第126話 マリアコワレタ
皆さんこんにちは───といつもどおり明るく、元気よく。を信条にしている私は、例え背後にどんな光景が広がっていようと、絶対に自慢であり武器でもある笑顔だけは絶やすまいとしました。そう。九割の努力と、一割の慣れです。怖いものですよね。慣れって。
《マリアチャンネルがスプラッタ路線に変更してきたのか、開幕血祭はぶっ飛んでる》
《なんで伝説的なレジェンドは張り切って腕立て伏せしてんの?》
《皆殺し姫に抱き付いてる赤い子と、盾にしてる赤い野郎は誰だ?》
《マリアさん。情報量ヤバすぎです》
《でも、ぶっ壊れ始めたマリアチャンネルが好きになってきた自分もいるんだなぁ》
《そうそう。マジキチ奸策姐さんの怒号が癖になってきてる》
《享楽的なボンクラ野郎がいつもどおりサンドバッグになると、帰ってきた感があるのはなんでだ?》
《多芸すぎて、俺たちがおかしくなったのかと思った》
ええ。開幕数秒で戻ってきてくださったリスナーさんたちの、有難いご意見で埋め尽くされようと。私の背後でなにがあろうと、私は笑うのをやめません。
「りゅぅぅぅううううじぃぃぃいいいいいいいいいいッ!!」
「いち、にっ、いち、にっ、がふっ」
「鏡花パイセン、あれやばいって! 龍弐先輩死んじゃうって!」
「慣れなさい。どうせ、生きてるから」
「あんだけ殴られて生きてるって、龍弐の兄貴は化物っすか!?」
新しいメンバーがふたりも増えて、一気に賑やかになりました。
まるで、これまで抱えていた問題が嘘みたく───いえ、これが真実です。目の前にあるこの景色こそ、現実です。嘘みたく消える? そんな問題はありませんでした。
『マリア。………スマイル』
耳のインカムから聞こえる、私のマネージャーである雨宮さんが、短めな激励を送ります。おかしいのですが、なぜか命令形にも聞こえます。なんだか私まで壊れてしまったのかもしれませんね。
そもそも私のチャンネルは暴力系ではなく、ゆっくりまったりとした冒険をするのがテーマだったのに、いつからこんな殺伐とした、暴力団のケジメの付け方のような日々になってしまったのでしょう。
おかしいったらありゃしません。
ふふ、ふ………ふふふ。
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「うわっ。どったのマリアちゃん? 壊れた人形みたくなってるよ?」
私よりもずっと壊された外見をしている龍弐さんが、血塗れな姿で尋ねてきます。
前なら怖くて怖くてたまらなかったのに、なんででしょう。おかしくて、おかしくて。止まりません。
「ふふふふふうふふふふふふふうふふふふふふふうふふっふふふふふ
「やべぇ、マリアちゃんが壊れた!」
「龍弐!! あなた、いったいマリアちゃんになにを食べさせたんですか!?」
「おい、一回フェアリー止めろ!」
「む、無理よ! 爆発なんかしたらどうすんのよ!?」
「あ、鏡花パイセン。フェアリーって全自動カメラって名称だから機械って印象が強そうだけど、九割エリクシル粒子って話しだから爆発はしないと思うなー」
みんな、自分勝手ですよねぇ。
ふふふふふ。まだ太田ゲートを越えてすらいないのに。新メンバーの紹介もしたかったのに。
ダメですねぇ。これじゃぜーんぶ、台無し!
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さて、なにがあったのかを整理しよう。
名都たちと別れた俺たちは、すぐに太田ゲートへ到着する───という段取りでいたのだが、そこでなにもすべてが計画どおりに行くはずがなく。
桐生市跡地を抜ければ太田市跡地となり、その規模に圧倒されて進んだ。
太田市跡地は桐生市跡地とみどり市跡地とは異なり、全体が水没しておらず、足場もしっかりとしていた。ただ、そこから先は伝家の宝刀扱いとなる、内三家秘伝のジープで、悪路だろうが構わず走行する予定ではいたが、思わぬアクシデントに見舞われた。
なんと、ルートが断たれかけていたのである。
ダンジョンは生き物である。昔、学会の異端児とまで呼ばれた学者が提唱した説は、今だからこそ猛威を発揮する。まさにそのとおりなのだ。
長い月日を経て、ダンジョンは構造を作り替える。ゆえに昔のマップは数十年後にはまったく役に立たないなんてこともあり、しかもサイクルはランダムで、数ヶ月で通路が作り替わったなんてこともあった。
で、造り替わった通路がなにを意味するのかといえば、ジープが侵入できないほどの狭い道が張り巡らされており、そこを歩かなければならない。という現実だ。
俺たちはたまらず脱力した。文明の利器たる自動車を失ってしまえば、待ち受けているのは地味な徒歩。そりゃあ、ダンジョン探索といえば自分の足で動いて調べるのが醍醐味であるのは知っているが、自動車があるのに使わないのは愚策極まりない。
そこで龍弐さんが言ったのだ。
「道が無ければ作るまで! いくぜぇキョーちゃん!」
龍弐さんはリビングメタル製の日本刀を振り翳し、俺たちの目の前で壁を刃で小突き始めた。
奏さんがシラーとした目で眺めるなか、ノックし続けた龍弐さんはポイントを発見したらしく、刀で壁をそぎ落とす。
「ここ掘れキョーちゃん!」
と歌うように指示されるので、俺は仕方なく付き合うことに。気は進まなかったが、従わなければ数時間は根に持たれる。龍弐さんの執拗さは半端ない。
スキルを使って壁を折り畳む。───成功。
俺のスキル、折畳は、対象とするなにかを圧迫する超至近距離系のもので、あまりにも分厚いと発動しないのだが、やってみると案外サクッとされたので拍子抜けする。
「治りかけの傷と同じさぁ。皮膜なり、かさぶたなりできるでしょ? 薄ければキョーちゃんのスキルで突破できると思ったんだぁ」
と笑いながら言う龍弐さんは、通過した壁の薄さを指さした。重厚感があるかと思いきや、厚みは十五センチほどしかない薄い壁だった。確かにそのくらいならスキルで突破できる。
調子に乗った龍弐さんは、縦横無尽に広がる太田跡地を同じように突破するべく壁を叩いては反響音で厚みを調べていたのだが、迅と利達が感心した時、俺たちはサクッとなにかが刺さる音を耳にした。
ゆっくりと音源を見る龍弐さん。そこにいたのは、メイサイエテという………まぁ、その名のとおり………誰が名付けたのかは知らないが、保護色によって敵から隠れ、背後から強襲するという迷彩を使いこなす猿のモンスターがいた。体格はそこまで大きくはない。一メートル以下の固体だ。
ただこのメイサイエテは群れで行動し、激怒すれば叫んで仲間を呼び寄せて集団暴行するという習性がある。群れの数も半端ではなく、四十から五十はいると言われている。
「あー………や、やぁ。猿さん? ご機嫌いかがかなぁ?」
「キッ………」
「あ、キレてる? いや、ごめんねぇ。わざとじゃないんだよ。偶然ね。そう、偶然。これは不慮の事故。わかってくれるだろぉ?」
「キィィィイイイイイイイイイイッ!!」
「あ………ダメだこりゃ」
保護色を解除した灰色の猿が叫ぶ。群れが襲来。俺たちは危険に晒されて、辛くも突破。スキル持ちが六人に増えると、攻撃力が違う。
全滅させたところで素材採取と休憩にすることに。
マリアがフェアリーを起動し、配信をするなかで、座って茶をしばいていた龍弐さんをしばき倒した。俺も止めなかったことで同罪となり、とばっちりを食らう。理不尽だ。
一通り騒いだあとで、マリアが壊れる。
龍弐さんがフェアリーを止めて配信を中断。
数分後。笑い終えたマリアはテントのなかに引きこもった。
以上。回想終了。
こんな配信は嫌ですよね。マリアがついに壊れてしまいました。まだ始まったばかりなのに。
早く章タイトルのように、埼玉ダンジョンに行かなければなりませんね。