第138話 なによりの証拠
奏さんが射た矢にあったワイヤーを掴んだ女は、必死な表情をして縋る。こちらは迅ひとりで引っ張り上げた。名都が言うようにフィジカル面で活躍する。俺も同じペースで引くことはできるが、最終的なスタミナで負けるだろう。
一分でサルベージすると、六衣という女は息絶え絶えになりながらも、俺たちにぺこりと頭を下げた。
「た、助かりました。ありがとうございま………あれ?」
六衣という女が表を上げると、そこにいた迅と利達に目がいく。
「なんだか、知ってる顔………えぇと」
「利達だよ六衣さん! チーム流星の!」
「あ………チーム流星。お友達になる予定の、団長さんの妹ちゃん! それからきみは弟ちゃん!」
「うっす! ご無沙汰っす。六衣の姐さん!」
利達は感極まって抱きつき、迅は近くで両膝を突き、宙に浮いていた右手を両手で包んだ。
「うわぁああん! よかったよぉぉ六衣さぁあん!」
「えと、妹ちゃんはなんで泣いているのかな?」
「六衣さんがディーノフレスターにやられちゃったかと思ったけど、生きてたことに喜んでるんだよぉぉお!」
「ディーノフレスター………ああ、あの黒いお馬ちゃんだね」
号泣する利達をあやすように撫でる六衣。
しかし、だ。
この時点で俺たちは、この女を全力で警戒していた。
「ディーノフレスターを、黒いお馬ちゃんだってさ」
「見たところ、衣服が焦げ付いていること以外は無傷です。傷跡もない。………ディーノフレスターに遭遇して、無傷で生還するとは………」
龍弐さんと奏さんの小声での会話にすべてがあった。
ディーノフレスターの戦力は、俺たちもこの身をもって体験したばかりだ。
交戦し退けたものの、もちろん無傷とはいかなかった。
それがこの女はどうだ。衣服は焦げてボロボロになっているため、肩や腹や手足が剥き出しとなっている。煤だたけではいるが、傷らしきものは見当たらない。
俺も龍弐さんも、怪我は塞がっているが傷跡だけはまだ消えていない。
つまり、ディーノフレスターと交戦し無傷で生還した、なによりの証拠だ。
「六衣さん、ずっとここにいたの?」
「そうだよ? ずっとお友達になってくれるひとを探してたの」
「じゃ、じゃあ………名都兄ぃが約束したとおり、あたしが友達になるよ!」
「お、俺も。六衣さんには返せないほどの恩があるっす。友達になるって意味じゃ違うと思うが、助けてもらった恩を返させてほしいっす」
「ほんと? 嬉しい」
ふにゃと笑う六衣。
かなり美人だ。モテると思う。可愛いというジャンルがあるなら、マリアに近い。
ところがそんな可愛い女が、ディーノフレスターと交戦して無傷で生還した実績を持っている。「ああ、そうか」と俺は心のなかで納得した。
俺のなかにあるシックスセンス的なものが警鐘を鳴らしていたのは、この女へだったんだ。直接対面せずとも、距離があろうと俺は察知していた。彼女こそ目の前に広がるクレーターを単独で発生させられるスキル持ちであると。
「ところで利達ちゃん、迅ちゃん。後ろにいるひと、チーム流星のひとたちじゃないよね? だぁれ? お友達?」
「あ、ごめんね。紹介するよ」
やめろ。と叫びそうになって喉の奥で留めた。下手に刺激してはいけない。かといって、所属と名前などを知られると厄介だ。利達を止めたかったが、その術がない。
「このひとたちは、マリアチャンネルのひとたちだよ。配信者をしているの」
「初めまして。リトルトゥルー所属の五反マリアと申します。マリアチャンネルで配信をしています」
「配信者なんてすごぉい。初めて会っちゃった。あ、初めまして。私は鉄火六衣っていうの。よろしくね。お友達になってくれると嬉しいなぁ」
マリアは度胸がある。持ち前のコミュニケーション能力で六衣と並ぶと、握手をして敵意はないことを示す。こればかりは俺たちにはできない。そしてこのような局面だからこそ、マリアが代表として対し、すでに公開されているプロフィールを明かすのが最適解だった。
六衣は配信者業に興味があるらしく、柔和な笑みを浮かべたままだ。ファーストアプローチは成功。第一の関門を突破。第二をどこで設定するのかが試される。
「鉄火さん」
「六衣って呼んでよ。マリアちゃん」
「では、六衣さん。私たちの陣営は先日、ディーノフレスターと交戦しました。あなたも交戦したとか。それも単独で。よくぞご無事で………」
「うーん。気付いたらいなくなっちゃったの。だから、大した戦いにはならなかったんだぁ」
「いなくなった………逃亡した!?」
「そうだよ。ちょっと変わったお馬ちゃんだから頑張ろうとしたんだけど、逃げられちゃった」
マリアは六衣から可能な限り当時の情報を聞き出そうとするが、驚きの連続で、普通なら信憑性に欠けるものの、どうにも───六衣を見ていると、その表情や仕草からは嘘の類は検出されない。冗談で言ってはいない。本当にディーノフレスターが逃げたのだと思わせる謎の説得力さえ感じられた。
「六衣さんは、ここでなにを?」
「あの不思議なお馬ちゃんを追いかけてたのもあるけど、飽きちゃったし、また新しいお友達が欲しくて、誰かいないか探してたんだ」
「ずっと?」
「そう。ずっと」
「いつからですか?」
「去年からだよ」
なんだか気が長くなりそうな規模がイメージできた。
ダンジョンの外では冬が終わり、やっと春になった頃だ。今年の冬は特に長かった。二百年前までは地球温暖化現象とかいうのが問題視されていたが、現代は地球の悪きものすべてを吸収している傾向にあると研究者が発表したため、地球温暖化は勢いを失った。二酸化炭素問題も解決に向かっている。
ところがこのダンジョンという場所は、確認されただけでも群馬、栃木、茨城、そしてこの埼玉も、驚くべきことに気温差というものがない。
外部と隔絶されたかのように、常に一定の温度が決められていて、朝昼晩と変化するだけだ。四季の移ろいなど感じられたものではない。四季を知るには、スクリーンに表示されているカレンダーを見るしかないのだ。
だが厄介なことに、世界でも四季の移ろいがはっきりとして、それぞれの季節を堪能できるのが日本であり、日本人はその四季に順応し、楽しみ方を覚えた。結果、四季の移ろいに期待を込め、それがいつしか精神安定剤の役目を果たしていることを自覚している日本人がどれだけいることか。
このダンジョンには四季がない。明るさも一定で、まるで時間の流れに置き去りにされたような焦燥感を覚える者もいて、メンタルが弱いと精神になんらかの不調をきたすもいると聞く。鬱病などがその例だ。変わり映えしない光景と血生臭いダンジョン、閉塞的空間で永劫と呼べるほどの時間を過ごす。精神衛生上、もっともよくない環境として医者も喚起していたとか。
「それで、お友達はできましたか?」
「今のところ、名都ちゃんたち以外はいないかな。チーム流星の前にも色々なパーティに入ったんだけど………なんでか知らないけど、みんな口を揃えて言うの。お前とはやってられない。って」
「それは………酷いですね」
六衣に事情があるのか、それともそのパーティに不都合があったのか。
いずれにせよ聞かなければ話は見えて来ないが、その時俺の横を通って、鏡花が六衣に手を差し出した。
ブクマありがとうございます!
今日は朝の更新に間に合いました!