第127話 全部俺の地獄のマイムマイム
「やっぱ、マリアチャンネルの原点回帰をすべきだと思うんだよねー」
「おっ。いいねぇ利達ちゃん! いいこと言った!」
「えへへー。で、マリアチャンネルの原点ってなに? 京一先輩。鏡花パイセン」
新参とはいえ、言うことは言う性格をしている利達が、現状打破のためのアイデアを出す。ちなみに俺の「見たことがない食材を使って元気づけよう」という作戦は却下された。時間がないし、私欲を交えるな。だってさ。鏡花に見抜かれちまった。
で、遠慮なく利達が俺に質問するので、そういえば原点ってなんだったっけ。と首を傾げてみた。
「利達。ちょっと、私も質問があるんだけど」
「なに? 鏡花パイセン」
「そのパイセンって、なによ」
「あ、ごめんね。スケバンの方がよかった?」
「あんた何年生まれなのよ。言ってみなさい」
鏡花は利達を睨むも、利達は俺の陰に隠れてやり過ごす。
さて。鏡花は利達に構うので忙しそうだ。
ここでまた回想。
俺がマリアに出会ったのが原点だとすると、水晶の木が生えた空間で、ワーウルフに襲われていたところだった。利達はそれを言っているから、始まりの三人とネットで呼ばれている鏡花も頭数に入れたのだとわかる。
あの時───マリアは人気なインフルエンサーから配信者に鞍替えしたばかりの新参者で、インフルエンサー時代のファンをそのまま引っ張った。で、その時からコアなファンがいたのを思い出す。
「そうだ。悲鳴だ」
「京一くん?」
「マリアの悲鳴ですよ。確か、お耳のお友達とか言ってる連中がいて」
「京一くん? あなたはなにを言っているんですか?」
奏さんの視線が痛いが、事実だ。
あれから俺の失言が始まってもなお、コアなファンたちが熱心にマリアの声に耳を傾けていた。
「なーるほどねぃ。世の中にはそういうフェチズムを持つ連中がいるってわけだぁ。いや、別にそれが悪いことだとは言っていないんだけどねぇ。でもま、そういうヒントが出たわけだし、試してみるのも悪くはないと思うよぉ」
こういう悪戯に限っては、龍弐さんの右に出る者はいない。
ニヤァと悪者がする笑みを浮かべると、たまらず利達と迅が怯えてすくみ上がる。
「龍弐。念のため聞いておきますが………マリアちゃんにどのような精神攻撃を仕掛けるつもりなんですか?」
せっかく妹になるよう調教したのに、それが台無しになるくらい精神崩壊を誘発させてしまっては意味がない。奏さんはセーブする意味も兼ねて具体を尋ねる。
「要は、出て来たくなるようにすればいいんでしょぉ? なら簡単じゃぁん。その気にさせればいい。まぁ見てな。絶対面白いから」
それは龍弐さんが面白いだけであって、決してマリアにとって有益なものになるとは限らない。
スクリーンを展開した龍弐さんは、何回かタップして、とある動画を再生し………
『マ゛イ゛ム゛マ゛イ゛ム゛マ゛イ゛ム゛マ゛イ゛ム゛! マ゛イ゛ム゛、ヘ゛ッ゛サ゛ッ゛ソ゛ン゛ッ!!』
電子の絶叫。
辛うじて人間の声だとわかるダミ声。
スクリーンから高音質で流れる雑音に、俺たちは飛び上がった後に様々なリアクションに移行する。
「ブッハ!?」
「イヒィ!?」
迅と利達が思い切り吹き出す。
「ッ………」
鏡花はプライドを保つため、無表情を装うのだが、最近耐性がなくなってか笑いやすくなっている。本人としては固く一文字に結んだのだろう唇も、歪んでしまっていた。
「あっひゃぁぁあああ!」
龍弐さんはいつもどおり。爆笑。
「ハン、グッ………ぁひゅ………!?」
奏さんは耐性というものがない。腹筋が崩壊し、痙攣しながら疼くまる。
「………」
この場で憤っているのは、俺だけだよな。
すべてはかつての俺の失言『伝説的なレジェンド』から始まった悪夢だ。
マリアの配信する動画で発言してしまったのが運の尽き。瞬時に拡散する阿呆の極みに等しいワードが飛び交い、マリアの配信の切り抜き動画が作られた際には必ずといっていいほど『伝説的なレジェンド』が飛び交う。
それだけならまだしも、有名になればなるだけ、俺が大衆のおもちゃになっていく。
過去の俺の言動から抽出した言葉をAIに学ばせることで自然に近い発言ができるようになり、さらに上の段階にいくと歌うこともできる。ピッチを操って高低差を出し、なんならビブラートを利かせて、ボイスパーカッションじみたバックミュージックもすべて俺で、なにがなんだかよくわからない、闇の儀式のような動画さえあるくらいだ。
で、今回のマイムマイムは俺がネットミーム化した集大成といえるだろう。
全身黒タイツの黒子たちが、頭が俺で、全員で円を描いてマイムマイムを絶唱し踊り狂う。
こんなの、俺以外が見たら笑わないわけがない。今からこの動画を作ったやつの住所を突き止めて、半殺しにしてやりたいところだ。
だが───認めたくはないが、特効薬になるのは間違いがない。
なぜならこのマイムマイムを聞いて、マリアが笑わなかったことは一度もなかったからだ。
「ンブフォッ!?」
ほら。笑った。引きこもり中の彼女専用のテントが盛大に揺れる。
「マリアちゃーん。さっさと出て来ないとさぁ。永遠にループさせるよぉ?」
悪魔のような笑みを浮かべたまま、龍弐さんが言う。
「か………構いませんよ。どうせそんなの、いつか慣れます!」
いや、慣れるな。それが日常になった生活なんて考えたくもねぇぞ。
「ふーん。確かに、どんな強い薬でも慣れちまえば効力も薄れるもんねぇ。じゃあ………もっとダイレクトで聞いてみようかねぇ?」
龍弐さんの嫌がらせは終わらない。鏡花も得意とするが、鏡花は相手の怒りを買うだけで、龍弐さんとは別ベクトルだ。龍弐さんのは「やめてくれ!」と懇願しながら泣いて許しを乞うような、もっとえげつない方法を得意としている。
ただマリアは仲間なので、龍弐さんの嫌がらせはそこまで絶望はしない。従わざるを得なくなる程度だ。
「あっひゃっひゃ! どうかなぁマリアちゃーん? こうなったら短期決戦だよぉ」
「んぶっ、ふふふ………ふぐ、ぇぐ………」
龍弐さんは小さなスピーカーを、マリアのテントのファスナーを指先でちょいと下ろし、投下。そしてスクリーンを操作すると、テントのなかから爆音で全部俺のマイムマイムが奏でられる。
マリアも耐えるが、これは笑うというよりも、拷問に近い。爆音で俺の歌声を聴き続けるなんて、いつか精神がぶっ壊れてもおかしくない。
「うるさいですよ! やめなさい龍弐! 本格的にマリアちゃんの精神を崩壊させようとしてどうするんですか!?」
「ぃぎぁぁぁああああああああああああ! もうやだぁああああああああああ!!」
奏さんが龍弐さんをハリセンでしばき倒すのと、マリアがテントから脱出したのはほぼ同時だった。龍弐さんはその身を犠牲にして、難しい任務を達成した。
「なんで………なんでみんな大人しくしてくれないんですかぁぁああ! うああああああああん!」
あちゃー。と天を仰ぎたくなる。どうやらやり過ぎたようだ。マリアをテントから出したはいいが、こうもガチ泣きされるとは思ってもいなかった。効果ありすぎだな。なんかショック。
こうなるとメンタルケアに必要なもの………癒しか。人間の同性………奏さんの膝枕と耳かきお姉ちゃんコースもいいが、もっとこう心温まるような………おっと?
「迅、犬出せ」
「お、おっす。ワン郎っすね。兄貴」
アニマルセラピー療法があるじゃないか。早速テイマーの迅に犬のモンスターの幼獣をオブジェクト化させ、マリアに抱かせた。十秒で泣き止んで、大人しくなった。
こういうのをリアルガチでやったらチーム崩壊の危機ですが、たまには日常も書いてみたくてギャグっぽいのやってみました。
ごめんねマリア。悪気はなかったんだ。