第131話 ダンジョンで林業
私にできることといえば、作業に没頭するメンバーをフェアリーで撮影することくらいでした。
フェアリーは全自動カメラですが、スクリーンに接続すれば手動で立体的に動かすこともできます。夜間、こっそり起きてテントのなかで練習した甲斐がありました。奏さんにはバレて「寝なさい」と怒られましたが。
さて、今現在なにが起きているのかといえば。龍弐さんが提案した企画を、全員で協力して行っているところです。
苦労の連続を経て私たちは群馬ダンジョンを抜け、埼玉ダンジョンへと辿り着きました。長いようで短い旅にも感じます。
この熊谷市跡地の地下空間は、これまで見たことがない場所で、フェアリーを介して撮影すると、リスナーさんたちも大盛り上がりでした。雨宮さんからは絶賛されました。これで私たちも、数少ない県境を越えた上級冒険者と配信者の仲間入りを果たしたのですから。リトルトゥルーも、より有名になることでしょうし、明日のニュースに載ること間違いないらしいです。
さて。熊谷市跡地をしばらく進みつつ、周囲を観察する皆さんでしたが、やはり探せど簡単に鉱物の採取ポイントを発見するまでには至りませんでした。
関東ダンジョンは今や日本という小さき島国を、衰退の一途から逆転させ、再び先進国へと押し上げたシンボルとして扱われています。二百年前は日本を代表する山といえば富士山が挙がりましたが、今ではそれすらもダンジョンが挙がります。
その要因のひとつが貧窮し続けた経済を潤わせた新素材でした。ダンジョンは未知な鉱物で溢れ、金銀など外見の煌びやかさえ除いてしまえば、旧時代の産物とまで言われているほどです。
ダンジョンで採取される素材のすべてが高額なレートで取り引きされ、エネルギー問題を解決へと導くほどに。
冒険者はモンスターを討伐するだけでなく、採取した鉱物を売買することで生計を成り立たせています。つまり素材採取は冒険者にとっての生命線にも等しいのです。
しかしこの埼玉ダンジョンは、地面や壁さえも木々で埋め尽くされ、採取禁止とされている光源となる鉱物以外の存在が見受けられませんでした。
そこで───
「おっ。これなんていいんじゃね? 超デケェ立派な杉の木じゃあん!」
龍弐さんが目を付けたのが、見上げても天辺が見えないほどの高さの杉の木でした。それもただの杉の木ではありません。幅だって広い。私が両腕を伸ばしたって届かないほどです。
まさか。と言う前に龍弐さんは嬉々として杉の木に突撃し、信じられないことに右手で鯉口を切った日本刀で神速の抜刀。フェアリーでは捉えられない俊敏性に、コメントが騒然となりました。
龍弐さんは御神木レベルの杉の木を一閃し、また目にも留まらぬ納刀。切り口も鋭く、あえて斜めに切ったようで、巨大な杉の木は轟音を響かせながら横に倒れました。なんとも非現実的な神業です。
それから龍弐さんの指揮の下、全員が着々と作業に没頭します。
龍弐さんが刀を一閃させるごとに巨大な杉の木が分割されていきます。すると利達さんがスキル、回転を用いて宙で回したナイフを使って枝などを切除します。
そして京一さんが、仮にスキルを使ったとしても有り得ないことをしていきます。
水分たっぷりで張りのある生木を、輪切りの状態から素手で割いて加工しました。あの迫力はいつ見ても慣れません。
迅くんは三匹のモンスターを私の足元で待機させ、護衛にしてくれました。でもあまりの可愛さに、撮影に集中できなくなる時もしばしば。猫ちゃんやワンちゃんが私の足に擦り寄ったり、肩に乗った鳥さんが頬擦りしてくれた時の衝動は、鏡花さんが暴走するのが理解できるほどの衝動に駆られました。
奏さんは鏡花さんとともに、周囲の警戒です。
龍弐さんが巨木を切り倒して、無音で済むはずがありません。あの轟音を聞いて、群れが接近した時の対処に努めました。
そして───龍弐さんの宣言どおり一時間が経過すると、鏡花さんがスクリーンで巨大な杉の木をリトルトゥルー専属の業者に売却するための送信作業を完了させました。
「いやぁ、いい汗かいたねぇ。みんな、お疲れさん。ビールで乾杯しようぜぇ」
「龍弐? 未成年飲酒を私が許すとでも?」
「あ、あははー。奏さん。顔が怖いですぜぇ? 可愛いお顔が台無しっ」
ふざけて謝罪する龍弐さんは缶ビールをスクリーンに戻します。珍しいことに、また今回も奏さんの暴力による制裁はありませんでした。緊張しているからとはいえ、私はあのおふたりがそこまで気を張り詰めているとは思ませんでした。どちらかといえば、いつもどおりです。
その数分後、業者から売却値が送られてきたので、その総額を発表します。
なんとその額、五十万円を超えていました。
「へぇ。ダンジョンで林業ってのも、悪くないねぇ。ダンジョンのなかって土地の所有権もないし。伐採し放題じゃぁん!」
「ダンジョンモンスターを退ければ、でしょうね。これだけ大きな音を立てたんです。さっきから群れ単位でこちらに来ていますよ」
龍弐さんの感想に、奏さんが現実味を添えます。
ダンジョンの外の林業は、杉の木一本の売却値は四千円程度と聞いたことはありますが、これほどの額に跳ね上がると旨味があると思います。リスナーのなかには林業に携わる方がいて、その価格に仰天するほどでした。
龍弐さんたちは伐採と加工を同時に行ったので、本来必要となる諸々のコストを無くしたことなります。ただ、スクリーンに吸収できる大きさの関係で、どうしても小さくする必要があったため需要がある大きさの基準は満たせていないとしても、これは大きいでしょう。
この配信を見た方々が埼玉ダンジョンにも旨味があると知り、殺到するかもしれませんが、そこは奏さんの意見でふるいにかけられることになり、歯止めとなると祈りたいばかりです。事実、奏さんは先程から連続で矢を射ています。スキル製造で矢を量産しては、遠くから疾走するモンスターを狙撃しなければ、私たちはあっという間に包囲されていたに違いありません。伐採と加工が終わるまで、鏡花さんも防衛に徹していました。
「というわけで、埼玉ダンジョンで素材採取してみたら、五十万円を突破した。というのが今回の結論でした! でも皆さん。埼玉ダンジョンのレベルはグッと上がるようですし、無茶は厳禁ですよ? ちゃんと実力をつけた上での挑戦を推奨します。では、続きはまた明日に! バイバイ!」
あえて私も注意喚起をして、ミイラ取りがミイラになるのを阻止します。守ってくれる方が大勢いてくれれば嬉しいのですが。
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林業の可能性を大いに見せつけた撮影を終え、マリアは一旦配信を終えた。いつもなら、まだこんな時間に終わらない。夜まで続ける。
というのも、途中で龍弐さんがなにかに気付き、フェアリーのカメラの向きを確認し、死角となる場所に移動してハンドシグナルを送ったからだ。配信中止を呼びかけるもので、右手を振ったあと、手のひらを反転させながら五指を握るジェスチャー。初めて使った。
配信を終えたマリアはフェアリーを回収し、スクリーンに収納すると龍弐さんを見る。
「敵襲ですか?」
ただの敵襲なら止めはしない。つまり、ただの敵じゃないってことだ。それを理解できるマリアも、板についてきた。
資材不足でしょうし、ダンジョンのなかで自生した木なら高価ではないか………と考えた末、小さく加工してしまったことで減額対象になりつつも、半端ない量を送ったと判断して五十万円にしてみました。
今日から出張です。ちょいと憂鬱です。ポケットWi-Fiが通じるといいのですが………
もし更新できていなければ、ポケットWi-Fiの電波が届かない場所に行ったんだと考えてくださればと思います。
でも宿泊先はホテルですし、電波が届いている………と思いたいところ。