第120話 生き残りたい
桑園の負傷は、致命傷に達していた。深々と噛まれた傷から内臓が見える。
俺とマリアは訝し気に桑園を見ていた。呼吸さえできなくなった桑園は、笑い続けて言う。
「ざまぁ、みろ………こんな危険な賭けに、保険をかけておかないはずが、ないだろ………」
「クソ野郎が………テメェ自身、桑園の複製だったのかよ」
桑園が余裕そうにしていた理由がこれだ。こいつ、死にかけてもいつまで経っても血の一滴も流さない。致命傷を負ってもだ。だから複製だと判明し、マリアも驚愕した。
すべてはこいつのスキルによるものだった。
ひとつ。桑園は最初から、どこかで本体と複製が別れて行動していた。複製が俺たちと戦い、驚くべきことに複製がスキルを用いて俺たちの複製を作った。大したコスト値を持っている。
そしてもうひとつ。俺たちと敵対した複製が乱戦を誘発させた隙に、本体が次々と自分の複製を量産。
今朝がた、新出を騙してディーノフレスターの餌にすることで、まだ手が届く場所に留め、移動を開始すると同時に自分の複製を使って誘導してやがった。
ディーノフレスターは桑園の複製を食い殺し進む。すると、やがて目の前にいたのが俺たち。といったところか。
「テメェ、覚えてやがれよ? まだどこかでピンピンしてやがるんだろうが………絶対ェ見つけ出して後悔させてやる」
「ハハッ………まずは、ディーノフレスターから、逃げてから………言う………」
桑園の複製はそこで力尽きて、文字通り散る。
「チッ………ねぇ、どうするの? このままじゃあのモンスターにやられるんじゃないの?」
「皆殺し姫のコードネームを持つ鏡花とは思えねえ、ネガティブな発言だな」
「茶化さないで。私だって、あのモンスターの異常性くらいわかるわよ。京一だってそうでしょ?」
「………だな」
鏡花の言うとおり、俺たちには余裕などなかった。
唯一にして、最大の幸いだったのが、こうなる前に龍弐さんと奏さんが俺に合流してくれたことだ。
ディーノフレスターは俊馬どころではない敏捷力を有している。龍弐さんに合わせられるくらいだ。
もし、この場に龍弐さんと奏さんがいなければ、俺たちは死んでいたかもしれない。
「奏さん。あのクソ馬の動き、追えますか?」
「時間がかかります。しかし、外しはしません」
なんて頼もしい回答だろう。
これが選ばれし者の言葉だ。それだけで俺に、ディーノフレスターに挑む勇気と活力を与えてくれる。
「鏡花」
「なに?」
「合図したら………えっと、ファーストスキルっていうのか?」
「置換でいいわよ」
「それ、発動してくれ」
鏡花のセカンドスキルについては、俺も初めて知った。その存在も。新たな衝撃だった。
「対象は?」
「龍弐さんだ」
「置換する対象………まさか、あんたじゃないでしょうね!?」
鏡花は目を剥いて、俺の肩を掴む。
「よくわかったな」
「なんでそう………平然とできるわけ? あんた、私よりレベルが高いからって、なんでもできるとか勘違いしてるんじゃないでしょうね!?」
「思ってねぇよ。俺は魔法使いじゃない。目の前にあるもんをぶち折るくらいしかできない、つまらない野郎だよ」
まぁ………昔はエリクシル粒子適合者となり、スキルまで得たことで全能感に酔いしれ、痴態を晒した苦い思い出があるが、それは奏さんが理想と現実の違いを教えてくれたから、今の俺があるんだけど。
一方で鏡花は龍弐さんの実力に一目置いている。メタルイーター種のザリガニを両断した時から。聞けばあのボスゴリラの依頼でスティンガーブルの討伐をした際も、二日酔いでゲロゲロな状態でさえ、剣の冴えは衰えていなかったとか。
そして今、ディーノフレスターとかいうクソ馬に対し、対等に渡り合う龍弐さんの異常性についても見抜いたのだろう。
それはわかる。
俺でも鳥肌が立つ。
逃げようとした名都たちが瞠目して足を止めた。
理由はただひとつ。加速し続ける龍弐さんが徹底してディーノフレスターの動きを制しているからだ。
縦横無尽に駆け回り、どこにいようと攻撃を仕掛けているのだろう。
俺たちの周囲には、苛烈なほどに散る火花と、龍弐さんのだかディーノフレスターのだか判別がつかないような、血飛沫が飛散して足元を汚している。
目にも留まらぬ機動力でディーノフレスターを封じ込める辺り、流石としか言いようがないが、すべてがイレギュラーでしかないモンスターに対抗し続けるのも限界がある。
奏さんは数秒黙したあと、最適解を叩き出す。それは俺には理解できない領域にあるものなのだろう。地面に手を伸ばすと、数個の石を掴み、スキルで瞬時に矢を製造した。
「これはギャンブルにも等しい。私には縁遠いものだと思っていたのですがね。まさか、こんなところで試すことになろうとは。………京一くん。初めに言っておきますが、これはまだ、私自身試したことのない矢です。それでもいいんですね?」
「奏さんを信じます。奏さんは、絶対に失敗しませんから」
「ふふっ。私たちの弟は、いつからこんな賭け事を好む性格になってしまったのでしょうかね。でも、そうだとしても、あなたが諦めないというのなら。私も最後まで付き合ってあげますよ」
まさに豪傑の言動。
奏さんは製造した矢をストレングスに当てて引くまでに、三回ほどの改造を施した。
俺の目の前で矢が光り、様々な形状へと変形していく。
すべての準備が整う。鏡花に宣言したとおり、目の前にディーノフレスターが飛び込んでくればぶち折ってやる。これでも高速で動く奴の長い鬣くらいは見えた。それに桑園の野郎を蹴って前に晒したことで、ディーノフレスターが攻撃する瞬間を見切ることもできた。
あとは反射だ。俺の思考と反射に、俺の肉体が限界を超える速度で動いてくれさえすれば、きっと奴を食い止められるはず。
「京一」
「な、なんだよ」
珍しく、鏡花が俺に触れる。滅多に接触はしない主義みたいな奴だから、つい驚いて声が上ずる。
鏡花は右手で俺に触れながら、背に額を押し付けていた。それじゃ目の前が見えなくて、座標を設定して置換が働かないだろうに。
「どうした? 今日は甘えたがりじゃねぇか。構ってほしいなら、あとで撫でてやるよ」
「………いいけど」
「え、マジ? どうした? 風邪か?」
「風邪なんかじゃねぇわよっ」
「いででで」
鏡花らしくない反応に体調不良を疑うと、背に押し付けた額をスライドさせて、頭頂部で背骨辺りをグリグリされた。これが地味に痛い。
「おい。ふざけてる場合かよ」
「触ってもいいわよ。………生きて帰りなさい」
「………おう」
素直じゃない奴め。そう言えば俺が意地でも生き残るだろうと考えてるのか。
大正解。鏡花はマリアチャンネルの配信でスタイルをよく指摘されていたように、かなりデカい。ああ、ガチで生きて帰りた───あ、違う。冗談。今のは冗談。
セクハラは万死に値する。が口癖の奏さんの視線が痛い。
危ねえ。顔に出ていたらアウトだった。魔改造を繰り返した矢が俺を狙っていた。俺は肉片になっていたかもしえない。
「コホン。京一くん。真面目にやってください。さぁ、どこを狙えばいいのかとっとと言わないと、周りのバトルフィールドのなかに蹴り飛ばしますからね」
「お、押忍っ………」
危ない………遅れるところでした。ギリギリで書けました。
ディーノフレスターのヤバさをどう表現したものか。それを私が書ききれるのか。挑戦します!