第123話 約束は守るけど
出してしまった犠牲は少なくなかった。
しかし、その犠牲の上に成り立つ生を噛み締めて生きていかなければならない。それが生者の務めだ。
名都はディーノフレスターの撃退に、初めて俺たちの前で涙を流して喜びを露わにした。迅と利達も驚いているのを見るに、こいつらにとっても初めてのことだったのかもしれない。
チーム流星は桑園の仕掛けた罠により複製と戦わされ、そこでも数人犠牲となり、最後にディーノフレスターに食われた木戸という男を引いて───二十五人に減ってしまった。
だが、それでも明日から希望を持って行動できる。死者たちと向き合い、一分一秒を無駄にしないよう、これから行動するのだという。
なぜそんな話が聞けたのかといえば、俺たちは疲労した体を引きずるようにして進んで、ようやく足利ゲート前に辿り着いたからだ。そこでやっと休憩が言い渡され、応急処置程度では治らない傷の手当や、減った体力の回復に専念することができた。
俺たちも無傷というわけにはいかず、特に龍弐さんと俺が負った傷というのが思った以上に深く、しばらく安静を言い渡された。
要するに、名都たちの鎮魂のために充てられた黙祷をあと、その後に思い出を語り、食べ、飲む───という戦場で戦う彼らなりの流儀に参加するためのものだ。
とはいえ、俺たちは大して被害者となった連中のことは知らないし、食糧にも難がある。全員が疲れていて、それどころではない。黙祷を捧げたあとは、思い出を語りたい者たちだけが集まって、水とレーションで乾杯していた。
疲れてはいるがまだ動ける奏さんたちが、任務のことや、今後のことについて話し合う。俺たちを横たわらせて。
すると、話し合っている三人のなかから、奏さんだけが離れていくのが見えた。
「マリア」
「はい?」
話し合いが終了したのだろう。軽食の支度をする鏡花の隣で、翌日には配信者の権利が復活することもあり、念入りに強制停止命令をかけておいたフェアリーのメンテナンスをしていたマリアを呼ぶ。
「奏さん、どこに行ったんだ?」
「ディーノフレスターが去ったとはいえ、ここらにはまだモンスターがいることには違いありません。哨戒に行くと言っていました。それに、弓が少し歪んだままだそうで。メンテナンスは終えているから試射をするそうです」
「あひゃっ」
とんでもない体力をしている奏さんの、真面目っぷりに感心する最中、隣でラムネ菓子を齧っていた龍弐さんが笑い出す。
「それってチャンスじゃね? よっしゃ。あのうるさいのがいない隙に、散歩してやろーっとぉ」
「え、で、でも龍弐さん。京一さんよりも酷い怪我してるんですから。まだ歩かない方がいいと思うんですけどぉ………」
「ああ、いいのいいの。動きさえすれば無傷も同然ってねぇ」
実際、内出血が酷くなるまで加速し続けたにしては、体重を感じさせない軽やかな起立を見ると、無傷かと疑いたくなる。
「龍弐さん。奏さんにバレた時、俺も巻き込まないでくださいよ?」
「あっひゃっひゃ。そりゃ保証できねぇなぁ。じゃ、行ってくるねぇ」
まったく。うちの最年長たちは。真面目と不真面目が揃った結果、異なる理由ではあるがともに単独行動をしてしまった。だからと言って、止められるのかと問われると、絶対に止められないと答えるしかないのだが。
結局、ふたりの異なる進行方向へ進む背中を見送るしかなかった。
改めて俺たちは三人になって、しかし特にやることもなく。鏡花がコトコトと鍋を煮る音だけが延々と聞こえた。
「とんでもない五日間になっちまったな」
「ほんと、そのとおりだわ」
本来なら桐生市跡地になど入らず、太田ゲートへ向かうはずだったのに。お使いが寄り道を生んでしまった。
苦笑すると、鏡花も同じような顔をする。
しかし、数秒後にはなにか思い詰めたような顔をして、俺を見た。
「………なんだよ」
「未だ信じられないわ。あんた、本当にレベル52なわけ?」
「まぁ、そうみたいだな」
俺も初めて知ったから、実感がなかった。
エリクシル粒子適合者の特権として、レベリングシステムが導入され、自分の成長や最適な強化プラン、過程を可視化できるようになってから、冒険者の純粋な戦力としての質は向上したと言える。御影や桑園のような選ばれた存在たるスキル持ちが破滅的な性格をしているのが、なんとも悔やみきれないところだが。
俺は閲覧禁止をかけて可視化できなかっただけで、レベリングシステムが働かなかったわけではない。尋常ならざる速度で成長し、天狗になることを奏さんがさせなかった。それだけだ。
「じゃあ、あんたを教えてたっていう龍弐さんと奏さんは、今どれくらいなのよ」
「ふたりとも55以上なんじゃないか? 40を超えてから必要とされる経験値が多くなるって言うし。当然っちゃ当然だけど、先にダンジョンに入ったのに、まだふたりを超せてなかったんだなぁ………ちょっと悔しいぜ」
「馬鹿言ってんじゃねぇわよ。悔しいのは私の方よ。なんでダンジョンに入って一ヶ月もしてない初心者の方がレベルが高いわけ? いったい、ダンジョンに入る前にどんな鍛え方してたのよ? ………ううん。それは違うか。調子に乗るなって言いたい………でも、ない。ああ、もう。くそ………」
なんだか、スランプ期に陥った作家のような取り乱し方をする鏡花。毒づくといよいよ危険が増す。ギョッとしたマリアは、フェアリーを両手で抱えて逃げようとしたくらいだ。
だが沸騰する鍋をひっくり返すこともなく、数秒後には落ち着いていて、改めて俺を見る。
「要するに………無茶すんなって言いたいのよ。レベルが高かろうとね。………ったく。この私がとんでもない痴態を晒したもんだわ。まさか仲間を持っただけで、普段言いそうにないことを言い出すなんて」
ガシガシと髪を掻き乱しながら、自分の失態を呪っていた。
すると、横からマリアが思い出したように述べる。
「そういえば、鏡花さん。私、ちょっと離れてて聞こえなかったんですけど、ディーノフレスターと戦う時、京一さんになにか言ってませんでしたか? 触るとか、なんとか?」
「ッ………!?」
シュボッ───とライターの着火の音がしたような。鏡花は火に劣らず赤面して、マリアを睨んだあと、追加で恨めし気に俺をまた睨む。
「………約束は守るけど、あんたはどうしたい?」
「お、お前………」
触れと?
俺に触れと?
それはなにか? 「セクハラは極刑」を掲げる奏さんは、そういうジャンルは異常な嗅覚を発揮するので見ずとも知れる。そんな犬よりも嗅覚の鋭い奏さんに見つかって、ぶっ殺されろと?
冗談じゃねぇ………でも、俺も健全な男の子。欲望くらい持ち合わせている。
くそっ。どうすればいい。断りたいのに断れない。どちらも死ぬ。我慢して精神的に死ぬか。露見して物理的にぶっ殺されるか。
「が、がが………」
「あ、京一さんが壊れた。撮れれば面白かったのに───あれ?」
マリアは悶絶する俺にも毒を吐き、接近する存在に気付いて顔を上げる。
地面で悶絶する俺もそいつの足を見て止める。赤くなっていた鏡花は、睨み殺す勢いで睥睨する。
「迅。………どうした?」
俺はゆっくりと上体を起こすと、チーム流星の輪から外れた迅に向き直る。
なんだか神妙な顔をしていた迅は、意を決した表情をして、そして勢いよく頭を下げた。
「す、すんませんしたぁッ!!」
「おわっ。な、なんだぁ?」
ブクマありがとうございます!
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ラブコメみたいなことをしたいのに、できない。最近読んでいる教材が、そんなひねくれているものばかりだからでしょうか。改めて初心に帰って少女漫画でも読み漁れと?
難しいことばかりで、困ってしまいますね。