エピローグ02
哨戒に出た奏さんに、やっぱり発見されて連れ帰られた龍弐さん。共に俺たちに合流すると、名都が幹部たちとの会議を終え、チームに移動すると号令をかけた。
かなり減ってしまった人数。生き残ったのは二十五人。依頼は達成したが、なんとも後味が悪い。
「この度は………本当に、どう礼を述べればいいのかわからぬほど、助力をいただいた。この恩は一生忘れない」
「いえ。こちらこそ、守れなかった方々を出してしまい、申し訳ありませんでした」
名都と奏さんが頭を下げる。
こちらも流儀としてボスたるマリアが述べるべきなのだが、彼女は非戦闘員だ。そんなマリアに犠牲云々を語らせるのは、俺たちもマリアも酷なものだ。よって奏さんが代表した。
互いの陣営がトップに倣って頭を下げる。
数秒同じ姿勢が続き、先に奏さんが顔を上げて、やっと名都たちも頭を上げる。
「なにを言われる。我々は崩壊も視野に入れていた。覚悟はしていたが………しかし」
「桑園さんのことは残念でした。そちらにとっても、甚大な痛手でしょう」
「………ああ」
確かに犠牲という面では最小限に抑えられたが、損失という点においては壊滅的と言えるだろう。
あの桑園は腐っても参謀。チームのブレインだ。壊滅的な思考と性格をしていやがったが、優秀ではあった。俺たちも出し抜かれたし。チーム流星の戦術面の不安が如実に現れている。
「だが、嘆いてばかりでは始まらない。救えなかった命を背負い、私たちは生きていくつもりだ。ディーノフレスターの脅威が去った………と考えたい。まだ道は残されている」
「これからどうされるおつもりなんですか?」
「チームの再建を念頭に、栃木ダンジョンで一から始めてみようと思う。なに、時間はかかるが、初心に帰るのも必要だろう。我々はまだ終わったわけではない。また始めるさ。今日、ここから」
「………健闘を祈ります」
「そちらも」
名都と奏さんは握手をした。それから名都は俺たちにも握手を求める。応じてやると、最後にマリアと握手を交わした際、なぜか不敵な笑みを浮かべた。
「そうだ。マリアさん。報酬の件なのだが」
「あ、はい。そちらの事情は理解しています。こちらはチャナママからお預かりした百万円を正当な対価としますので、ご安心ください」
「いや、それだけでは足りないだろう。あなたには多大な恩がある。これで終わりにしたい付き合いではない。………そこで、どうだろうか?」
「はい?」
「確かに我々の散財振りには目も当てられないだろう。金銭面では到底無理な話だ。しかし、そんな私にも差し出せるものがある。………この、私の弟と妹を、報酬の代わりに連れて行ってもらえぬだろうか?」
「はぃいっ!?」
とんでもないことを口走る名都に、マリアはつい声を裏返す。
俺たちは驚いたが、無言でいた。多分、どちらかといえば不敵に笑っていたと思う。鏡花と龍弐さんがそうしていたように。
で、当のふたりだが、迅も利達も初耳だったらしく、激しく首を横に振りながら名都に詰め寄った。
「ど、どういうことだよ兄貴っ。お、俺たちがここを離れられるわけねぇだろ!?」
「そうだよ名都兄ぃ! あたしたちが抜けた穴はどうすんのさ!?」
「心配するな。小僧と小娘が抜けた程度で瓦解するようなら、こんな提案はしない。それに、これはお前たちのためでもある」
眉根を寄せるふたりに、名都はそれぞれの肩に手を置いて、宥めるように言った。
「よく聞け。お前たちは俺たちに付き合って、栃木を彷徨い、チーム再建に尽力する必要はない。………もっと上を目指せ。いいか、お前たちは俺たちとともに初心に帰る必要はないんだ。上を目指す者として、もっとレベルの高い人物とともに行動し、学べ。こんなところで燻るべきではない」
「兄貴………」
「名都兄ぃ………」
それは兄として、弟と妹を思う姿なのかもしれない。
いや、チーム全体の総意か。名都の後ろではチームの連中が笑ってふたりを見送ろうとしている。
「利達。お前に必要なのは経験と努力だ。例えスキル持ちで、このチームの誰よりも一目置かれているとしても。だから半人前の見習いとして同行させた。しかし、教えることも少なくなってきたのも事実。ここには我々でさえ手の届かぬ領域にいる者たちが揃っている。お前が一人前となるべき環境がそこにある。なにを躊躇うことがあろうか。お前のさらなるレベルアップを楽しみにしている。………そして、迅」
利達に優しく言い聞かせたあと、名都は申し訳なさそうに迅に向き直る。
「お前には悪いことをした。お前のことを思って指導したのが、裏目に出ていたのだな。まさか、お前までスキル持ちになっていたなど………そしてテイマーがお前のスキルに必要なものだったとは。あの三匹を捨てろと言っていた自分が恥ずかしい。………お前が正しかったよ。済まなかった。許してくれ」
上級冒険者として、兄として。迅を侮っていたと頭を下げるのは立派だ。誰にでもできることではない。
利達と迅は名都の言葉に感涙し、震え、そして───俺たちを振り返る。
「改めて、いかがだろうか。このふたりを見習いとして………」
「み、見習い………」
「む なにか不都合でも………あ」
マリアの表情が陰ると、チャンネルを見たことがあるのか、御影との一件を思い出したのか、慚愧に絶えない顔で頭を下げる。
「申し訳ない。配慮に欠けた失言だった」
「い、いえ。私がまだ引き摺っているだけですので。それで、迅くんと利達さんをお預かりするというお話でしたね。………ええと」
マリアは俺たちを見た。俺たち自身、特に問題はない。ふたりくらい増えても受け入れられる。マリアは口にせずとも意を察し、首肯して名都を見た。
「皆さんの反対もありませんし。おふたりは私たちが受け入れます。所属はチーム流星のままで、協調と研修という形にしたいと思います。いかがでしょう?」
「感謝します。マリアさん。ふたりは、特に迅はご覧のとおり頑丈です。タンクとして使っていただいて結構。………迅。お前はスキルを得たが、スキル持ちとしては初心者同然。ここにいる方々の言葉をよく聞き、乱戦に陥ったのなら真っ先にマリアさんをお守りしろ。………京一さん流に言えば、お前ならできる。だな」
「おう! てなわけで兄貴たち! 姐さんたち! 体力だけは自信がありますんで、壁役として使ってやってくだせぇ! どんな攻撃でも耐えるっす!」
「あ、あたしも頑張ります! よろしく先輩!」
家族から離れて心機一転し、さらなる段階に進もうとするふたり。しかもスキル持ち。七人中、六人がスキルを所有しているとは。なんていうか、さらに化け物グループになってきたような。
「ああ、それと。これは私個人の贈り物だ。これくらいなら差し上げられる。埼玉ダンジョンで活用してほしい。使い方は書いておいた」
「あー」
「なるほど………」
名都が差し出す小袋を見た迅と利達は、途端に脱力する。理由はわからない。
「ありがとうございます。いただきます」
マリアはそれをポケットに入れる。奏さんたちを促して、出発の支度を進めた。
「兄貴。行ってくるぜ」
「じゃあね。名都兄ぃも、頑張って」
「ああ。行き先は違えど、ここもお前たちが帰る場所のひとつだ。このチームを再び大きくしたあとで、再び埼玉ダンジョンへ挑む。お前たちを追って東京へ行くさ。だから先に行って、そこにあるものを見て来い。いいな?」
「おう!」
「うん!」
名都に見送られたふたりが、俺たちに合流する。
チーム流星に見送られ、埼玉ダンジョンへ向かうため太田ゲートを潜るのが目的だ。
「マリア。このふたりはどうするの?」
「共に行動するなら、配信に出演していただくほかないでしょう。いいですね? 迅くん。利達さん」
「うん。あたし配信もやってみたかったんだ!」
「押忍っ! なんでもらやせてもらうっす! マリアの姐さん!」
「あ、ぁあ? あね、さん?」
迅の呼び方に戸惑うマリア。こういうノリが初めてだろうし、どうすればいいのかわからないのだろう。
ともあれ、これでひと段落ついた。これでやっと先へ進める。
これから倍の高さを一気に登頂しなければならない。
埼玉の最高票は七千から八千メートル。東京へ近まるごとに高くなることが予想されている。
それでも行くんだ。この七人で。
「マリア。フェアリーの動作確認でもするか? 本番は明日だろ」
「あ、そうですね。事務所に預けているうちにアップデートしたみたいですし。録画機能をオミットして起動してみますね」
スクリーンから光を取り出すマリアは、それを放り投げる。
フェアリーと呼ばれる全自動カメラは、桐生市跡地の先にある太田市跡地を目標とする俺たちに合わせるように、軌跡を描いて飛翔した。
評価ありがとうございます!
新メンバーがまた増えました。壁役の迅と、まだ発展途上の利達です。
賑やかすぎて扱えるかわからないメンバーになりました。
これで第三章へと移ります。次回から、やっと埼玉です!
もしかしたら、読者の皆様が住んでいる場所の地下を通るかもしれません。応援よろしくお願いします!
まだリアル引越しの荷解きが済んでいないため、本日は日曜日ですが………夜の一回更新のみとさせていただきます。今日はちゃんと更新できると思いますので、チェックしてやってくださると嬉しいです。よろしくお願いします!