第132話 シメるなら
「敵………なのかねぇ」
「え?」
「近くにいることは間違いないんだよ。でもモンスターにしちゃ敵意がない。じっと俺たちを見つめてやがる………鬱陶しいな」
龍弐さんの口調のトーンが落ち、語尾が伸びなくなる。本気でなにかを警戒、接敵した時に見る顔だ。
「あの木の陰でしょうかね」
奏さんは強弓に矢を添えて、いつでも構えられるようにしている。
俺と鏡花は前に出て、いつでも迎撃できるようスタンバイした。
「どうするんすか? シメるなら、俺がやりますよ」
ゴキゴキと指を鳴らす迅が俺に並ぶ。ディーノフレスター戦以降、迅は自分がスキル持ちだと気付いたことで自信を付けた。大した成長だ。チーム流星にいた頃は、こんなことはできなかっただろうな。
利達はマリアの傍に控える。長兄の言いつけであるマリアの防衛に尽力しつつ、俺たちの戦いを間近で観察することで多くを学ぶ姿勢を取る。
「藪をつついて蛇を出す、か。それも面白そうなんだけどな」
「つつく必要、あります?」
「無いな。奏、煙幕張れるか?」
「いつでも」
「じゃ、あの木の向こうに」
「わかりました」
奏さんが本格的にストレングスを引く。極限まで高めた視力と集中力から逃れられた敵はいない。
ビュッ───矢が射られる。狙いは龍弐さんのオーダーどおり、木と木の間。俺たちが歩いてきた巨大な根の道から逸れた小道だった。
着弾した鏃が弾け、白煙がそこらに散布されると、咽込んだ男女が勢いよく雪崩れ込む。まるで殺虫剤から逃れる虫のよう。
「鏡花」
「わかってるわよ」
鏡花が人数分のダーツを用意し、床に突き刺す。そして彼女のスキルたる置換を発動。瞬時にダーツと人間が入れ替わった。
合計五人。全員がドレッドヘアの黒人だった。
「おやおや。これが噂に聞く、外国人のエージェントさんたちかね?」
「へぇ、初めて見た」
「気に入らねぇな。俺らをつけ回しやがってよ」
俺と龍弐さんと迅で五人の黒人たちを詰める。彼らは全員、なにが起こったのか理解できず、目を白黒させながら咽込み、俺たちを見上げた。
「日本語、わかりますかー?」
「あ、ああ………わかる。俺、日本語わかります。ていうか、日本で生まれて育ったんだから当たり前だろ!?」
「あ、そうなの?」
代表を務めている長身の男が龍弐さんに涙目で訴える。
「けど、だからってこの状況を看過するってわけにはいかないよねぇ? 俺らをストーキングしやがったんだしさぁ。なんならお前ら、埼玉ダンジョンに突入する時からいたよな? なに? うちのボスの追っかけ?」
「………そうとも言うし、言わない場合も、あるけどさ」
「はっきりしねぇなら、その素敵な髪型とも今日でバイバイするけど、いい?」
「わかった! わかったから、刀を向けないでくれ!」
男は盛大に狼狽しながら、両手をブンブンと振りながら敵対しないと示す。仲間たちにも両手をホールドアップさせた。
「でぇ? お前のお名前は?」
「ジョン。ジョン・竹杉」
ジョン・竹杉ねぇ。さて、それが本名ならいいんだが。
「ふぅん? それでぇ? 竹杉さんちのジョンくんは、この愉快なお仲間たちとなにをしに俺たちのあとを尾行してたのかなぁ?」
「プライバシーの侵害って知ってるか?」
「知らねえな。なんだ。このダンジョンで日本国憲法が全生命に適応されるとでも思ってるわけぇ? そいつぁいいや。是非ともダンジョンモンスターどもにも布教してくれや。それができたら見逃してやる」
「む、無茶言うなよ!」
龍弐さんの尋問に音を上げるジョンという男。その頃になると発煙弾でやられた喉が回復したのだろう。ジョンの仲間たち。
「じゃあせめてさぁ。仲間たちの名前と所属を教えてもらおうかな」
「所属………?」
「そう。お前ら、うちのボスの追っかけじゃないだろ? ファンなら真っ先に飛びついて、サインのひとつでも強請るだろうよ。けどお前たちはそれをしなかった。肯定も否定もしない。なら別の目的があるはずだ。なぁ?」
「………それは………言えない」
「ふーん? ああ、そう。そういうこと言うんだぁ?」
龍弐さんの刀が再び迫る。
ジョンたちは怯え、狼狽した。後退ろうにも、退路は迅が塞いでいる。遊撃には俺と鏡花がいる。逃げられるわけがない。
そして不可解なことに、ジョンたちは抵抗せず、この場をどうしのげば助かるのかだけを思案していた。そんな目をしている。
「………龍弐」
「だよねぇ」
奏さんの合図で、龍弐さんは刀を降ろした。ジョンたちは涙目になりつつ、怪訝な目で俺たちを見る。
「え………助けて、くれるのか?」
「助けるってよりも、見逃すってだけだよ」
「なんで?」
「だってお前ら、最初から俺たちに危害を加えようとしてたわけじゃないんだろぉ?」
「だからなんで、わかるんだよ!?」
「やるなら最初からやってるだろうし。俺が刀を向けても抵抗しないし。一応おたくらもエリクシル粒子適合者なんだろうけどさ、そこまでレベルが高くないから、戦っても意味がないってわかってる。こんな感じかな?」
「………怖いくらい、当たってやがる」
「だろーね」
龍弐さんが刀を降ろすことで、俺たちも武装解除する。ただし、後衛にいる奏さんは別だ。なにかあっても迅速で対処できるよう、強弓に次の矢を添えている。
「でもさぁ、おたくらわかってるわけぇ? ここ、埼玉ダンジョンだよぉ? ………見た感じ、レベルもそこまで高くないだろうし。………俺は別に善人ってわけじゃないけどさ。流石に自殺志望者たちを、はいそうですかって奥へ進ませるほど落ちぶれちゃいないんだよなぁ」
それは俺もわかる。
ジョンたちの装備を見てもわかるとおり、群馬ダンジョンでそれなりに稼いだはいいものの、なにか別の目的のために資金を裂いてしまっていて、武器も防具も満足に揃えられていない印象だ。群馬ダンジョンだとしても、ボス級に会敵したら全滅しそうなくらいに。
「………あのっ。実は私たち、親を───」
「アナッ!!」
「───ごめんなさい。なんでもありません」
アナという少女を強く叱るジョン。仲間たちが庇うよう、アナを下がらせた。
「………親、ねぇ」
「悪いけど詮索は無しにしてくれ」
「いいけどさぁ。悪い予感しかしないんだよなぁ。本当にそれでいいのぉ?」
「………いいんだ。俺たちには、それしかできない」
なんだか事情がありそうな五人だ。
あーあ。俺たちはなんで、事情がある連中にしか会わないのかね。
表情が曇る五人。ろくに眠っていないのか、よく見れば酷く疲れている。
こういうのは良くない。なにが良くないって、お節介なボスが───
「事情があるのは承知しました。なら、なにかお手伝いできることがあるかもしれません。少し、お話を聞かせてはもらえませんか?」
───ほら、やっぱり。
いいじゃねぇか。詮索はするなって言ってるんだから。そのままにしてやれば。
ジョンはマリアを一瞥する。
しばらくマリアを凝視して、それから降参したような素振りを見せた。
「少しだけなら」
「構いません」
「実は俺たちの親が………エージェントなんだ」
「エージェントって確か………各国のエリートたちが日本に来て、エリクシル粒子適合者になり、ダンジョン探索をするっていうものでしたよね?」
「ああ。でも………」
「でも?」
「………悪い。やっぱり、これ以上は話せない。お前たちを追尾するつもりはなかったんだ。通り過ぎるのを待っていただけで、まさか見つかるとは思わなかった。時間を無駄にさせてしまったことは謝る。すまなかった」
「………わかりました。そういうことであれば、仕方ありません」
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