第118話 まさかこいつ
「は、はは………調子に乗ってんじゃねぇぞ小僧がぁ!」
桑園め。俺たちが分身を消したから、複製の余裕ができたのか、自分の分身を盾にしやがった。
あれだけの分身を製造した分だけコストを消費したくせに、まだそれだけの余裕があるのか。上等だ。
「お前のデータは入力済みなんだよぉ! 俺にステータス値を見せたのが失敗だったなぁ! 正真正銘の自分に殺されやがれぇ!」
開いた距離で呼吸を整えるよりも先に、全力で俺の分身を出現させる桑園。
今度は赤くない。ジャケットやズボン、肌の色まで再現済み。そうなるともちろんレベルやステータス値も入力された、もうひとりの俺が敵対したってわけだ。
さて。この胸糞野郎は、その程度で俺に勝てると思っているようだが、現実って奴はそこまで甘くはないと教えてやらなければ。
「行けぇ!」
桑園の指示で俺の分身が接近する。
先程よりも体のキレがいい。完全にもうひとりの俺だ。
ただ、レベルの向上まではできていない。龍弐さんや奏さん、あとは鏡花の戦闘を見ていて感じたのだが、こいつはもしかして、自分よりレベルが高い相手の強化はできないのかもしれない。そう思わせる言動をしていただけだ。
分身の俺は祭刃神拳を交えたスキルの行使で俺を襲う。
その手に捕まったら、体のどこでもあらぬ方向に曲がる。つい最近粉砕骨折したばかりなのに、またどこか怪我をするのは面倒だ。回避に専念するか。
「当たらない………なぜだ!?」
「馬鹿だな、テメェ。俺の癖まで再現してどうすんだよ」
「癖ぇ!?」
「龍弐さんに散々言われた癖、まだ直ってなかったんだなぁ。改めて自分を見るとよくわかる。いい経験をありがとうよぉ」
鏡の前でシャドーボクシングを興じるようだ。龍弐さんは「たまには必要だよぉ」と言っていたが、やっとその意味が理解できた。ポージングから攻撃に移る癖、初動の癖、スキルの発動タイミングなどの諸々の要素が浮き彫りになるようだ。
不謹慎ではあるが、戦いのなかで「こりゃいい」と笑ってしまった。良質な癖発見機により、俺のフォームから動作まで冴が増す。次第にコピーを凌駕した。
連続で繰り出す左右のラッシュが、攻撃の他にもフェイントを交えるなどして、コピーの動きを封じていくのがわかる。
途中でコピーが回し蹴りを交えた。そう。と俺は内心で首肯する。これはスキルに頼り切りだった俺が、癖を自覚して反省した末に編み出した奇襲方法。拳だけでなく蹴りを繰り出すことによって相手の調子を乱すことが目的だ。
だが第二者───相手側から見てみれば、今の俺のように躱してしまえば、もはやそれも癖と化しているとわかった。
「大振りだな………」
タイミングは申し分ないが、威力を重視した末に隙が生じる。
奇襲を目的とするならもっと速く。そして短く。悟らせない程度に。ああ、なんてことだ。戦いのなかでこんなにも学ぶことが多いなんて。今なら龍弐さんの言葉のすべてに頷ける。
「オラッ」
俺も蹴りを放つ。ハイではない。ローに。
コピーの足を狙う。コピーは足を引く。だが俺はさらに踏み込む。鋭く放ったローキックは、コピーの足の後ろに着地した。グイと体をねじ込むと、スキルの死角となる背後に回り込む形となる。
するとコピーは斜め後ろにいた俺を排除するべく左腕で肘打ちを放つが、垂直に伸ばした左腕で受ける、十分な水力を得る前に、威力を増す肘の先端ではなく、より上を狙う。いつもは狙って行動していなかったが、構築された理論を用いると、こうも簡単かつ体力も腕力も使わない防御が成立するのだと知った。こりゃ反省しないとな。
コピーは反転して回し蹴りを放つが、二度目はない。右腕でガード。止まった瞬間を見極めて腕を絡め、左手で右足の膝を逆に折り畳む。梃子の原理を利用すると、折れ目のついたダンボールくらい折りやすい。
次々と関節を破壊し、四肢が動かなくなったところで捨てる。
桑園は焦ってもう一体追加で俺の複製を増やそうとするも、俺がその腕を掴むのが早かった。
「ぃぎゃぁぁああああああああああ!?」
右腕が折り畳まれる。が、桑園は策士だ。そうなると考えていたのかもしれない。開いたスクリーンはスキルを増やす項目ではなく、装備を取り出すためのものだった。スクリーンから抜き放たれるロングソード。
右腕が折れて使い物にならなくなるのを承知して、覚悟をしての行動は評価できる。
しかしこいつも知っているはずだ。スキル持ちに対抗できるのはスキル持ちだけ。ロングソード程度で俺の手が止まるはずがない。
「そのおもちゃで俺が斬れるといいなぁ」
「ぶっ殺す!!」
なんの躊躇いもない剣戟。けれど、なんというか、桑園は剣士ではないだろう。龍弐さんの剣と比べると、なんと緊張感に欠ける剣戟だと呆れてしまう。
振り下ろされるロングソードに左手を添わせ、加速途中に軽い力で押し込む。
ボキッと半ばで折れたロングソード。俺を一切傷付けることはなかった。
「次は?」
「え」
「次はなんだ? 出せよ」
剣でも銃でもいい。装備を失って、後退りする桑園は、スクリーンに指を這わせる。
互いに射程にいることに違いない。後退りはするが、詰められない距離でもない。
早撃ち勝負に持ち込むつもりだ。どちらが速くダメージを与えられるか、有効打になるか。
面倒くさいことこの上ない乱戦を勃発させてくれたお陰で手間取った。時間の経過もそれなりに進んでいる。無駄だと知りながら、まだ抵抗しようとする根性だけは認めるが、もう終わりだ。
「………っ!」
桑園の指が高速でスクリーンをタップする。
分身───ではない。またロングソードだ。
「遅ぇッ」
桑園がロングソードを抜き取るよりも早く肉薄し、柄を掴み取ったところを掌握する。
「ぎっ………」
べキンと音をさせて、桑園の手首が折り畳まれる。
これで両腕を封じた。
「終わりだよ。お前」
「は、はは………ははははははっ」
「ついにおかしくなったか」
「これが笑わずにいられるかっ」
両腕が使用不能に陥っても、桑園は笑い続ける。
次第に乱戦が落ち着いて、全員が桑園に詰め寄っても、桑園は笑うことをやめようとしない。
「自棄になるのも仕方ないと思うけど、無様ねぇ。そろそろ耳障りだし、口になにか詰めとく?」
ゴミを見下ろす目をする鏡花は、適当な布を取り出す。これから名都たちに連れられて連行されるのだ。猿轡をしなければ、疲れ果てた名都たちが袋叩きにして、過剰な暴行で殺しかねない。それくらいの恨みを抱える目をしていた。名都以外は。
「桑園………お前は、本当に………馬鹿だ。お前なら、友人になれると思ったというのに………」
「それは俺も同じだけど、馬鹿ってのは心外だし、お前に叩き返してやるよ。名都。それにマリアチャンネルのゴミ虫ども! お前たちこそ本当の馬鹿だ! 勝ったと思ったか? 違うな。まだ俺は負けてない。勝負すらしてない!」
名都に唾を吐く勢いで叫ぶ桑園。
しかし、この違和感はなんだ?
まだなにか隠している。そんな………
「まさか、こいつ!」
カポーン………
不気味な終わり方も、好きです。
次回こそ大変なことになります。