第115話 チートですか?
桑園が京一さんのスペックを読みきれなかったのは、仕方ないと思います。
京一さんが以前言っていたように、やはり京一さんのステータスページの閲覧禁止機能を働かせたのは奏さんで、傲慢にさせないためと言っていたのですが………理由もやっとわかりました。
レベル52。それは全国冒険者のトップよりも上の、圧倒的な実力差を示す数字。こんなのを毎日見ていたら、傲慢にもなってしまいそうです。だってこのダンジョンで、誰よりも強いという証明なのですから。
そして京一さんの複製のスペックを読み違えた桑園は、奏さんの言うとおり、対象とする人物の記憶を抽出していたようで。不可能なはずです。なぜなら、京一さん自身、今日この時まで自分のレベルもスペックも知らなかったのですから。
当の本人さえ「マジかよ。俺、こんな数値してたのか」と驚き、笑みを浮かべていたほどです。
ここで、参考にとある人物のスペックを脳裏に浮かべました。
それは現在公開されている冒険者のスペックで、ランキング一位のテンペストセイバーというパーティを率いる人物でした。
【名前】中神冬里
【レベル】44
【年齢】28
【所属】テンペストセイバー
【体力】253
【攻撃】141
【防御】99
【敏捷】89
【総合耐久値】101
これが現在のトップです。ちなみに鏡花さんはさらにこの下に《【スキル】置換》が記載されます。
総合耐久値というのは展開すればツリー状となった様々な耐久値のことです。下仁田跡地では京一さんたちが防寒耐久値が低かった私を指導してくださったので爆上がりしました。
体力・攻撃・防御・敏捷にも展開すればカテゴリー化された項目があり、それに沿った形で鍛えて経験値を積めばそれらが上がります。公開されている五つの数値は、平均値でもあるのです。
しかし、それと比較して………京一さんはどうでしょう。
【名前】折畳京一
【レベル】52
【年齢】16
【所属】マリアチャンネル
【体力】471
【攻撃】348
【防御】398
【敏捷】282
【総合耐久値】667
【スキル】折畳
………はい。色々、おかしいですね。
なんですか。この訳の分からない数値は。
チートですか?
ランキング一位の中神さんのスペックと比較して、レベルがひと回り近く高いなら、中神さんのスペックの二割か三割り増し程度かと思っていたのに。
五つの数値が倍以上。総合耐久値なんて六倍以上。
頭がおかしくなりそうです。実際、おかしいのは京一さんなんですが。
いったいどんな鍛え方をすれば、こんな数値になるのでしょうか。
「えっ………は?」
桑園は瞠目し、変な声を出しながら後退りしました。
こればかりは仕方ないと思います。私だって声が出るとしたら、あんな感じでしょう。
しかし桑園の場合、自分で計算した数値の………多分、十倍はあったのではないでしょうか。
その時点で失敗を悟ります。
京一さんの相手をする赤い分身は、十割り増しで対抗したとしても絶対に勝てない。
両手を上げて降参したくなるでしょうが、それは彼にとって許されないこと。桑園に退路は用意されておらず、勝って通る道しかないのですから。
桑園は口を大きく開いて呆然としていました。
しかし、彼にとっての悲劇は、京一さんの逆襲がすべてではありませんでした。それは号砲に過ぎなかったのです。
私の視界の隅で、地面を跳躍して矢を射るという半端ではない身体能力をフルで行使する奏さんが、十本目の矢を使い終え、スクリーンからまた十本を取り出します。分身の赤い奏さんも十本を使い終え、自動的に矢が矢筒に装填されました。
ところがまた激しい撃ち合いとなり、すぐに十本目を射ることになったその時でした。共に外した矢が、お互いの足元に突き立った瞬間。本物の奏さんの矢が爆発したのです。赤い奏さんは爆風に晒されて吹き飛ばされました。
「ふむふむ。これで八割強は理解しました。もう十分です。龍弐! この複製たちは、装備の更新はできません! そして一度現れた複製は、京一くんのスペックを見た反応から察するに、正しいデータを入力して出現させるのに時間がかかると思われます! 要するに───」
「オーケー、奏さんやぃ。とっととぶちかませってことだねぃ」
「短絡的ではありますが、そのとおりです!」
奏さんの攻略データを基に、龍弐さんも動き出します。
龍弐さんは水面を走るほどの敏捷力と身軽さをすでに目撃されているため、赤い分身も同スペックの敏捷性を発揮し、龍弐さんの刀と正面から打ち合っていましたが、ついにそれも終わりの時が訪れます。
「桑園さんや。せっかく俺のデータを入力するために努力したところ、申し訳ないんだけど、今の俺って全然本気でもなんでもないんだねぇ。なぜなら………俺は本来、二刀流スタイルだからねぇ」
スクリーンから新たな刀を取り出す龍弐さん。
当然、それもリビングメタル製。
日本刀とは、本来刃をかち合わせることも、鍔迫り合いもご法度とされている剣であると、どこかの文献で目にした記憶があります。
なぜなら、切れ味を重視するあまり、柔軟性に富んだ良質な鋼と硬質な鋼を組み合わせ、刃を極限まで研いだ結果、非常に刃毀れしやすい剣となってしまったからです。人間の骨に当たっても砕けるともいいます。
私たちが普段、テレビやアーカイブなどで見ているチャンバラは、ドラマ性を重視したため、刀と刀をぶつけ合うシーンが多くなってしまったのだと思います。
が、龍弐さんの日本刀は違います。
奏さんと同じく、リビングメタル───生き続ける鋼で作られている刃は、刃毀れしたとしても瞬時に刃を修復してしまうのです。
その結果───
「へへーん。赤い俺くんやーい。………俺の剣戟に合わせられるなら、やれよ」
龍弐さんの姿が消え、赤い龍弐さんの背後に現れ、次の瞬間には一振りの赤い日本刀ごと切断された分身が、肉片となって転がり、霧散しました。
龍弐さんは普段から飄々としていますが、戦闘となると豹変し、人格が入れ替わったかのように冷たい言葉を使います。しかし味方である以上、その頼もしさといったら、形容できません。
「そう。合わせられるものなら、やってみなさい」
奏さんも分身との戦いに終止符を打つべく、矢を射ました。
ただ、その矢は普通ではありませんでした。前橋の地下で見たように、一矢が軌道上で分散したのです。
矢筒はこれで空となり、赤い分身がまた次の矢を矢筒に装填し始めますが、奏さんはスクリーンを開かず、素早く屈むと足元に転がっている石を握りました。すると、握られた石が淡く閃光を放ち、姿を変えていました。
石だったものが、矢になっていたのです。
赤い奏さんが矢筒から矢を取り出す時には、すでにストリングスを引き、射ていました。
強弓から放たれた一矢は、やっとストリングスを引いた赤い奏さんの眼前にあり、頭部を的確に射抜いたのです。
「加速………そして製造………まさか………マリアチャンネルの五人のうち、ふたりではなく………四人がスキル持ちだと………っ!?」
桑園は立ち尽くすしかありませんでした。
私も初めて知りました。
まさか、龍弐さんと奏さんも、スキル持ちだったなんて。
やっと出すことができました。龍弐と奏の本気を。その前触れはあったのですが。
龍弐は姿を消したと錯覚するほどの速度を出す加速。奏は石などを矢にしてしまう製造です。
マリアチャンネルが、さらなるカオスとなること間違いなしでしょう。
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