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プロローグ03

 ───ピクリ。と指先と柳眉が反応するように動いた。



 大地に座した男は、複雑に絡めた量の指の、唯一合わせた中指の第一関節から先に広がる闇を呆然と見つめる。


 幾許の異形が蠢く。そこらを這いずり回る大蛇の群れのごとく。


 しかし、それでも男は微動だにせず。ただじっと、無心で周囲の闇を見据えていた。


 その時、闇の一部が持ち上がる。大蛇どもがぬっと顔を上げるように。


 その数は計り知れず。闇の触手が男がいる方へと伸びていく。


 だが、そのすべてが男に触れることはなかった。



「………そう。鰹出汁………」



 やっと男が声を出す。長年の研究の末、やっと解答を得るきっかけを見つけたような、何気ない声音だ。


 しかし、それが「鰹出汁」とは。男は危機感をまったく感じていなかった。往年の冒険者がこの状況に陥れば、まず命の危機を察知し、狼狽し、打開策を必死に練るはず。


 それが男はまったく危機を察知せず、狼狽もせず、打開策もくそもなく、食材についてばかり考えていたのだ。


 男の周囲には地面に直接描かれた陣がある。それは中学生が漫画やアニメをきっかけにして、新たな美的感覚を刺激された末に授業中であるにも関わらずノートの端にある余白にびっしりと描く魔法陣に似ている。星や、自分で考えた新たな言語を楕円のなかに入れて、満足するだけの───特に中学二年生辺りで目覚める病的な意識である。


「鰹出汁にあご出汁、戻ししいたけ、煮干し………チッ。煮干しは頭とワタを取る下準備があるか。ダメだ。あと一時間半………ああ、ったく。しいたけの戻し汁は昨日のを使うとして。塩とみりんと醤油でかえしを作り………くそっ。煮出しが足りねえ。冷やす時間もあるか。麺だってまだ寝かせてる。どうしても久々にうどんが食べたかったのに!」


 男は喚きながら、気合いの念を込めた両手を高く掲げ、蓄積させた鬱憤を放出する。


 眩い光が放射されると、八つ当たり同然に周囲を焼く。


 形容できないほどの熱量に晒された闇は一方的に焼かれ、瞬時に塵と化す。燃焼時の音なのか、それとも別の音なのか「キェェエエエエエエッ」という悲鳴にも聞こえた。


「はぁ、はぁ………あーあ。うどん食ったあとでご飯入れて、梅干し投入してから啜るか………それともご飯とキムチと卵を混ぜて鍋で煮てもいいのに………失敗したなぁ。昨日、二、三キロくらい小麦粉をこねておくべきだったよなぁ。そうすれば、こんな余計な手間を取らずに済んだのに」


 食事のことしか頭にないようで、実は危機管理能力を有していた。


 異形を取り払った男は、「よっこいせ」と立ち上がると、周囲を軽く観察してスクリーンを起動し、様々な器具を展開した。


魔法陣じみた紋様の上に無造作に設置すると、慣れた手付きでテキパキと作業し、業務用のコンロにガスを流すと、ひとりでに着火する。五徳を置いて鍋を設置した。


「仕方ない。下拵えはあとでやるとして………まずは昼飯だ。ハァ。今日もラーメンってのも味気ないしなぁ。練った生地はもったいないから使うのは確定として、腹持ちのいいスープ………あ、そうだ。カレーを使おう。市販の出汁粉があるし、豚肉とネギ………そうだ! かれーうどん風の刀削麺! これでいこう!」


 男は前掛けを素早く腰で結び、長テーブルの上に食材を並べる。手にした包丁で小麦粉を練って寝かせた生地を大胆に削ぎ、熱湯のなかに落とす。別のコンロでは男が昔から使っていた市販の出汁の素を溶かしたスープにカレー粉と醤油とみりんを足し、同時進行で調理を進めた。その動きは無駄はあれどとにかく早く、一刻も早く食事にしたいという男の我欲を体現していた。


 湯気に乗って調理の香りが漂う。すると誘われたモンスターがゆっくりと、気配と音を消して忍び寄るのだが、あと少し───落書き同然の魔法陣の上に足を乗せた瞬間、着火したマッチのように全身が燃え盛る。



「邪魔すんじゃねぇぞお客様! 飯が欲しいなら食券買って列に並んでやがれっ」



 燃え盛るモンスターを見ることなく、男はひたすら料理を続ける。その様は狂気的な空気を作り、立て続けに襲い掛かったソニックピューマの群れをことごとく燃焼させていく。


「………できた! うん、うまい! 俺もまだ捨てたもんじゃねぇなぁ!」


 調理を完成させると、丼ではなく鍋に付着したカレースープをキッチンペーパーで拭って、指で拭って舐めとる。味見は調理中にする時もあるが、男は基本的に自分の味覚に絶対的な自信があったし、匂いをかげばどんな味になっているのか判別できる才能があった。カレーは特に得意で、その人生のなかで失敗したことが一度だけあるだけで、数百回と繰り返し、別のメーカーのルーを使ったとしても満足できるものに仕上げた。


「刀削麺風の麺もスーパーアルデンテで最高だなぁ。歯を弾き返すどころか、意地でも歯を通さんとするハードタイプなグミみたいな食感でうめぇ!」


 実食してみると、確信したとおりの味に仕上がっていたし、過剰なほどの早い茹で時間で仕上げたスーパーアルデンテと称した麺に舌鼓を打つ。


 集中して食事を続け、スープの最後の一滴まで堪能し、やっとひと心地つく。数秒の休憩ののち、丼などの洗浄を終え、長テーブルと椅子だけを残してすべて収納する。そこから本格的な食休みが開始された。ポケットからタバコのパッケージを掴み取ると、そのまま咥えて頬杖を突く。


「あー………素材探索したくねぇ。ずっと好きなもん食って、好きなことしてぇ………でもしなくちゃなぁ」


 ダラーとした時間を過ごすと、咥えたタバコに突然火が付いた。男はさして気にした様子はなく、当然のように着火したタバコを味わった。


 それから男はスクリーンを立ち上げ、配信されている動画を見始める。


「………あ、マリアチャンネル再開してるじゃん。やったぜ。まぁ、あんなことがあっちゃなぁ」


 ニシシ。と笑いながらマリアチャンネルのリアルタイム配信をタップする。燻らせた煙草から、紫煙が立ち上った。



『皆さんこんにちは! お久しぶりです! 初めましての方は初めまして! マリアチャンネルへようこそ! この前のトラブルがあった影響で配信をお休みしてしまい、申し訳ありませんでした。でも、今日から心機一転し、楽しくハッピーな配信を皆さんにお届けしたいと思います!』



「はあ………可愛いなぁ、マリアって。会ってみたいなぁ」



『私たちは今、太田ゲートを潜り………ついに埼玉ダンジョンに挑戦します!』



「え、マジ? マリア………()()()来るって!?」



 こうしちゃいられない。と男は立ち上がる。まだ半分も吸っていないタバコを消してスクリーンに投げ捨て、長テーブルと椅子を収納。新たに取り出した工具を手に、奮起しながらハンマーを握り、走り出す。


「来る! マジでマリアが来る! すっげぇ偶然だけど、このチャンスを逃す手はないな! もしかして、近いうちに会えるかもしれねえし。楽しみだなぁ!」


 男はいくつもの足場を跳躍する。


 ()()()()()()()の中心で、ファンとして喜びを伝えるために。


ブクマありがとうございます!


いつもは四回以上は更新するのですが、リアル引越しの荷解きのため、今回は二回とさせていただきました。

実はこの時点でストックが作れていないので、これから明日の分を書くのですが、進捗が心配でなりません。


ついに埼玉ダンジョンに突入しました。そこにいたのは謎の不審者。早速名を伏せた新キャラを出したところで、次回から視点は主人公たちに戻したいと思います。応援よろしくお願いします!

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