第108話 ここまで来れば一蓮托生
だが今から和久を探している余裕はない。
俺たちの他にも、数人のオフェンスが辺となる部分に配置され、警戒を行ったが、和久の姿を見ていないという。
仮眠を取るため交代した際に、見落としがあったか。ともあれ、そんな反省をしている時間もない。
名都は即決した。
「和久は明らかに異常ではあったが、決して頭の悪い奴ではなかった。錯乱していたとはいえ、きっと………保身に走っただけだ。どうせ、自分ひとりだけ助かるために足利ゲートへ向かったに違いない。なら、都合がいい。和久に一足先にゲートが無事かどうか確かめてもらうとしよう」
それが冗談であることくらい、全員理解している。
希望的観測。楽観視。ご都合的展開。どれもすべて当てはまる。
だがそう言い聞かせなければならない。和久は足利ゲートに先に向かったと自分に言い聞かせなければ、交友関係があった数人が、今にも追いかけようと後方へ走り出しかねない。
それをしないのがチーム流星だ。埼玉ダンジョンからここまで敗走した経験。それはチームの誰かを犠牲にした結果だ。犠牲に慣れてしまっている。
なぜあの時、ディーノフレスターの足音が止んだのか。もしかするとあのタイミングで脱走したところを捕食されたか。そんなことは誰も口にしなかったが、簡単に結びつく因果だ。
俺たちは支度を終えて、足利ゲートへ出発した。荷物はすべてスクリーンへ収納し、身軽ではあったが、どうにも足取りが重かった。
「奏さん」
「はい?」
疲れこそ感じさせないが、いつもより元気がない応えが返る。俺たちは今、隊列の後方にいた。
「上がります。名都に用があるので」
「わかりました。手短に」
チーム流星が群馬ダンジョンでの敗走の最終日のミーティングをしている間に、俺たちも別の場所でミーティングを行って情報交換した。
そしてひとつの仮説を得た。証拠はないし、選択肢も絞り切れていない。だが絞るために名都と話し合う必要があった。
奏さんの承諾を得て、隊列の前方に上がる。
「名都。ちょっと来い」
「………なにか?」
「説教だ」
「………今さら?」
「いいから来い。俺たちの現状について教えてやる」
今さら考えなくてもわかることだが、仲間を見殺しにした名都は、酷く消耗していた。日に日に生気が抜け落ちていくような印象だったが、最終日なんて特に酷い。
チーム流星はひたすら無言で歩いていた。まるでゾンビの群れだ。すべての希望を失ったような顔をしている。名都を呼び止めても、視線で追うだけで、俺に敵意を向ける者は誰もいない。もう考えることすら放棄して、またいつ来るかもわからない蹄の音を恐怖していた。
名都を岩場の上に登らせる。で、俺たちふたりは見晴らしのいい場所を歩きつつ、昇降を繰り返して会話をすることになった。
「………説教とは? 部下のひとりさえ守れなかった私に、なにを今さら。あなたの言うことはすべて正しい。愚かな私に、啓示できるのならしてみればいい」
「自棄になんな。なんだよ。本気で説教するかもって思ってたのか? 違ぇよ」
「なに?」
「昨日の続きだ。ここなら誰も聞いちゃいねえよ。チームが分割するかもしれない。で、その続きは?」
「ああ………だが、そんなことを今さら」
「言えよ。無駄になるかならないかは、俺が決める」
「………わかった」
名都は自棄になり続け、思いの丈をすべて打ち明けた。なにが不満なのか。なにが要因だったのかを。隠すことなく。
これで半分絞れた。あと少しのヒントがあればいい。
そう、例えば………
「利達」
「あ………京一先輩。お疲れさま」
「おう。お疲れさん」
昼飯のために進軍を停止し、疲労して棒のように硬くなった足をほぐす者たちが続出する。また犠牲を払ったといえど、疲労と痛みだけはしっかり知覚し、短時間で解消すべくそれぞれ処置をする。もう日課となっているから、無心で取り組んでいた。絶望はあれど自分の役割だけは見失わない。上位レベルの冒険者パーティだとわかる。
俺は靴を脱ぎ捨て、座り込んだ利達の前に腰降ろした。
彼女はこのパーティのなかでスキル持ちゆえに最高戦力の一端を担っているといえる。ただ最年少組のひとりで、多大の犠牲を出した上にまたひとり失った絶望で、持ち上げた顔にある瞳は濁りかけていた。
「疲れただろ。楽にしてな」
「い、いいよ。汚いよぅ」
「楽ができるのは今のうちだけだ。数年後には、年下の奴にこうやってケアしてやるんだな」
「う………うん」
俺は濡らしたタオルで利達の足を拭ってやる。その後で軽めなマッサージを行う。
「京一先輩だって疲れてるのに。あ、じゃあこれが終わったらあたしがマッサージしてあげるね」
「後輩にそんなことさせるかよ」
足がほぐれると、いつもの調子が出てきた。
もう先輩と呼ばれるのも慣れてきて、いつしか俺も利達を後輩として認識するようになった。本来なら逆なのだが。
俺の指使いにすっかりご満悦な利達は「あー、そこそこ」なんて言いながら調子に乗る。
今なら問題ない。幸い、利達は弱いところを見られたくないと、メンバーから見える位置だが、少しだけ離れた場所にいた。名都と桑園は奏さんと龍弐さんが会議をすると言って連れ出している。
見張りには鏡花とマリアがいる。昼食の配膳に協力しながら。
「昨日の夜、俺になにか伝えようとしただろ?」
「あ………」
緩みかけていた表情が引き締まり、そして悲嘆に変わる。
「なにが言いたかったんだ? 教えてくれ」
できるだけ安心できるよう、優しく尋ねる。俺らしくない尋問だが、利達はまだ俺にしか懐いていない。我慢一択。
「昨日ね」
「ああ」
「見ちゃった」
「誰を?」
なにを? と聞かないのは、利達に方向を示してやるためだ。この方が手っ取り早い。
これによって利達は、俺がなにを知りたいのか察知してくれた。ますます表情が曇る。
「あ、あのね。京一先輩。多分………多分なんだけど、あたしまだ信じられなくて。これがもし現実なら………あたし、あたし………っ」
「落ち着け。大丈夫だ。なにがあっても俺が守ってやる」
慌てる利達の肩を掴んで宥めてやる。そうでもしなければ、利達は今にも立ち上がって悲鳴のように叫んでいただろう。
少しだけ冷静になった利達は、震え縋ってきた。今だけは拒まず受け入れる。
「あたし………怖い」
「なんとかしてやる。信じてくれ」
「うん。京一先輩を信じる。あの、あのね………」
呼吸を整えた利達はゆっくりと語り出す。
俺たちが知りたかった真実───最後のピースを。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「和久………くそ………クソッ!!」
欠片でも信じ、縋った虚構が打ち砕かれた。
夜明け前に拠点を脱走した和久は、足利ゲートが見えた場所にはいなかった。
きっと、先に行ったのだ。という限りなくゼロに等しかった希望が消え去り、名都は愕然としながら膝から崩れ落ちる。
だが倒れることは許さなかった。俺が腕を掴んで立たせる。
「京一さん………済まない。世話をかけた。マリアさんたちも。………あなた方がいなければ、我々はここにはいなかっただろう。本当に感謝している。だが………申し訳ない。あなたたちに支払うべく我々の資金が、あの旅の影響で尽きてしまって………チャナさんからの百万円しか渡せない。しかし必ず残りはいつか振り込む───」
「いや、別にそれはいい。なぁ、名都。実は俺たち、やり残していることがあるんだ」
「───なにか?」
多分、チーム流星にとってはショッキングな話になるだろう。
だが始めなければならない。ここまで来れば一蓮托生。それに達成していない依頼もある。果たさなければな。
ブクマありがとうございます!
なんか推理っぽい展開になってきました。
よくある「ざまぁ」を目指したく、試みてみました。
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