第137話 クレーター
「仮に………震源の悪魔とでもしておきましょうか」
「お。奏さんにしてはダサくないネーミングセン………あ、なんでもなぁい。続けて?」
「………人間であろうがモンスターだろうが、このまま進むのであれば会敵は免れないでしょう。準備だけは入念にしておくべきです。ディーノフレスターの時の二の舞にならないように」
余震でまた揺れる木の根が擦れ合い、異音を奏でるなかで、スキルを駆使して様々な矢を製造する奏さんは、龍弐さんで試射せんとばかりに視線を鋭くした。
奏さんが決めた震源の悪魔が、モンスターか人間かか。人間であれば話し合う余地はあるかもしれないが、地震を起こせるほどのスキル持ち。果たして常識の概念を持ち合わせているだろうか。
「ワクワクするねぃ、キョーちゃん。恐竜やドラゴンでも出てきたら、玉乗りでも仕込んでやろうぜぇ」
「なんかの歌詞にありましたっけね、それ」
恐竜が出ようがドラゴンが出ようが、ぶっ殺す気満々の龍弐さんは、刀を握って歩き出す。
装備を有するが、昨晩の内にメンテナンスを終わらせた龍弐さんには、入念な準備は必要ない。曲がっても折れても元通りになる日本刀がある。
「じゃ、斥候は俺とキョーちゃんで斥候を受け持つから………どったの迅くん。利達ちゃんも、今にも泣きそうになっちゃって」
殿を受け持つ奏さんに報告しようとした龍弐さんが、迅と利達にそう尋ねるので、俺も振り返ってしまう。
確かに迅と利達は、龍弐さんの言うように今にも泣きそうになっていた。ただその感情は、悲しいからではなく、喜びゆえにといった印象。
「間違いねぇ………間違いねぇっすよ、龍弐の兄貴!」
「う、うん?」
「今の、あたしたちが知ってるひとのだよ!」
「今のって、さっきの地震のこと?」
龍弐さんが質問するも、感情が先走ったのか、迅と利達は俺も追い越して先に進んでしまう。
「あ、ちょ………待ちなさい! いきなり陣形を無視して飛び出さないでください! ああ、もう。もうあんな遠くに………龍弐、追いなさい! 京一くんはマリアちゃんを負ぶって、全力で追いかけますよ!」
仲間にした以上、勝手な行動をしたからといえ見捨てられるものではない。奏さんは毒づきながら指示を出す。俺の背後にマリアが駆け寄ったので背中を差し出すと、ピョンと飛び乗った。脇腹辺りから伸びる彼女の足を掴んで固定し、ふたりを追尾した龍弐さんを追う。
「あいつら、どこに行こうってのよ!」
鏡花はスクリーンからコンバットナイフを取り出して、俺ではなく俺の上にいるマリアが直撃しそうな蔦を切断しながら走る。龍弐さんがすでに走りながら除去していることもあり、走行速度は低下しないで済んだ。
「知っているひとと言っていましたけど………もしかして、チーム流星で臨時採用した女の子のことでしょうか?」
マリアはできるだけ身を低くして、俺の肩越しに前を見る。その予想は頷けるもので、あのふたりが感涙する理由にも当たる。しかし、だとすると奇跡としか言いようがない。ディーノフレスターにも狙われて、単独で戦って、今も生きているという証拠だ。
つまり、俺がいつも不愉快に思っていたあの地震の正体は、たったひとりの女によるもので、それが仮に戦闘音だとすれば合点もいく。
「とんでもない奴ってことかよ」
会ってみたい気もするが、なぜか今回だけはやけに嫌な予感がしてならない。
走り続けること十分。流れていく景色の特徴を一々覚えていられる余裕などなく、おそらく戻れと言われても同じ場所に移動することもままならない。だが走り続けた甲斐はあった。やがて龍弐さんの背中や後頭部だけでなく。迅のとにかく高い背丈も見えた。
なぜか立ち止まって、三人並んでいる。特に会話をすることもなく、ただただ前方に視線を向けていた。
「おい迅! いきなり走りやがって、どういうつもり………は?」
龍弐さんが叱らないなら俺がやる。両手は使えないため、振り向いたと同時に腹に蹴りを入れてやるつもりだった。そうでもしなければ、代わりに鏡花が迅と利達をこらしめる。蹴り一発では済まされないだろう。
踏み込もうとした右足が加速し───止まる。茂みの向こう側に出た俺の視界に、迅と利達の防衛と折檻を忘れさせる、あまりにも非現実的なものが広がっていたからだ。
「………なんですか。これは………」
「間違いないよ。あのひとだ」
「ああ。六衣さんだ。けど………なんなんだよこれは………なんつーか、前よりもすごくなってねぇ、か?」
奏さんの質問を聞いてはいないが、若干の解答にはなる呟きをする利達と迅。
六衣さん、ねぇ。
そいつがこの───植物で埋められていたはずの空間を消し飛ばしやがったのか。
そう。俺たちの目の前にあったのは巨大なクレーターだった。直径は一キロメートルほど。深さなんて下の階層にまで届くほど。地面を根こそぎ焼き払った。
だが同時に理解する。
これだ、と。
軽井沢郊外にまで届くほどの轟音の原因となった雪崩を発生させた元凶。
人間業ではないとすれば、やはりスキル。
だがこれほどまでに強烈なスキルを、俺は見たことがない。
俺も鏡花も龍弐さんも奏さんも迅も利達も、こんなことはできない。圧倒的な火力。
クレーターを注意深く観察してみれば、モンスターの遺骸らしきものが焦げて、黒い塵となって散っている。焼けた大地に手を翳せば、まだ熱が届くが痛みを感じるほどの熱さはない。
「………六衣とかいう奴は、ここにはもういないらしいな」
一撃必殺を信条としているからか、それらしき人影も見当たらない。
会わなかったことに少しだけ安堵し、そして落胆した。
「そんな………六衣さん。まだお礼も言ってないのに」
「いいひとなんすよ。それこそ、兄貴たちに紹介したいくらいだった。くそっ………なんでいねぇんだよ!」
落胆する利達と迅。
ところが………龍弐さんが、叫んでいる迅を手で制して止めた。
「黙れ迅」
「う………な、なんすか。龍弐の兄貴」
「いいから黙れ」
龍弐さんはディーノフレスターと敵対した際のような鋭い双眸をクレーターに向ける。
異変はすでに発生していた。
地下階層へと繋がる穴の近くで、もこりと地面が隆起したのだ。
龍弐さんは左手で日本刀の鞘を握り、親指で鍔を押し上げてはばきを晒す。奏さんも強弓に矢を装填した。
「これだけの熱量のなかで、まだ生きてるなんて………いったい、どんなクソ化け物なのかしらね」
鏡花もダーツを数本握る。
確かになにもかもが燃えて消える環境で、まだ生存しているならクソ化け物認定されても不思議ではない。
固唾を呑んで、さらに持ち上がる地面を注視する。やがてそこから這い出たクソ化け物を討伐するため───
「わぁぁあああああああ!? 助けてぇぇええええええ! お、落ちるぅぅぅうううう!」
「………は?」
討伐………するべきではないのかもしれない。
隆起した地面から這い出たのはひとりの女で、寝起き直後のように目を瞬かせ、それから斜面に気付かず思い切り伸びをしたせいでバランスを崩し、下の階層に落下しそうになっていた。
「六衣さぁぁあああん!?」
「ちょ、なにやってんすかあんたは!?」
利達と迅がクレーターに飛び込もうとするが、斜度もきついため、一度降りれば戻ってこれるかわからない。龍弐さんがふたりの襟首を掴んで止めると、奏さんがロープを括り付けた矢を射て、騒いでいる女の近くに落とした。
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そろそろペースが落ちてきて、一日一回更新にし、日曜日にドカンと更新するスタンスにしようかと悩んでおります。