第13話 デストロイスマイルを思い出せ
たちまち挙動に遅れが生じたボススライムが、誘導弾顔負けの執拗な追尾の手を緩めたため、大切なところを両腕で隠し、ついでに内股になりならがらという変な歩き方をするマリアが愕然となる。
「ちょ、ちょっとあんた………なにしたのよこれ」
鏡花でさえつい数秒前まで号泣していたことを忘れて、目を見開いてボススライムを注視する。
ダンジョンではこうしたボス級、つまり縄張りを支配する巨大なモンスターが出没する。先人たちは大勢でこれを討伐し、戦果を上げた。時代の移ろいに際しボス級モンスター討伐は、技術発展に比例するように必要とされる人数を極限まで減らし、被害も最小限に抑えられるようになった。
とあっても、冒険者を殺し、羞恥を募らせるような被害を出したモンスターはこうして今も出現する。スライムなんて剣などの物理的攻撃がダメージにもならないため、攻略に支障が生じる。鏡花も苦労していたのだろう。
だがそんな驕慢極まるスライムが、橋脚を失った橋のように伸ばした触手がペタリと地面に落ちて、自分でもなにがどうなっているのか判別が付かない状態に陥っていた。
「特別なことはしてねぇよ」
「でも」
「スライムを特別恨んでるひとがいてな。俺はそのひとが持たせてくれたものを使った。それだけだ。じゃあ仕上げに入ろうか」
巨大だった水球に、百キログラムは粉を吸わせ、追加でボールとビーズを食わせた。
そんなボススライムは今や、体格が三割ほど減っている。
「見てな。面白いから」
動きが鈍ったボススライムに接近し、おもむろに手を持ち上げると、ふたりが見ている前で握った拳を突き出した。
「えッ!?」
マリアと鏡花の驚愕の声が重なる。
なぜなら俺の拳は、ボススライムの体内に突入してもなお無事で、ジャケットの裾は溶けてもいなかった。
「んー………まだちょっと早かったか。ピリピリするくらいは残ってたな。でもまぁ問題ないだろ」
拳を抜いてスクリーンから新たなアイテムを召喚。鉄の容器をジャケットの裾を飛ばして指と容器が触れないよう精密に配慮しながら摘み、収縮したボススライムの上に放り投げた。素手で絶対に触れるなと教わっていたので急遽ジャケットでグローブの代用をしたが………多分、あれだ。ライデンフロスト現象とか? でなんとかなったのだろう。そこまではわからないけど。
鉄の容器が空中で開く。なかからこぼれ落ちたのは冷気を纏う液体。それがボススライムに降り注ぐと、その部分から急激に水が凍り始める。
「………液体窒素ですか!?」
「ああ。でもまさかこんな………二日目で使うなんて思ってもなかったぜ。これで全部使っちまった」
マリアには学があるようで、俺はあの冷たい液体を見た時はなにかわからなかったのに、現象などで一発で見抜いた。
「スライムってのはほぼ水だから物理的な攻撃は工夫しないといけねぇ。だが凍らせれば別だ。これなら攻撃が通る………」
「さっきはよくもやってくれたなドグサレ水畜生がぁあああああああああッ!!」
「………怖」
泣くまで追い詰められた事実を激情の業火の燃焼剤にしたような怒号。
鏡花が叫ぶと、スライムの凍った部分に変化が生じる。
見覚えのあるものが氷から内部へと突き立った。水晶の木。マリアたちと初めて会った、あの空間に生えていたものだ。
一本だけではない。次々と氷を割って突き立つ。スライムの内臓と核は不可視に近い透明度をしているが、あれほど体内をズタズタにされてはきっと届いている。張りのある球体が、ベチャッと音を立てて平たくなった。形状を維持していない。死んだ。
「フー、フー………来世で虫に転生しなさい。その時はプチッと踏み潰してやる」
また怖いことを言う。
で、俺と目が合う。
「………服着ろよ」
「見てんじゃね………チッ。あっち向いてなさいよ」
恐怖から怒りへと感情を振り子のように極端に変化させたため、自分の状態を忘れていたらしい。
一糸纏わぬ裸体を俺の近くに曝け出し、加えて俺が近くで見ていたことも気付いていなかった。
指摘すると殴りかかろうとするも、助けた礼と言質もあり、攻撃をやめた。案外律儀なのかもしれない。
「京一さんって、余裕ありますよね。見慣れてるんですか?」
背を向けた俺にマリアが問う。
「見慣れてなんかねぇよ………」
実際、余裕がないのも事実だ。頭のなかで、師と姉のようなひとの「セクハラは万死に値する」というデストロイスマイルを想像していなければ、冷静に対処できなかった。
それにしてもスタイルが………凄まじいな。見たことはないが、これがモデル体型とでもいうのだろうか。
案外、ふたりとも大きい。服を着ていてもわかっていたが。マリアは配信者だし、そういう部分のサービスで男受けを狙う事務所の方針か。鏡花なんてマリア以上………いややめよう。セクハラ死すべし。デストロイスタイルを思い出せ。
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まったく、酷い目に遭いました。
『マリア。あなたをドジっ子方針に突き進むよう教えたつもりはないのだけど?』
と雨宮さんからインカムを通じてお叱りの言葉を頂戴しました。
ボススライムとの遭遇は、雨宮さんの指導ではありませんでした。完全に事故でした。
パーティに鏡花さんを迎え、戦力の充実化を果たした私たちは、すぐにお互いの役割を決めました。そこは言うまでもなく鏡花さんが戦闘。私が撮影。得意とするジャンルで挑戦したのです。
鏡花さんの戦闘能力はそれはもう凄まじく、臨場感も満載。雨宮さんは大変満足されていたのですが、何度目かの戦闘でアクシデントが発生しました。それがボススライムでした。
鏡花さんはスライム全般が苦手らしかったです。ついでに蒟蒻も嫌いらしく。理由は「どうやっても倒せないから」とか。午前中だけでもモンスターの血臭が嫌になるくらい蔓延した通路で、凶悪な笑顔を浮かべていたくらいの実力者のはずが、なぜスライムが倒せないのかはわかりません。
「また助けていただいて………そのぉ、ありがとうございます」
「運が悪かっただけだ。まさか別れたその日に会うだなんて思いもしなかったぜ。俺はそこまでゆっくり移動していたつもりは無かったんだが………ここで合流することになるなんてな」
「あ、はは………そうですね。あ、カメラが復旧します」
「音声は生きてたのか?」
「と、いうよりもインモラルブロック機能が働いて、カメラだけを自動で停止していたんです。ほら、センシティブな内容………です、から………」
自分で言って恥ずかしくなりますが、先程の京一さんの救出劇で、私と鏡花さんのあられもない姿を見られてしまったことになります。
ダンジョンで裸になるのはテントのなかで汗を拭うなど、致し方ない時であったはずなのに、不本意ながら全裸に等しいボロ切れを纏った姿で走り回ったことが恥ずかしくてなりません。
「インモラルブロック?」
「運営さんが作ったシステムです。配信内容が相応しくない、あるいは、その………官能的だったり、グロテスク系だったら停止するようになり、配信はすべて音声だけになるんです」
「へぇ。便利なんだな」
京一さんは私たちの裸に等しい姿を見ておきながら、感情に乏しいリアクションしかしません。
と、なんだかひとりで悔しくなっていた時でした。京一さんはずっと私たちを視界に入れず、耳が赤くなっていました。照れている証拠です。それがわかると、急に可愛く思えました。
「そろそろ教えてくれない? なにをどうしたら、ボススライムが状態異常同然になったのか」
Tシャツにジーンズと、冒険者にしては随分ラフな姿になった鏡花さんは京一さんを見上げて尋ねました。
私も雨宮さんから『絶対に聞け』と言われていたので、カメラをボススライムの遺体から京一さんに移動させて、じっと声を待ちました。
ブクマありがとうございます!
さてさて今日はなぜか一睡もできませんでしたのでこの時間に投稿しちゃいますよ!
次回にあの白い粉の正体が判明します。簡単なものですが。
ここまでの流れに興味を持ってくださったら、☆や評価というガソリンをぶち込んで作者の眠気など消し飛ばしてくださると嬉しいです!