第130話 熊谷市跡地地下
ところが弾丸のように迅の胸に飛び込んだ三匹が、途中で一匹残像を残して消えた。
原因はわかっている。
バーサーカーが覚醒しやがった。ついうっかり油断していた。
「ハロー。アイラビュー、ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛」
「ィニ゛ャ゛ァァアアアアアアアア!?」
「にゃ、ニャン太ぁぁああああああ!!」
迅へ突撃する軌道を一瞬で計算した鏡花が、猫の幼獣を途中で掻っ攫い、胸に収めた。
敵ではないものの、敵より恐ろしいものに遭遇してしまったニャン太こと猫の幼獣は、原種と変わらない悲鳴を上げて逃れようとするも、そもそものレベル差があり過ぎる。鏡花はディーノフレスター戦でまたレベルを上げた。好物を前にした彼女は体も仕上がっていて、なにがなんでもニャン太を離そうとしない。
ニャン太とかいう猫の幼獣の体力ゲージがグングンと消失しているだろう。息絶える前に回収しなければと、全員で阻止して、やっと没収することができた。
消耗したニャン太に人間の回復薬を与えても意味はない。だが回復しないわけでもない。モンスターには人間のそれを超える自己再生能力が備わっていて、数分もあれば全快に戻っていた。
「みんな、報告してくれ」
「キー」
「ニャア」
「ワフ」
「………ふんふん」
これを特異な才能と呼ぶのだろうか、それともテイマーゆえの能力か。迅は契約したモンスターの言語を理解し、首肯を繰り返す。
「どうやら強敵はいるみたいっすけど、ディーノフレスターレベルのヤベェやつはいないらしいっすね」
「なーんだ。張り合いねぇなぁ」
「でも龍弐先輩。埼玉ダンジョンのモンスターの総合レベルって、群馬ダンジョンの比じゃないから、注意しなきゃダメだよ?」
「大丈夫だってぇ。こちとら伝説的なレジェンド様がいるんだぜぇ? 大抵のモンスターならどうにかなるってぇ」
「その不名誉なコードはともかく、京一くんなら大丈夫でしょう。と、いうわけで。京一くん。先鋒をお願いします」
迅と利達はすでに埼玉ダンジョンを経験している。敗走はしたが生き残った実績があった。そのふたりの意見を無下にするつもりはないが、ビビッて尻すぼみとなっていても仕方がない。
太田ゲートから先は、すでに手探りだ。ただ、そうなったとしても様々なひとから終わった俺ならやれると判断して、龍弐さんと奏さんから斥候を仰せつかる。
「了解。………さて。なにが出るやら。こういうのって少しだけワクワクするよな」
関東ダンジョン攻略を始めて、そろそろ一ヶ月くらいになる。
群馬ダンジョンを最短で駆け抜けるはずが、紆余曲折あって一ヶ月もかかってしまった。
予定ならすでに埼玉ダンジョンの奥へと足を進めているはずが、ようやく埼玉ダンジョンの手前。もし、一ヶ月前の俺が知ったら「遅すぎるだろ」と呆れるくらいの進捗状況だろう。
しかし、得たものは大きかった。
本来なら共にパーティを組んで群馬ダンジョンに挑むはずだった龍弐さんと奏さんが途中で合流してくれたからでもあるが───やはり一番大きかったのは、鏡花とマリアとの出会いだろうか。
俺はなんでもひとりでできると考えていたが、実際にこのふたりと出会わなければ、埼玉ダンジョンに突入したとしても、チーム流星のように敗走していた可能性も否めなかった。
事前に調査もしたが、精度が足りなかった。初日から上野村ゲートが封鎖されているかもしれない噂が出回っていたのに、それを知らなかった。鏡花に教わっていなければ事前に覚悟できていなかったし、柔軟に太田ゲートへ向かうと決意するにも時間がかかっただろう。
マリアと出会ったことで、関東ダンジョンの上がどうなっているのかを目の当たりにすることができた。上に登ろうとはしたが、ダンジョンの外に行こうという発想もなかった。
そしてなにより………実際にこんなことを口にするつもりはないのだが、同い年の仲間ができたのが嬉しくて、助かった。龍弐さんと奏さんはともに成人したばかりで、遠慮してしまうところもある。だが鏡花とマリアには、そんなことをする必要はない。気を許せるふたりだった。
のちに行動を共にすることになった迅と利達は俺の後輩然としている。もし俺ひとりに付いてくるつもりであれば、最悪ふたりとも埼玉ダンジョンで死なせていたかもしれない。
仲間の大切さと、持ちつ持たれつの関係の重要さを知った。
これは多分、冒険者パーティとして行動するには必須な関係というやつなのだろうな。
だから俺は今日この時。自分のためだけでなく、仲間のために県境を越えて、ついに埼玉ダンジョンに突入することができた。
「お………ぉお?」
「京一。そっちはどうなのよ? 入っても問題ないわけ?」
「あ、ああ。いいぜ。クリアだ」
ひしゃげた鉄門の向こう側から、俺の指示を待っていた鏡花が不満そうに問う。
景色に圧倒されていた俺は、すぐに許可を出した。全員が鉄門を潜り、やっと同じものを見る。
「………こんな………こんなスケールが………」
マリアは感動して、まともな感想を述べることができない。
「ここが埼玉ダンジョンの出入り口のひとつ。ここから先が熊谷だよ」
俺たちの前に躍り出た利達が歌うように教えてくれた。
だが、可憐な少女の背後にある風景に、どうしても圧倒されてしまう。
なぜならゲートを越えた先にあったのは、広大な自然だったからだ。
群馬ダンジョンはどこもとにかく洞窟が多かった印象だが、この熊谷市跡地は違う。高さでいえば桐生市跡地もそうだが、周囲には岩と水くらいしかなかった。
比較して熊谷市跡地はどうか。
そこは木々で溢れて───いや、埋め尽くされていた。大地がそこにあるのはわかるが、蹂躙するかのように太い根が露出し、互いが互いを食い殺す勢いで伸びている。
そして木々のサイズも普通ではないし、種類が豊富だ。
ダンジョンの外でなら御神木と呼称される長寿の巨木レベルの樹木が、そこかしこに生えている。
けやきのように雄々しく直立するものや、松のように歪に曲がりつつも美的な姿をするものまで。
「………確かにこりゃあ、素材採取しようにも苦労するわけだねぃ」
「ええ。この木々の他にある鉱物といえば、光源となるものばかり。代わりに木々を伐採しようにも、これだけの太さ。切り倒せたとしても、スクリーンに収納できるだけのギリギリのサイズに切り分けようとしても、労力と時間を要してしまうでしょうね」
龍弐さんと奏さんの言うとおりだった。
この事態。あまり勉強が得意ではないと自負している俺でも異常性が理解できる。
名都率いるチーム流星が資金難となり、冒険者の特権である素材売却をしようにも、あまり自由に採取できないことから、貧困のまま群馬ダンジョンに逃げ帰ったのだと。
「でもさぁ、なにも送れないってわけじゃあないよねぇ。試してみない? マリアちゃん」
「え、いったいなにをしようって言うんですか?」
「まぁ見てなって。題して、採取ポイントが無いなら作ってみた。これでいこうよぉ」
「うーん。まぁ、たまにはいいかもしれませんね。交戦動画ばかりでしたし、たまには違った実験動画になっても」
「じゃあ決まり。みんなぁ、一時間以内に終わらせようぜぇ」
龍弐さんの意見で、攻略は停止する。また進捗に遅れが生じるが………これはこれでいいかと、俺も協力を申し出た。
………マリアが壊れないようにな。
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明日から出張ですが………今から頑張って書けば、きっと一日二回更新は保てる………はず!
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