第113話 複製
「逃げてマリア!」
「いいや逃がさない!」
「いいやぁ、逃がすけどねぇ?」
マリアに迫る桑園に、追加でダーツを投げるもすべて置換は働かず。
ところが、マリアの背後ににゅっと現れた龍弐さんが、桑園がマリアに触れる前に抱きかかえ、まるでダンスを踊るかのように円舞した。
「そうか。それがあなたの───」
「動かないでくださいね? 脳漿をぶちまけたいですか?」
振り返った桑園の横で、奏さんが至近距離で強弓に矢を装填し、ストリングスを引いていた。
その背には矢筒があり、十本の矢が詰められている。いつもとは違う装備で敵対する。奏さんは桑園のすべてを警戒し、敵対すれば早速、攻略に移った。
「ふ、ふふ………」
「おかしいですね。私が考えるに、あなたが笑える状況ではないはずですが」
「いや、これは失礼。笑わずにはいられないんだ。なぜだと思う?」
「なぜでしょう? ………と質問したいところですが、大体はわかります。あなたのスキルでしょう?」
「そのとおり!」
至近距離で照準を定められても、桑園は余裕でいた。
こいつのスキルは奏さんが解き明かした。複製。つまりコピー。
和久が消えたそもそもの原因だ。
鏡花のスキルを無効化したのもスキル。スキルに対抗するにはスキルが手っ取り早い。
「鏡花ちゃんの置換を無力化した。それはつまりあなたが複製で、あなたのダミーを作った。鏡花ちゃんのスキルは難しいですからね。座標入力をしなければならない。動いている相手なら特に計算も難解となる。そこであなたは、座標を狂わせるために自分のコピーを使った。すると鏡花ちゃんの計算がずれて、置換が働かなくなった。いかがです?」
「これまた大正解! やはりあなたも優秀だ! ますます我が王国に欲しくなった!」
「それはお断りしたはずです。キモイ男に興味ありません。特に、現実ってものから逃げ続ける愚か者にはね。逃亡生活は楽しいですか? いつまでも追ってくる非情な現実から目を反らすのは、心身ともに非健康的な精神を養いそうですね。非情に不潔です」
「………ははっ。あなたの四肢を折れば、少しは俺を理解してくれるかな?」
「できるといいですね? 可能ならば、ですが」
「できるとも。ほら、このとおり!」
その時だ。桑園の頭部に向けていた奏さんの強弓が、なにかに弾かれた。
「………おやおや。今度は人形遊びですか? いい年をして、恥ずかし気もなく」
桑園のスキルの真の姿が現れる。
奏さんの強弓の照準が外れると、大きく後退する桑園。その退路から、次々と見覚えのある赤い人影が現れた。
「な、なんですか。あれ………」
「俺たちの複製みたいだねぇ」
次々と出現する赤い複製は、チーム流星のメンバー全員と、俺たち五人を象った。
それについてはひとつの合点がいく。なぜすべて、肌も服も髪も瞳も赤一色で統一されているのか。
それが大量に複製を出現させる限界だからだ。昨日の和久は細部まで色彩を再現されていたが、消滅するまで単体だったから再現を可能としていた。喋らない人形なら、それ以外を配慮しなくてもいいものな。
「はははっ! 見るがいい。これが俺の理想図だ。俺の言うことを疑わないし意見もしない。俺の指示に忠実に動き続ける兵隊どもの姿を!」
「くっ………やはり、こうなったか。総員、戦闘態勢! 来るぞ!」
名都が叫ぶと同時に、赤い複製が襲い掛かった。
桑園の兵隊たちは、ひとりとして連携を取ろうとしない。
この動きは、間違いなく個人戦を想定したものだ。
現に俺と鏡花の複製は、迷うことなく俺は俺へ、鏡花は鏡花へと、躊躇いなく疾走している。
かつてない迎撃に、チーム流星は多少の躊躇をしたが、瞬時に果断し、自分に襲い掛かってくる複製を迎え撃つ。
「な………なに、こいつ!?」
入り混じり、混乱する複製との戦いのなかで、逸早く異変に気付いたのは利達だった。
「この赤いあたし、あたしと同じ動きをしてくるよ!?」
まるで合わせ鏡だ。と、赤い俺が付き出す右手を左手で受け流しながら思った。
「そのとおり。俺の複製は、正確にお前たち自身のスペックをコピーした! 癖や呼吸だけではない。そのステータス値までも同一となっている! もちろんスキルもな!」
面倒くさいことしてくれやがって。
だから祭刃神拳も通用しないわけだ。
こうして敵対するとよくわかる。
俺は近接格闘戦しか能が無い。それをカバーすべく敏捷力を上げた。
すると、赤い俺もなんの躊躇いもなく接近する。スキルを封じるためには両腕を破壊すれば終わる。だがそんな不利な状況になることも臆さず、躊躇いもなく両腕を突き出してくる。イカレてやがる。
チーム流星の面々は必死に自分と戦う。名都はスキル───衝撃波を飛ばして応戦するも、赤い名都も衝撃波を飛ばして相殺している。利達は加速する回転ナイフを投げるも、ことごとく同じ軌道で弾かれた。迅は───ああ、あれは酷い。一歩も退かないインファイト。回避もせずに殴り合っている。
「ははははははっ! 踊れ踊れぇ! 自分に殺されろ! さぁ、準備運動は済んだかな? これからちょっとした余興に移ろうか。お前たちのコピーのステータス値を、一割ほど上げてやる。レベルもな。これでお前たちは、少しだけ強い自分と戦うこととなる! 拮抗状態に入ったと思っているだろうが、それは違う。俺がいる。俺の横からの攻撃に、いつまで耐えられるかな?」
面倒がさらに増える。どおりで赤い俺の動きが少しだけ冴え始めたわけだ。チーム流星の面々も苦戦し始めた。
「はは………これは予想外といえば予想外かな。どうやら俺は、若干見誤っていたらしい」
ここで初めて桑園の笑みが引き攣る。
理由はたったひとつ。
今日という日まで、同じように他人を嵌めたのかもしれない。そりゃ、自分と同じスペックをしたコピーが相手になれば苦しくもなる。それを横から小突いてやるだけで耐久値もグンと下がり、策略に嵌められた被害者は総じて倒れただろう。
だが、桑園の見誤りはすぐに露見した。
俺の仲間たちだ。
残念だったなぁ。桑園。
もう、なにひとつとして思い通りにはさせない。攻勢などにしてやるつもりはない。
桑園は結局、俺たちのことをひとつも理解していなかった。
スペックが高くなったところで、俺たちは負けない。………あー、いや。例外がひとり。
「えいっ、痛! えいっ、痛! えいっ、痛!」
マリアはいったい、なにをしているのだろう。まさかここまで戦闘能力がなかったなんて。
マリアにももちろん複製がつく。だが忠実に再現したせいで、マリアの低いスペックや戦い方まで真似ている。多少スペックが向上したくらいで、決定打を放てない彼女は、複製とポカポカ殴り合っていた。幼稚園児同士の取っ組み合いの方がまだマシに思える。
「修正しなければ………なら、二割でどうだ!」
全体的に複製の動きが俊敏となる。ついに決めにかかって来やがったか。
俺たちならまだしも、チーム流星の面々の勝機が削れて危うくなる。
こりゃ早期に決着をつけて、桑園を殴りに行ったほうが良さそうだな。
ブクマ、評価ありがとうございます!
気合いを確かに受け取りました!
四回目です!
やっと書けました!
ですが………ですが、まだまだこんなもんじゃないはずです!
最低回数の四回目という限界を、超えてみせたい!
今一度お願いを申し上げます! 今日、五回目の更新を可能とするには作者の指の加速と、執筆と同時に構築する発想と、皆様からのブクマ、評価、感想の応援があれば………やれると思います。先週や先々週も四回でした。今週こそ限界を突破してみたく。皆様からの熱い気合をお待ちしております!