第11話 スライムの見分け方
「興味ねぇなぁ」
「おいおい、そんなこと言うなって。金剛獅子団の団長はとってもいい奴だ。実は俺の親友なんだよ。きっといきなり良いポジションにしてくれると思うぜ? そうなりゃお前、こんな毎日泥と遊ぶような生活とはおさらばさ。女だって金だって、好きにできるんだぜ?」
ポンと俺の方に手を置きながら、西京都に出現する悪質な飲食店に勧誘するキャッチのように執拗に強請る狐くん。
あまりにもしつこいのでぶん殴ってやろうかと考えたが、俺を教えてくれた姉のようなひとの極悪な笑顔が脳裏に浮かぶ。「京一くん。止めはしませんが、うまくやってくださいね?」からの「でなけりゃ脳みそぶちまけますよ?」なんて脅迫がセット。
俺はあのひとに逆らえた試しがないから、文言を細部に至るまで完全再現したことで冷静さを取り戻した。
「金剛獅子団の強さ、知ってるだろぉ?」
「最近有名になったんだってな。そんなすごいパーティのメンバーで、リーダーの親友なら、そいつに援助してもらえばいいだろ?」
「お、おいおい。男にゃ、例え親友だろうが見栄を張りたい時だってあるだろうがよ。俺はあくまで、あいつと対等でいたいのさ」
「ふーん。そうかい」
よくもまぁ、見え透いた嘘がポンポンと出るもんだ。
平静になれた影響で、壁の鉱物を目的の量まで採ることができた。すべて粒子化させてスクリーンに入れ、鉄条のところに送信する。これで最初の親孝行は完了したも同然だろう。
「お、おい。どうした? もう掘らないのか?」
壁に埋没したエリクシルメタルの三割を掘削し終えたところで男の手を跳ね除け、道を進もうとすると、物欲に塗れた質問が背中にかけられる。
「ああ。もういい」
「そうかそうか! なんだかんだ言って、話がわかる奴じゃねぇか! よし、任せとけ。金剛獅子団の団長に紹介してやっからよぉ!」
「いや、それはいい」
どうせこの男、ハイエナ行為に走るくらいだから金剛獅子団と知り合いでもないのだろう。適当な嘘で騙し、美味しいところだけ全部持っていくような奴だ。
「そうかぁ? 千載一遇のチャンスを逃すなんてなぁ………まぁいいぜ。じゃあこれ、全部俺がもらっちまってもいいんだな?」
「好きにしろよ。ただ、自己責任でな。言っておくけど、もう掘らないほうが身のため………」
「うひょぉぉおおおおおお! これだけあれば仲介費引いても五十万くらいには届くぜぇええええ!」
目の色が変わった狐くんは、もう俺の声など聞こえてはいなかった。
一心不乱にエリクシルメタルの周辺にピッケルを突き立てる。
「忠告はしたからな」
もうこいつがどうなろうが知ったことではない。
ダンジョンは外界から閉ざされた危険な空間だ。すべてが自己責任。良いも悪いも自分のせい。
事故があっても保険が適応されるかもわからない。最近は死亡保険も高額になったと姉のようなひとも言っていたくらいだ。
現に俺が踵を返した直後、
「うぎゃぁぁぁぁあああああああああ! た、たす、助けっ………ああああああああああッ!?」
背後からけたたましい断末魔が炸裂する。
知っていた未来、ということかな。
狐くんは金属色をしたブヨブヨとした液体に体の半分を取り込まれていた。
その正体は、ダンジョン開拓史が幕を開けて以来、昨今に至るまで大勢の冒険者を殺し続けたモンスター。スライムである。
スライムは体格を変え、人間を捕らえると溶解液で殺す。いや、窒息死するのが早いか。
最近なんて鉱物に擬態する能力を得たくらいだ。
俺が三割で留めておいた理由がこれ。七割が擬態したスライムであったこと。
「助け………頼む。助けてくれぇぇ………」
早くも衣服や肌が溶かされているのだろう。異臭が漂う。狐くんは必死に俺に手を伸ばすも、数秒後にはその手にもスライムが纏わりつく。
「ハァ………ダンジョンでは見殺しにしたって罪にはならないんだけどなぁ」
ダンジョンには独自の法が存在する。暗黙の了解と称してもいい。
今にも死にそうな他の冒険者がいた場合、仲間であっても自分の命の危機があれば見殺しにしても罪にはならない。ただ人間としてのモラルが問われるだけ。
シビアな環境が常なのがダンジョン。俺に非はないし、むしろ騙そうとしたこいつが悪い。自分からスライムに触りに行ったんだし。
助ける道理もないのだが………あのひとの母親の教えに背くのも、やはり夢見が悪い。
「チッ………道具を無駄にしたくないのによぉ。これも消耗品だってのに」
舌打ちしながらスクリーンからアイテムを取り出す。
幾何学的な閃光を発して俺の手のなかに落ちたのは、小指の第一関節ほどのサイズをした白い団子。
長く触っていたいものでもない。ピンと指で弾いて狐くんの体表面七割に達したスライムに当てると、「キィィイイイッ!?」と声にならない悲鳴を発して剥がれ落ちる。剥離したあとは数回痙攣しながらも、潜んでいた穴の奥へと消えてしまった。
「え………」
「おい。薬は持ってるな? 肌が溶けてるんだ。血の臭いを嗅ぎつけてモンスターが来る前に治療しとくんだな」
スライムから解放されて呆然とする狐くんに、特に手を差し伸べるわけでもなく、解決策だけ提示する。
「い、いや………あの………なんでスライムが、ああも簡単に逃げて………」
「スライムの年間被害者の数は知ってるだろ? 対策しない方がおかしいっての」
「なんであれがスライムだってわかった………?」
「危機感無さすぎだろ。事前策くらいあれば簡単に見分け方だってわかる。いや、もう俺が試したのに、外見だってスライムだってわかるのに手ぇ出したじゃねぇか。………お前、本当に冒険者か? よく生きて来れたな。ハァ。治療が済んだらゲート近くまで逃げるんだな。俺がしてやれるのはここまでだ。じゃあな」
このままでは「手を貸してくれ」とまで言われかねない。命を助けたのに、そこまでする義理はないしな。
早々にその場を立ち去った。もう巻き込まれたくはない。
狐くんは「お前の名前、なんて言うんだ───」となどと言っていたような気がするが、この際フル無視。
貴重でもないが仕込んできたアイテムをひとつ失った。これ以上の損失は、同じような事態になった時に不足すれば死活問題に直結する。
ソロ活動は無駄を極力削り落とすことと同義。
もうなにを言われても振り返らず、俺の道を邁進するだけ───のはずだった。
「………え」
俺は思わず足を止めた。
急いでいたといっても青蛍群石の暗号を読み取れなかったわけではない。一瞥し、瞬時に分岐のなかから正解を選んだ。
ところがだ。
正解であるはずのルートに、以前の配信には決して映らなかったはずのものが目に入った。
『冒険者総意、ここから先は警戒を最大限に。死にたくなくば引き返すべし』
日本語でそう記述されていた。
壁に杭で打ちつけた木簡を思わせる。紙がないので廃材に炭で書いたような、女特有の丸みを帯びた文字。
俺はこの文字を知っていた。個人の筆記体には癖がある。俺にもある。ひらがなが特に。
この文字は俺の知人というか、恩師が書いたものそっくりだった。
「あのひとも………そうか。ここに来たことがあるのってことかよ。でも、なんでこんな場所にあるんだ? ………まさか道を間違えた………?」
今朝から感じていたダンジョンの違和感。
距離感だったり、分岐の違いだったりと。
いよいよわけがわからなくなる。暗号のとおりに進めばゴールはわかる。ゴールがわかるのに、先が見えない迷宮にいる気分になった。
ダンジョン、迷宮、倫理学における隣人。うんうん。こうシビアっぽさがなければ。全部チートで解決するのは私の美学ではありませんし、少しでも理論における肉付きが欲しく、人間の業と自業自得の末路を書いてみました。
次回はそんな私の屁理屈と、学生時代は常に赤点ギリギリだったお粗末な理科による知識とを混ぜたバトルを書きます。三週間前から考えてきました。ちょっとした化学実験です。
もちろん今日中に投稿します!