第135話 悪霊退散!!
集合思念体どもは諦めずに塩の陣に手を挿入せんと頑張っていた。
知能が低く、まるで幼稚園児かと思うような無駄の多き一貫したパターンは、見ている俺たちがなぜか応援してみたくなるような懸命さを覚え───あ、やっぱ無し。ちょっと様子がおかしくなってきた。
「ね、ねぇ………私の目の錯覚かしらね。こいつら、段々と近づいてきてない?」
現実逃避から帰ってきた鏡花が、集合思念体どものリーチの縮小に気付く。
そう、それだ。だからどこか雲行きが怪しく思えたんだ。
苦痛を知らないゾンビみたいな体をしているせいか、塩の陣にどれだけ阻まれてもチャレンジし続け、結界を押し退けたとは考えにくい。
その時、俺は頬にそれを感じて、しゃがんでみた。
「………ヤバい」
「キョーちゃん? なにがヤバいって?」
「おい迅! 風が吹いてるせいで塩が流れてるぞ!」
「あ、くそ………それを考えてなかったっす!」
このおっちょこちょいめ。
集合思念体どもの侵攻阻止をしたした際には見直したが、今ので評価を改めることになりそうだ。
「風………誰か風を止めて! この塩、チャカママにもらった特別な奴なの! 全部吹き飛んだら、もうあとがないよ!」
利達の奴も無茶を言う。
今の塩は除霊師が使う特別な製法で作られたもんだってのか。そんでもって、変な名前も聞こえたぞ。
チャカママだと? チャナママじゃなくて?
ああ、そういえばあのボスゴリラも言ってたな。
群馬県の前橋市跡地にあるストロングショットは、各地に存在すると。埼玉にもあり、そこはあのボスゴリラの姉………まぁ多分、男だから兄なんだろうけど、チャカとかいう奴が経営してるとか。
あのボスゴリラの上位互換とか、マジで会いたくねぇけど、こんなものを用意できるだけあって、やはり優秀なんだろうな。あの一族はいったいどうなってやがるんだ。
「ぅひ………ぅひひひ………オバケなんかいなーいさ………もうお終いだぁぁあああああああ!!」
「うわぁっ!? 鏡花さんが壊れたぁ!」
つい最近メンタルブレイクしかけた奴が他人のメンタルブレイクに驚いてれば、まだ余裕はあるってことだ。じゃあ鏡花はマリアに押し付けるとして。
風に乗って効力が薄れていく塩の陣に、俺はとある可能性に賭けてみようと思った。片手で開いたスクリーンをタップし、アイテムボックスのなかに購入したそれがストックされたのを確認し、取り出すと、ビニール製のそれの端を噛んでちぎった。
「え………あ、あの。あのね、京一先輩? なにしてんの?」
「特別製の塩つったって、もしかしたら騙されて掴まされた、そんじょそこらで購入した安売りの塩かもしれねぇだろ? だったらこっちは、もっと良い塩で対抗してやろうじゃねぇか!」
購入したのは、このダンジョンに来る前だったら絶対に手が出せないような購入な塩だった。製法やら地域やらで色々と違うらしい。
とりあえず一キロを開けて、思い切り握り───
「オラァ!!」
悪霊退散の念を込めて投擲。さながらショットガンのごとく塩の粒子が拡散する。
恐ろしいことに、この一握りが何十円、何百円とかするのだろうなと考えるだけで恐ろしくなるから、できるだけ考えないようにする。
すると、高級塩の粒子を浴びた集合思念体どもに変化が起きる。
「ヴぁ!?」
恨めし気に唸っていたのに、塩を浴びた途端に、太陽の光を浴びた吸血鬼のような反応を示した。
塩に対し、なんらかの恐怖を覚えている。陣に触れるまでは地面に浸透していたので結界の役割を果たしていたので侵攻を防ぐだけだったが、ダイレクトで浴びるとこうまで違うのだと初めて知った。
「いける………いけるぞ、これ!」
俺は袋の端を掴んで塩を散布した。集合思念体どもがサッと退くので、そのインターバルで購入した分だけ取り出して迅と利達に投げ渡す。
しかし、上には上がいるのだと俺は忘れていた。
「素晴らしい情報提供です。では、退きなさい!! 京一くん!!」
「え………ちょっ」
奏さんが前に出る。
その腕に抱えられていたのは、一キロが詰まったものではなく、二十キロが詰まった紙袋だった。つまり業務用。食品加工工場などでよく見るタイプを、直接購入していたのだ。
俺が退かなければ横殴りのシャワーのような瀑布を浴びていたかもしれない。
紙袋を龍弐さんの刀で斬ってもらって開封した奏さんは、バケツリレーなどでよく見るフォームで、大量の塩をぶちまけた。
「ンギャアッ」
集合思念体どもが鳴く。
質よりも数で攻めた奏さんの勝ちだ。
龍弐さんも同じように紙袋を抱え「餌だよお食べぇ」と嫌がらせのように撒いている。
俺も迅も利達も手が止まっていた。そのあまりの光景に。
「な、なんなんすか。あのひとたち………」
「名都兄ぃたちが仲間を守ろうと必死に試行錯誤してたのに、防衛するので手一杯だったのに………なんであのひとたちは攻めてるの?」
瞬時に攻勢に出たあのふたりの尋常ではない突破力に唖然とするしかないだろうな。
そもそもチーム流星は経済難で、食品を無駄にする動きそのものを禁じ手としていた面もあるだろう。
調味料とはいえ、食品は貴重だ。おもちゃにするべきではない。生産者への罪悪感や、背徳感は当然持ち合わせているが、そうでもしなければ全滅は必須だ。ならばあのふたりは方法を選ばない。潤沢な資金にものを言わせる。
で、ぶっ壊れた我らが皆殺し姫様といえば………
「ァハハハハハハッ! 死ね死ねぇ! 私を怖がらせた悪ぅいクソオバケどもは、死ねぇええええええッ!!」
今日も絶好調のデスボイス。
腹式呼吸で殺害宣言をしながら、集合思念体どもに塩を投げている。しかし慌てたのか、焦ったのか、あいつが投げているのは塩コショウで、後ろにいるマリアは気の毒なことにくしゃみが止まらなくなっていた。だが案外効果はあって、集合思念体どもを寄せ付けずにいる。
俺も負けてられねぇ。ソルトショットガンを連発する。シェルのように空になった袋が舞う。
で───五分後。
「まぁ、こんなもんでしょぉ」
「こんなもんって、やりすぎっしょぉ………」
いい汗をかいたと言わんばかりに爽やかな笑顔で汗を拭う龍弐さん。利達は突っ込まずにはいられなかっただろう。俺もわかる。
俺たちの反撃で集合思念体どもはすっかり消え去った。気付けば消滅していた。一心不乱に物理的な塩の結界を作っていたからな。あれは結界というよりも外側に爆発する幕だったかもしれない。
一心不乱だったせいで全身塩塗れだし、口のなかが塩っ辛い。節分の豆まきで逃げる鬼の立場が温く思えるほどの勢いだった。
「ぁははははははは!! 私に逆らうからいけないのよ、このクソオバケ………あら?」
ぶっ壊れてから再構築を経たサイコパスが、やっと我に返る。鏡花は逃げる集合思念体に、喜びながら頭から塩を被せていたからな。あれは逆に可哀想になってくるレベルだった。
「これで終わったとは思えません。お塩をもっと購入する必要がありますね。とりあえず二百キログラムは用意しておきます」
「にひゃっ………いや、桁がおかしいっすよ。京一の兄貴、どうなってんすか。奏の姐さんの基準って」
「慣れろ、としか言えねえよ。とにかく、あの幽霊みたいなもんの問題は解決したも同然だ。………次からは、投げる時に疲れないようにしねぇとな。フォーメーションでも考えておくか」
「そりゃ、そうっすけど」
「まぁお前がなにを言いたいのかはわかるぜ? こりゃ、な。改めて見ると酷いもんだ………」
過剰なほどの塩撒きの影響で、俺たちが作った拠点が雪でも降ったのかと疑えるレベルで白くなっていた。テントも寝袋も。食事をする前だったら、一番悲惨だったかもしれなかった。
お蔭さまで、投稿してから二ヶ月もしない内に、50,000PVと7,000ユニークを突破しました!
色々と書き続け、伸び悩んでやめてしまおうかと思った時もありましたが、続けてよかったと思っております。
相変わらずキャラクターの一部がイカレておりますが、私のテンションの高さと比例していると考えていただけると幸いでございます!
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