第112話 モンスターゴッドチャイルド
頼んですらいないのに、勝手にペラペラ語り出す桑園。
まるで推理小説の終盤のよう。追い詰められた犯人が動機を自供する瞬間。ただ、こいつにだけは感情移入できねぇ。
「やはりお前は、チームを転覆させ私物化するのが目的だったのか」
「私物化なんてとんでもない。俺の目的はもっと先にある。チーム流星をもっと勢力拡大し、あんたを王に仕立て、裏から国政を牛耳る。これが理想だったのにさぁ」
「馬鹿げたことを。お前は自分の国を作るつもりでいたのか?」
「そうだぜ? だってよぉ、世の中馬鹿ばっかじゃん。優秀な俺を理解できない馬鹿。そういうのいらねぇんだわ。このチームにもまだ何人かいるようだし、足利ゲートを抜けてからも順番に処分する予定が………ハァ。マリアチャンネルの連中は、全然こっちの罠にかからねぇしよぉ」
なんて自己中心的な野郎だ。
実は俺は、こういう奴が大好きだ。
なぜなら、殴ればスカッとするから。躊躇いもいらない。罪悪感もない。世直し。ゴミ掃除。なんて気持ちがいい。
御影が敗走し、俺のところに到着した時なんて最高だった。ああいうクズをボコして絶望させるのがたまらない。
「桑園さん。あなたがすべての元凶。そうですね?」
「んあ? まぁ、そうなるな」
「………哀れなひと」
「おい。俺をそんな目で見るんじゃねぇ。お前は優秀だが、優秀だろうとこの俺に逆らうのは許さねえ。だが今からでも遅くはねぇよ。奏さん。俺のところに来い。俺が作り上げる王国で、馬鹿を奴隷みたく従えて、日本をより良くしねぇか?」
「興味ありませんね。あなたにひとが従うとは思えない」
「そんなことはねぇと思うがなぁ」
「決まっています。なにより私は、私より弱い殿方に組み敷かれるつもりはありません」
「………へぇ」
奏さんの拒否に、桑園が目の色を変える。
雑魚と貶された怒り。そして奏さんを組み敷きたくなった、男としての本能か。どちらにせよ馬鹿のやりそうなことだ。
「桑園。………なぜ、こんなことを? 自分だけの国など………」
「作れるはずねぇってか? いいや、やってみなけりゃわからねぇ。なんたって、このダンジョンって場所は表向きは政府の管理下にあるが、そんなの行政が勝手に宣ってるだけじゃねぇか。土地の権利書なんて二百年前にとっくに消失してるくせによ、一度見放したくせに冒険者が攻略を開始した途端に世界各国に向けて所有権を主張しやがった。だがそこになんの意味もねぇ。だったら俺が宣言してやるよ」
「このダンジョンをお前の王国にするつもりか!?」
「ああ、そうだよ。俺ぁいずれ、全冒険者どもの頂点に立つ。………それで、見返してやるのさ。俺を裏切ったあのジジィとババァに!!」
「それは………そうか。お前の両親のことか」
「もう両親だなんて思いたくもねぇけどな!!」
名都は多少は事情を知っているようだった。マリアが説明を願う視線を向けると、名都は首肯する。
「桑園は学生の頃、傷害事件で逮捕されている。その後、強盗や詐欺を働いて、三犯が付いた。最初と次は両親が引き取りに来たが、ついに最後には来なかったそうだ。見限ったのだろう。………というのがチャナさんの報告にあった」
本当、よく調べたもんだ。ダンジョンのなかにいるのに、どうやって調べたんだろう。外へ連絡できる手段を持っていて、探偵を雇ったとか。それなら可能かもしれないが。
それにしても桑園も面白い奴だ。
俺みたいな歳の頃から犯罪に手を染めて、見限った両親を今でも恨んでいるのか。前科三犯もあれば、そうしたくなる両親の気持ちもわからないでもないが。
「ふーん? 桑園誠。二十八歳。前科三犯。医者の父と教師の母の間に生まれ、神童と呼ばれるほど優秀な成績を収める。しかし高校は中退。初犯は自宅近隣の工事現場で勤務する男性たちを暴行した罪で逮捕。その後、中退となるまで万引き、強盗で逮捕。未成年者であることを配慮し、両親が慰謝料を支払うことで和解。中退したのち傷害と詐欺などで三犯がつき………両親が慰謝料を払うも、引き取りを拒否。放浪する。………へぇ。典型的なクソ野郎じゃん。面白ぇー」
龍弐さんが名都が持っていた封書をパッと拝借すると、内容を読み上げる。
両親がすべての慰謝料を支払うとか、気の毒すぎる。
そりゃ見限って正解だ。もう手の付けようがないのだから。
「面白いか? 面白いだろう。あのジジィとババァは、俺がなにをしようと一度も叱ることはなかった。それが神童たる俺のみに許された権利だ。だというのにあのふたり、最後の最後で裏切りやがった!」
一度も叱られなかった?
そりゃ愉快だな。なにをしようと叱られないとか、あり得ないだろ。まさか注意すらされたことがないのか?
………前言撤回。桑園の両親への同情は消去。
つまりこのモンスターゴッドチャイルドは、叱責どころか注意もされず体格だけが大人になった。精神面は永遠にモンスターゴッドチャイルドのまま。こんなモンスターを生産したのは、こいつの両親だ。両親の過剰な甘やかしが、こいつの歪み切った性格を作り出した。
悪いこと───犯罪を犯罪とも思わず。留置所、あるいは刑務所にいる時は表面上の謝罪と反省を繰り返し最短で出所したに違いない。
三度目で異常な教育と気付いて、やっと自分で責任を取らせようとするも、もう遅い。珠のようなモンスターの完成だ。
で、名都に拾われて、やっていることはここでも変わらなかった。詐欺と扇動。埼玉ダンジョンのなかで自分に都合のいいパーティにするべくコントロールしていやがった。
まぁ、そんなものは関係ない。
こいつがなにかしようものなら、ボコす。それだけだ。
「桑園。私にできるのは、お前に引導を渡すだけだ。このチームの参謀を務めてくれた友へ。投降してくれ。悪いようにはしない。栃木ダンジョンにて、然るべき機関へ委託する」
名都は重苦しく述べた。実際、チームに入ってから何度も頭脳に頼り、難所を乗り越えたことから友と思っていたのだろうが、桑園はそうではなく、ただの傀儡としか見ていなかった。
悔しさのあまり拳を震わせる。「抵抗してくれるな」と訴えかけていた。
現在、群馬、栃木、茨城ダンジョンには政府管轄の冒険者が犯罪者を捕えるという名目で各所で活動している。通報すれば駆けつけ、拘束しているなら引き渡す。逃亡したなら追尾するという仕組みだ。
御影が龍弐さんにボコされて引き渡されたように。桑園も名都の手によって引き渡される。
だが、こういう人種というのは「大人しくしろ」と警告しても、大人しくなった試しがない。
「断る。知られてしまったのなら仕方がない。俺はまたやり直す。別のカモを引き当ててな。………だが、そうなると不都合が多い。例えば映像記録データ。ああ、今のやり取りを記録してるなら、それもか。寄越せ」
桑園はマリアに手を伸ばす。従わないなら人質にする動き。
「鏡花!!」
「わかってるッ!!」
俺では間に合わない。鏡花を頼った。
鏡花はいつでも投げられるよう、両手にダーツを構えていた。右手で一本を投げる。
「鏡花さん。あなたの動き………特にそのスキルは、攻略しやすい」
「なに!?」
投げたダーツと、桑園を置換する。それが鏡花のスキルの応用だ。
しかし桑園は、鏡花のスキルをすり抜けた。置換されていなかった。
三回目です!
次回は夜のいつもの時間に。最低四回はできるのですが………皆様からのブクマ、評価、感想をいただければ五回目の更新ができるかもしれません!
作者に気合を入魂していただけると嬉しいです! よろしくお願いします!