第116話 掴め迅
「へぇ、いいこと聞いたわ。じゃあ、この鬱陶しい赤い私は、これ以上のことはできないわけだ」
ついにスキル持ちだと発覚した龍弐さんと奏さんに触発されてか、鏡花さんも本領発揮を決めました。
私はその意味を知っています。前に一度だけ見たことがあったからです。
レベルでこそ京一さんに及ばないものの、鏡花さんは前代未聞の、それこぞ全スキル持ち未踏の領域に達していました。
「セカンドスキル、発動」
「セカンドスキル!? な、なんだそれは!?」
すでに驚愕を通り越して、見ている私が憐れんでしまうほど狼狽する桑園。
片手でスクリーンを高速でスライドさせる鏡花さんは、ステータス値の下にあるスキル項目をタップし、入れ替えました。
私も詳しくは知りませんが、鏡花さんはスキル面でいえば、ここにいる誰よりも上にいると言えるでしょう。
ひとりにつきひとつとまで言われていたスキル概念の常識を、単身で覆してしまったのですから。
その広げた手の平の凶悪性は、敵対したものすべてに恐怖を与え、戦意喪失させるものでした。
「調子に乗るんじゃねぇわよ。………潰れろ」
彼女の装備たるダーツを必要としない猛威が発揮されました。
途端に赤い鏡花さんが動きを止め、見えないなにかに圧迫されているかのように悶えます。
鏡花さんはセカンドスキルを発動した際、炸裂した直後の複数の手榴弾を留めました。あの熱量をひとつに束ね、圧縮する。それによって私たちは助かったのです。
つまり、鏡花さんのセカンドスキルは───圧縮。
今まで鏡花さんのスキル、置換の座標を相殺して封じた赤い分身が、ベキバキと音を立てて歪み始めます。前後左右からの圧力で、胸とお腹が見えないなにかで押し潰されていくようでした。
鏡花さんのセカンドスキルからすれば、置換の座標軸を合わせるよりも、目にしたものをただただ封じていくそれの方が、圧倒的優位に立てるのは火を見るよりも明らかです。
すると赤い分身がダーツを投げ、放ったところと自分を置換しようとします。が、
「無駄よ。逃がさない」
鏡花さんは赤い分身がダーツを投げる前に、相手を潰しました。
凄まじい戦いでした。これがスキル持ち。公開されているランキング一位よりも上を行く者たち。鏡花さんは上位の枠を飛び出ていませんが、セカンドスキルを持っている以上、すでに一位の中神さんよりも圧倒的に上でしょう。
すると、京一さんにも動きがありました。赤い分身がどこまで強くなるのか、強者の高みから見下ろして観察して遊んでいたようですが、次々と決着を付けていくなかで、なぜか遊びを継続させているようにも見えました。
京一さんはステップを踏んで後退します。恐怖も痛みも感じない赤い分身は素直に京一さんを追います。
京一さんの行き先は───
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やるべきこと、優先ともいえる行為ではなかった。
これはただの直感だ。
もしかすると。という低いながら、俺を突き動かす正体を探りに後退した。
根拠はない。いつもどおりだ。突発的な動きに、俺がいきなり突っ切るから、乱戦に陥って消耗してきたチーム流星の面々は驚愕しただろう。
俺が探す奴はこいつらではない。元々桑園へ否定的だった奴らでも、肯定的だった奴らでも。
途中ですれ違った名都でもない。利達でもない。
ああ、いた。こいつだ。
「がふっ………」
無理に殴り合いなんてするから、もう限界に達した馬鹿野郎。迅だ。
「どうした、迅。もう終わりか?」
迅にとどめを刺すべく、顔面がボコボコになりつつも平然としている赤い分身に回し蹴りを放って遠ざける。もちろん追尾している赤い俺も忘れていない。スキルを使える両手は脅威だ。手首を叩いて逸らすと、ガラ空きなボディにストレートを放って、また遠くへシュートした。
「は、はっ………ざけんな………まだ、やれる」
「だよな。じゃあ立て。俺はお前に戦うことをやめろだなんて言わねえから安心しな」
「へっ………上等ぉ」
嬉しそうにしやがって。
すると、主人の危機を察知したのか、迅がスクリーンを操作していないにも関わらず、三匹のモンスターの幼獣が現れ、赤い迅が起きあがろうとすると一斉に攻撃を開始した。
「や、やめろ! なにしてんだお前ら! 逃げろ! お前らみんな、レベル10くらいしかないのに、レベル30くらいの俺に勝てるわけがねぇ!」
迅はテイムモンスターの参戦を認めず、スクリーンに戻そうとするも言うことを聞かない。操作を受け付けていない。叛逆かと疑ったが、赤い迅に敵対する以上、それに該当はしない。
「やめろ!」
「お前がやめな、迅。あいつら、お前の危機に駆け付けたんだぜ? 心意気を無下にすんじゃねぇ」
「ばっ、馬鹿言ってんじゃねぇよ! こんなレベル差があるのに、勝てるわけがねぇブアッ!?」
気付けば俺は、迅をぶん殴っていた。これには名都も利達も目を剥いて驚いていた。
「なに舐めたこと言ってやがる。この馬鹿野郎が。自分の仲間なんだろうが! お前が信じてやらねぇで、なにが仲間だよ。今のお前は、お前が分身と殴り合うのを止めようとした名都と同じだ。まずは受け入れろ。で、あいつらの気概を無駄にしたくねぇなら、一緒にテメェの分身を叩いてきやがれ!」
「お………おう!」
殴られたにしては、俺へ憤りを見せることなく、素直に従う。
立ち上がると、三匹のモンスターとともに赤い自分を殴りに行った。
そこに赤い俺が背後から強襲を仕掛けた。もういいか。面倒だ。
振り向かずに赤い俺の手の、小指を掴むとスキルで折り畳む。手首、腕、肩───と順に新しい関節を作ってやりながら、最後に首を掴むと胴に向けて折り畳む。沈黙すると粒子となって消えた。
「おい、利達。名都も。お前ら勘違いしてたかもな。まぁそれは俺もなんだけど」
「な、なにを言っているんだ!?」
「あたし、勘違いなんてなにも………」
「迅は能無しなんかじゃなかったんだ。ただ、自分でも気付かなかっただけだ。おかしいと思ったんだよな。調べた限り、通常のテイマーとは違うからさ」
通常のテイマーとの違いに気付いたのは迅の言動だ。
テイマーは経験値を契約したモンスターに分配するが、その比率は極めて低い。モンスターは冒険者に比べて育ちにくく、最初から高レベルのモンスターをテイムするに限るが、知能が高すぎれば裏切られるのが現状。
それと比較して、迅が契約したモンスターはどうか。迅のレベルが25で、モンスターが10以上。これがおかしい。通常の契約が働けばモンスターのレベルは半分くらいだ。
その結果、なにが言えるのかといえば。
迅は自分自身でさえも知らない能力に目覚め、それが経験値の分配に影響した。
「迅!」
「おう!」
「やっちまえ。お前の仲間が訴えるなにかに耳をすませて、従ってみな。答えてくれるはずだ」
「なんのことだがさっぱりだが、それくらいいつもやってる! 今こいつらは、手を貸すって言って………」
「それだ! 掴め、迅 お前の仲間に協力してもらえ! 弱く無いことを証明してこい!」
「お、おう!
迅の周囲にいるモンスターが、主人を見上げて、そして体に光を帯びる。その光が幼獣たちごと球体となり、迅のなかに吸収された時。
振り切った拳が、赤い迅がガードするために掲げた腕ごと消しとばした。
ブクマありがとうございます!
今回は迅を活躍させてみました。
テイマーという職業を私なりに理解し、魔改造を施した特別仕様となります。
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