第122話 俺から奪うな
「俺が仕掛ける」
いつもの享楽的かつ怠惰な面を捨てた龍弐さんが、折れ、刃毀れした日本刀を地面に軽く叩きつけながら前に出る。
すると、提げた二振りの剣は契機を得たように元通りの形状となった。独特な反りがあり、曇りひとつない波紋を描き、刃には傷がない。リビングメタル製の日本刀だからこそ可能とした無茶。だが使い手の消耗が激しければ、剣は剣たる役目を果たせない。
消耗を回復薬で無理矢理カバーした龍弐さんは、ダメージなど感じさせない動きで歩く。
「全員で仕掛けます」
龍弐さんの意見に応えたのは俺ではなく、奏さんだった。
「鏡花ちゃん。今のと同じこと、やれますね?」
「ギリギリでしたが、龍弐さんを捕まえることができましたし。やれますよ」
龍弐さんの動きを追えた自信で、鏡花もディーノフレスターとの決着に前向きとなった。
「あのモンスターは顎が破壊されただけで、機動力が落ちたわけではありません。気を付けて!」
戦闘に参加できないながらも、自分の仕事として分析結果と注意点を即座にまとめるマリア。何気ない気遣いでも、忘れがちになるので役に立つ。
「じゃ、行こうか………なッ」
再び加速する龍弐さん。ディーノフレスターは顎を垂れ下げた状態で加速で応じる。
だが、両者の加速は途中で一方的な介入で散漫となる。
奏さんが魔改造を施した矢は、遠くの地面に突き立ったままだったが、なにもそれだけで役目を終えたわけではない。むしろここからだ。奏さんのスキルの恐ろしいところは。
突き立った矢が爆発し、また新たな小さな矢が放たれる。それぞれ異なる弧を描き、しかもディーノフレスターの背後から強襲した。
ディーノフレスターは新しいパターンの奇襲を考えていなかったのだろう。尻に何発が受けてから、龍弐さんの剣戟を紙一重で回避し、右へと迂回する。
すると───
「「させねぇよっ」」
ふたりの声が、重なった。
ディーノフレスターの視界の埒外から飛来した奇襲。それは奏さんの矢ではない。回転するナイフだ。その眼前に迫ると、また進行方向を変える。が、そこに待ち受けていたのは、埼玉ダンジョンから鬱憤を与え続けられた迅だった。
「オラァッ!!」
チーム流星のなかで、初めてだっただろう。団長たる名都でも怯えて接近できなかったが、こいつらは違った。
息を潜め、機会を狙っていた利達が放ったナイフが回転し、ブーメランのような軌道でディーノフレスターの注意を引き、正面に移動した迅が思い切りぶん殴る。
ディーノフレスターの左顎を砕く、迅の右フック。あの巨体がグラつくほどの威力。さらに利達が投げたナイフが回転しながら、巨体に突き立っていく。
「やるじゃねえかお前ら!」
「先輩だけいい格好はさせないよ!」
「今だ、やっちまえ!」
可能な限りダメージを与えんと、猛攻を仕掛ける四牙兄妹。その懸命な姿に、自然と勝気な笑みが浮かぶ。
龍弐さんがまた走り出す。ディーノフレスターを背後から強襲した。
すると、背後からの攻撃を警戒していたのだろう。あの巨体が前足だけの支えで持ち上がり、後ろ足が跳ね上がった。
龍弐さんは二振りの剣で弾き、着地。後ろ足が収納され、それを追う。
「遅い! 走ってなきゃあんたはただの的だ!」
言うじゃねぇか、鏡花の奴。
そのとおり、ただの的だ。
鏡花のスキル、置換で龍弐さんと俺が入れ替わる。
「よう、クソ馬野郎。もう俺の攻撃を忘れたか? 俺に足を差し出してくれるなんざ、自殺行為なんだよッ!!」
太く、長い後ろ足をキャッチし、腕を絡め、左手でスキルを発動。
ついに、ディーノフレスター最大の武器である音速を超える疾走を、右後ろ脚を逆に折り畳むことで封じてやった。
「ハ………ァハ」
ディーノフレスターは俺を見下ろして、閉ざすことのできない顎を垂らしたまま喘ぐ。
右後脚の負傷について………違う。なにか狙っている。
これまでダランと垂らしていた舌が、ここで持ち上がる。
ディーノフレスターの視線を追った。俺を───見ていない。
では誰を?
「マリアァアアッ!!」
このクソ馬、俺ではなくマリアを見ていやがった。
俺が叫ぶと「えっ」と体を硬らせたマリアの肩が跳ねる。
そしてディーノフレスターの舌が伸びた。矢のごとく、槍のごとく。
「させねぇッ!」
決着を確信しても残心の姿勢でいた龍弐さんがすぐに対応した。
両手の刀を揃え、槍のように伸びた舌を正面から迎え撃つ。
だが、切れ味に特化したはずの刀が触れても、舌が切断されることはなかった。
伸びる舌の根から滴る唾液が潤滑油となったのか。
「鏡花ちゃん!」
「わかってます!」
奏さんが矢を射る。唾液の膜で鏃が食い込むことはなかった。鏡花はマリアを抱えて射線上から飛び退く。
ならばと、利達がナイフで首を狙う。迅が首に突き立ったナイフを深く埋め込むべくショルダータックルで柄頭を押した。
ゴボッと血の泡が漏れるが、伸びる舌の勢いは止まらない。いったいどれだけ伸びるのか。
「速っ………!?」
鏡花もいつまでも逃げられない。マリアを抱えたままでは遠くまでは行けない。
ここでなにをする。俺になにができる?
敵は眼前にいる。仲間を狙っている。俺ではなく、レベルが低い順から狩って、欲求を満たそうとしている。
なんだそれは。そんな勝手を、許すとでも思っているのか?
ゆらりと立ち上がる。ディーノフレスターはやっと俺を見た。笑っていた。
「カヒ、ホオ………」
「解放? ああ、そうかよ。呪縛に囚われたお姫様気分ってやつか? 精神を幽閉されて不自由ってか? いいぜ。それなら………解放してやるよ」
「クヒ………」
俺を見ていながらもマリアを狙うクソ馬は、いい加減に限度というものを弁えさせなければならない。
例えモンスターであっても痛ければ学ぶだろ。
「クソ馬。俺から、奪うな」
視界の隅で展開したスクリーンが揺れる。文字化けし、別のなにかが現れたが、それを見るつもりはない。
左手を差し出した。唾液で濡れた舌に触れる。
そして、俺はただ無心となってスキルを発動し───
「グヒィ………!?」
ディーノフレスターが鳴いた。言葉にならない声で。
耳元で硬質ななにかが弾けるような音が響く。同時に左腕に走る衝撃。
ディーノフレスターが伸ばした舌が停止した。大きく歪んで、制御不能に陥り、さながら苦しみもがく大蛇のようにたわむ。
舌だけならず、巨体も震えながら遠ざかる。舌の根本から発生した衝撃を、負傷した後ろ右足以外で受け止めきれていない。頭部から巨大ななにかに殴られたかのように弾き飛ばされる。
全員が唖然とする。途中で長い舌がちぎれて地面を躍る。しかし、それでもまだ動ける余力があったのか、高速でその場を走り去った。
「………し、信じらない………撃退したというのか? ………あの悪魔を」
激戦が強敵の敗走という、唐突な幕引きに静けさが訪れるが、それを破るように名都が呟いた。
ディーノフレスターの撃退はチーム流星が達成し得ない難業だったが、俺たちの手で成功へと導いた。
それからまた沈黙が訪れるも、数秒後に緊張の糸が切れたのか、チーム流星の数人が涙を浮かべ、感動と安心を訴えるかのように泣き始める。
だが、そんな泣き声が勝鬨を告げる歓声に変わるのも、数秒後のことだった。
京一がなんだか怪しくなってきましたね。
これで第二章の最終戦が終わりました。長かったぁ。
第三章に向けて頑張りたいところなのですが………実は土曜日辺りに引っ越しがありまして。先週から多忙でったのがさらに忙しく、この作品で初めて一日一回更新になってしまうかもしれません。何卒ご了承ください。