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第134話 オバケなんてうーそさ

「やっぱり、設備が足りないせいだと思います」


 これまでたったひとりで行動してきた鏡花が、自分ひとりの分だけ扱うなら十分なサイズのまな板に、大きな肉塊を乗せて悪戦苦闘しながら切断を試みている。彼女の言うように、人数が増えた分だけ、扱う食材の量も増えた。


 まな板のサイズが足りないだけではない。フライパンだって小さい。鍋も小さい。コンロも小さい。


 すべて、なにもかもが大量生産向けにできていないのだ。


 例え、だからと言ってすべてのサイズを一新したとしても、業務用に切り替えたとしても、扱えるのかと言えば話は別だ。


 業務用のコンロは大きい。調理し終えれば清掃しなければならない。メンテナンスも増える。


 俺たちにそれができるのかといえば、おそらくできるだろうが、時間がさらにかかる。


「料理人ねぇ。でもさ、そんなひと誘えるのかなぁ?」


 カットした豚肉に下拵えをする利達がぼやく。


「問題は山積みっすよ。そんな料理人がいるかどうかっすね」


 利達が下拵えする前の、カットした豚肉を叩く迅も渋る。


 そのとおりだった。


 問題は三つ。


 ひとつ。迅の言うように、そんな料理人が近くにいるのか。この埼玉ダンジョンで。


 ひとつ。ソロで活動していること。この埼玉ダンジョンで。


 ひとつ。勧誘に乗ってくれるか。この個性の殴り合いみたいなパーティに入ってくれるか。


 このすべてをクリアできる超人がいるのか。


 ………おいおい。本当に超人じゃねぇか。






 調理に一時間近く費やし、やっと大量生産した豚カツだが、コンロの台数の問題で炊飯と揚げ鍋が限られ、作っても作っても冷えていく。


 ぬるいカツ丼を食べるしかない俺たちは、しばらくこのジャンルの調理は封印すると決めた。衣をつけて揚げるだけでも時間がかかる。次にやるなら………しゃぶしゃぶとか?


 そして清掃にも時間を要し、やっと終えた頃には体力を取り戻すはずが、どっと疲れていた。


「ひと仕事したあとのビールは沁みるねぇ」


 龍弐さんは心のゆとりと、英気を養うために缶ビールを空けていた。もう就寝する時間ゆえ、飲酒を奏さんから許されていた。


「そうだ………迅くん。利達さん。聞きたいことがあったんだけど………名都さんからもらったこれ、なんですか?」


「え? ………あっ」


「や、やばっ………!」


 迅と利達は自分のテントを持っておらず、寝袋を持っていたので、俺たちの近くで寝転んでいた。


 マリアがスクリーンの整理をするついでに、チーム流星の団長、名都からもらった包みを出して見せると、寝転んでいたふたりがギョッとなって飛び起きる。


「迅兄ぃ、ヤバいよこれ!」


「くそ、すっかり忘れてた! 起きてくれ兄貴たち! 姐さんたち! ()()が来る!」


「奴ら?」


 ふたりはふざけているようには見えない。真面目に周囲を警戒していた。


 迅と利達はもう仲間だ。信じないわけにはいかないし、この危機迫る表情は、俺たちには無い埼玉ダンジョン攻略の知識から来るものだとわかる。


「マリアの姐さん! それ、開けて撒いてくれ!」


「え、これって………なんですか? 白い、粉?」


 迅のオーダーどおり包みを開けたマリア。


 ところが、俺も横から見たが、そこには迅がとてもではないが必要とするようなアイテムはなく、気になって粉に指を突っ込む。すると、横から手を伸ばした迅が包みごと乱暴に奪うと、周囲に散布する。


 風に乗って俺たちの全身に浴びることになって、鏡花と奏さんが非難の目を向けた。


 匂いはしない。指を軽く舐めてみる。味は知っていた。どこにでもあるものだった。


「………これ、塩か?」


「そうっす! でも、これが保つのは今日一日だけっすから、明日にできるだけ離れねぇと!」


「迅兄ぃ! 来たよ!」


 名都がなぜ塩を送ったのかはわからない。迅が俺たちの頭上から降り注ぐほどの勢いで散布した意図も。


 しかし、利達が警鐘を鳴らすと、否が応でも理由を知ることとなった。


「………なんか、地面から生えてね?」


 抜刀の構えで迎え撃とうとする龍弐さんが呟く。


 俺もそう見えた。


 それまでなにもなかった巨大な木の根に、ぷくりとなにかが生えていた。巨大なきのこのようにも見えるが───なにやら様子がおかしい。というのも、そのきのこは木の根を這うようにして進み、今もなお膨れている。大きな卵にも見えるが、卵に大量の糸屑が生えると、やっと別のなにかだとわかった。


 人間の頭部だった。しかも頭だけではなく首から下も浮上する。しかもひとつだけではなく、またひとつ、またひとつと増えていく。


「ゾンビ………!?」


「違いますね………お母さんから聞いたことがあります。あれは………そう、集合思念」


「集合思念?」


 蒼白となる鏡花に、奏さんが答えた。


「その地に住んでいた者の負の感情をエリクシル粒子を介して具現化したようなもの、とお母さんは言っていましたね。厄介なのは物理攻撃がほぼ無効化。対して、あっちは私たちの体をすり抜けると精神を攻撃し弱らせるとか。………厄介な相手だと」


「そう。初めてあいつに触られた女の子が鬱病になっちゃったの! で、ふらっといなくなって………多分ディーノフレスターにやられちゃったんだ」


 なんだそりゃ。こっちの攻撃は効かないのに、あっちは殴り放題ってか。


 ふざけやがって。幽霊なんかよりも、よっぽど怖いじゃねぇか。


「ゆ、ゆゆ、ゆれ、い………!?」


 で、ゾンビなら青褪めるくらいだったが、幽霊に通じるものを感じた鏡花が激しく震え出す。


 珍しいな。こいつ、幽霊苦手なのか。


 って、呑気に鏡花の苦手なものを知って驚いている場合でもねぇ。



「ヴゥォァアアアアア」



 集合思念とかいう厄介な幽霊………幽霊なのか? ゾンビみたいな外見をする半透明な連中が、まだ増えながらも俺たちに接近する。


「や、やば………ぁあぁああ………私のスキルが効かない!?」


「鏡花パイセン! あれ、スキルも効かないの! 無駄撃ちしないで!」


「じゃあどうしろってのよ!?」


「名都兄ぃからもらった塩を信じるしかないよ!」


 塩は邪を払うとはいうが、本当に効力があるのかは定かではない。


 しかし、名都はこれを送ってきたということは、少なくとも効果があるということだ。迅と利達は集合思念のヤバさを知っている上でここにいる。遭遇してもなお生き残ったのであれば、信じることができる。



「ゔぁ?」



 ゾンビみたいな外見の幽霊が、迅が作った塩の陣に触れる。


 ところが、その指先はいつまでも陣の内側に潜ることはなかった。


「おぉぉ………やるじゃん名都くぅん。これで効果なかったら、今から追いかけてぶん殴りに行ってやったところだぜぃ」


 龍弐さんが額を拭いながら安堵する。


 集合思念体どもは指先を弾かれ、俺たちに接近できないことを忌まわしく思ったのか、唸りを上げながら試行錯誤する。


「あぁぁ………よかったぁ。まさか、こんなことってあるんですねぇ」


「オバケなんていなーいさ。オバケなんてうーそさ。ねーぼけたクーソを、ぶち殺しにいーこう………」


「鏡花さーん。そろそろ現実に戻ってくださいねー」


 ついに現実逃避し始める鏡花を、マリアが帰還させるべく肩を揺する。それにしてもなんて愉快な歌詞だろうか。どこかで聞いたことがあるのは気のせいか。


ブクマありがとうございます!


私は普段運転なんてしないのですが、栃木から100km運転して気が狂いかけました。無事に帰ってこれたことを強運に感謝しています。出張よりもドライブの方がキツかったです。

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