、エリクシル粒子適合者の兄はいるが跡継ぎゆえ自由が利かず、代わりに六衣がダンジョンに挑んだというところか。多分、裕福な実家も、まさか娘がダンジョンで名を馳せているなどとは欠片も知らないだろう。
食べることに困らない理由は、もちろん大半が実家の支援もあるだろうが、利達たちが感心するように、あの焼け跡から採取できるものがあるからだろう。
地面深くに埋葬されていた鉱物などが、熱で溶けて混ざり合ってはいたが、希少なものには変わりないため、数十万円で取引された。
六衣のスキルは一週間に一度発動していたため、数十万円ほどあれば生活に困らない。つまり永久的にダンジョンを拠点とし、友達とやらを探せるということだ。
なんてサイクルを作りやがった。ディーノフレスターレベルの悪魔が徘徊することになっちまったじゃねぇか。名都め。知らなかったとはいえ、とんでもない縁を結んでくれやがって。恨むぜこれは。
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埼玉のバスターコールなんていう爆弾を抱えた俺たちは、その日の攻略を夕方の時間にやめて、ついに運命の分かれ道にもなる、食事の時間を迎えた。
六衣が言うには、自分の食べるものは自分で用意するとのことだったが───
「あ、奏ちゃん。これ焼くの手伝うね」
「あ、ありがとうございます………」
「鏡花ちゃん。そっちのお鍋、もうそろそろいいんじゃないかな?」
「ええ、そうみたいね………」
予想を大きく裏切る結果となった。
六衣は確かに自分の料理は自分でやっていた。ひとり用の鍋に野菜を切ってぶちこんで、肉とともに煮ている。寄せ鍋みたいな感じだ。それでいて下処理も完璧ときた。味付けは薄味の出汁を活かすため、最終的にはポン酢で食すらしい。
それゆえ、どうしても手が空くと、なんと俺たちの調理にも参加してきた。
切ったり処理したり下味をつけたりという工程は俺たち男連中とマリアが担当するので手が足りているが、五つ以上のコンロを三人で管理するにはどうしても目と手が足りないため、自主的にそちらに加わることとなった。
最初こそ奏さんと鏡花の料理をじっくり観察していたが、それは最終的な味付けや献立を知るためで、すべてを把握すると、鏡花へアドバイスを送るほどの腕前を発揮。
つまり、料理は得意ということだった。
埼玉のバスターコールこそ、今年の九月に考えていましたが、二月くらいはリーサルウェポンバスターコールとか考えていました。長いですね。
で、最終的にインパクトよりもネタ要素を優先し、埼玉のバスターコールにしてみました。埼玉県民の皆様ごめんなさい。