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第133話 エージェント

 マリアは案外、すんなりとジョンたちを解放した。


 本人は事情を知りたくて仕方ないだろうが、ジョンたちの尊厳と自由を優先したのもあるだろう。


 ジョンたちは俺たちから離れて、一礼し、そして熊谷跡地の獣道を歩き始める。俺たちは五人の背中が見えなくなるまで見送った。


「………フェアリーを収納しておいて正解でしたね。これは、とてもではないですが全国に向けて配信できる内容ではありませんでした」


 奏さんの意見に、「はい」と首肯するマリア。


「どういうことっすか?」


 迅は首を傾げる。


「エージェントってのは、日本が抱えた負債を相殺すべく、苦肉の策として編み出された解決策なのよ」


 鏡花はまだあの五人を見送っている。


「チャナママも言ってように、今、世界で唯一出現したダンジョンが、各国に狙われている状況のあるの。目的は、普段私たちが生活資金にするためにダンジョンでの素材採取。さっきの伐採から加工でも見たとおり、ダンジョンのなかで育った木であっても、外とはレートが違う。なんでも高く買い取ってくれる」


「そりゃあ、まぁ………俺でもわかるっすよ。エリクシル粒子を吸って育っているからってことでしょ? 植物だろうが鉱物だろうが。これまで見たことのない宝だって」


「そうよ。日本は二百年前、各国から支援を受けた際のツケを払うために、日本人を奴隷化してダンジョン素材を採取して、無償で譲渡するよう要求したけど、それは通らなかった。だから各国のエージェントが来日して適合者になり………自らダンジョン素材を採取することになった」


「兄貴からも聞いたっすよ、それ。本当にそうなって良かったっすよねぇ」


「でも、全部が良かったってことにはならなかったの。外国人のエージェントたちはダンジョンで採取した素材を自国に送る際、税を払わなければならないのだけど、違法改造したスクリーンを使えば、ログを残さずに送信できる………つまり税を逃れることができるようになったのよ」


「あー………確かに。そう言ってたっすね。思い出した」


 チャナママことバイゴリラは、日本の古き良き時代のダンジョンを懐古していた。今では違法な取引や犯罪の温床になりつつあると嘆いてもいた。嘆いた勢いでゴリラみたいな怒号を上げて、ビビリ散らかしたマリアが泣いた。


「それが今、問題視されてるってわけ」


 鏡花も意外と面倒見がいい。わからない、あるいは思い出せない迅に、面倒くさがらずに一から教えてやれる度量を持っていた。


「鏡花の姐さん。勉強になったっす」


「そりゃよかった。じゃあネコチャン出しなさい。それがお礼ってことにしてやるわ」


「………それは勘弁してほしいっす。ニャン太が死んじまうっす!」


 ははーん。猫キチめ。それが目的だったか。露骨な奴め。鏡花は迅ににじり寄る。迅は怯えつつも、辛うじて距離を取ることに成功したが、いつまで持つことやら。


「じゃあ、やはりジョンさんたちの親は………」


「エージェントにされたんだろうよ。必ず儲けられるとかそそのかされてな。同情はしてやれるけど、俺たちにしてやれることはねえ。行こうぜ、マリア。俺たちも先を急ぐとしよう」


「………はい」


 マリアが踏み込まなくて安心した。


 各国のエージェントの違法行為について、日本も看過はしていない。


 すでに政府直属の特殊部隊が編成され、取り締まりを行っているらしい。


 それについては誰も言及しなかった。結果が知れているからだ。


 エージェントたちは税を逃れるため、送信ログを残さないよう、まず自分のビーコンを消すらしい。


 ビーコンとは、冒険者が発する同士討ちを避けるためのシステムだ。救難信号にも使われる。ダンジョンはモンスターが生息しているゆえ、通路では常に警戒しながら進むのが常識で、過去に曲がり角などで冒険者同士が衝突し、敵と誤認して強襲してしまう事件が多発したらしい。


 その悲惨な事件を避けるために、冒険者、あるいは異なるパーティが接近した場合にはそれを報せる音声が鳴るようになっている。俺が金剛獅子団を創設した根吉と初めて遭遇した時のように。ちなみに今回は距離が離れていたので鳴らなかった。


 そのビーコンを消すとどうなるか。自分はそこにいない者、あるいは死者として扱われる。


 自分から「私は死にました」と告げているようなものなのだ。


 するとその機を狙って特殊部隊が強襲を仕掛ける。制圧されたならまだいい。抵抗を受けた場合、本当に死者となるだけだ。全員、それがわかっていた。


 ダンジョンのなかでは多くが死ぬ。今でこそ協調関係が重要視され、時代とともに便利なシステムが開発されて、攻略難易度が低下したが、ダンジョン開拓史における死者数は莫大な利益と比例して歴代トップとなっている。


 そして残念ながら、犯罪の温床となったように、人間が人間を殺しても黙認される部分もあるのだ。もちろん大っぴらにそんなことをすれば治安維持を目的とした特殊部隊に連行されるが、その特殊部隊が違法取引を行うエージェントたちと交戦すれば、死者を出してもおかしくない。


 ジョンたちの親も、特殊部隊に捕まれば無事では済まないだろう。それを追っているジョンたちは、果たして───いや、やめよう。考えても詮無いだけだ。






「俺、思ったんだけどさぁ」


 その日は配信をしないまま、三キロほど歩いたところでキャンプを張ることにした。


 何度かモンスターと交戦をしたが、やはり県をまたいだこともあり、モンスターのレベルも段違いだった。無駄に硬い豚の群れが出てきた時には、全員で集合し、一点突破する他、群れの突進をしのぐことができなかったほどに。


 とはいえ、七人中六人がスキル持ちという異例なパーティだ。群れが終わる頃には、後方に大量の死体が転がっていた。すべて回収し、肉にする。今日は豚カツパーティをすることにした。


 これだけ巨大な植物で覆われた空間だ。足場は不安定だが、一番高い木の根の上を拠点とする。


 豚肉を包丁でさばいて厚切りに。そのくらいなら格段問題はないが、三十匹の群れをすべて解体するというのは骨が折れた。時間がかかりすぎた。


「やっぱ料理人、欲しくね?」


「私の腕では不満ですか? ………と言いたいところですが、今回ばかりは同意します。無いものねだりはしない主義だったのですが」


 チームの食事は担当を決めて行うものだが、俺たちは役割を分担している。なぜならそうでもしないと焼く作業でどうしても食材を炭にしてしまうマリアが張り切ってしまうからだ。マリアは決まって野菜の皮剥きなどを担当してもらっている。


 フライパンや最終的な調味は、普段から料理をして、得意としている奏さんか鏡花がいつも担当し、たまに俺か龍弐さんか利達がやる。迅は料理をしたことがないというので、マリアと同じ扱いだ。


 これまでの旅は五人だったが、迅と利達が参加したので七人となった。


 たったふたり。されどふたり。俺と迅はかなり食べる方なので、大盛りでは済まない。食費がかさんでも稼ぎは安定しているので不安はないが、問題は調理における時間だ。


 溢れるだけの食材が並ぶ前で、俺たちは涎を垂らしながら完成を長々と待つしかない。それがなにより苦痛だ。マリアなんて口には出さないが、肉が大好物ゆえ腹の音が不満を訴えていた。


昨日は本当に寒かったですが、都会では見れない星空を堪能できました。

山奥でWi-Fiが通じるか不安でしたが、観光向けの大きな宿なだけあって自宅よりも通信がよかったという。

第三章は料理人を探す章になるかもしれません。私も料理人だったこともあり、ちょっとだけ気合いが入ります。

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