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第107話 長い夜

「マリアっ………!」


「ごめんなさい。どうしても心配で」


「無茶しないで。京一がやられるはずないでしょ」


 本陣まで戻ると、マリアを鏡花が回収する。相当心配していたようで、ハグして感触を実感していた。


 嬉しいこと言ってくれるじゃんか。そこまで俺を信頼してくれたか。


 だが今はそれを言っている場合ではない。まだディーノフレスターの足音は鳴り続いている。


 それに名都が回収した和久についてもだ。


「名都。和久はどうした? なんでこんなに落ち込んでる」


「それが………私にもわからない。追いついたら、この有様だ。なにを言っても反応を示さない。まるで抜け殻のような放心状態だ」


 和久は口を開いて呆然としていた。心ここにあらず。といった表情で虚空を見つめている。


 一応、引っ張ればその方向に動くらしく、仕方なく腕を引いて本陣までともに撤退したわけか。


「和久のことはこちらに任せてほしい。それよりも今は迎撃を」


「わかってる。全員回収しな。俺たちが前に出る」


「………済まない。マリアさんはこちらで預かる。私と利達で囲んで防衛をしよう」


「頼んだぜ」


 俺たちの大切なボスを誰かに預けるのは、どうしても御影のクソッタレ野郎のことを彷彿とさせるが、今はとやかく言っていられる状況ではない。


 俺はマリアたちのところに戻り、奏さんの指示を求めた。


「違和感があります」


「やっぱり、奏さんも?」


「ええ」


 奏さんは優れた視力と聴力をしているだけあって、遠くのものを知覚する才能に長けているし、スキルによってさらに底上げされている。


 違和感とはこの音のことだ。


 俺も同じ結論に至る。誰よりも近くで聞いた。そんな感じがしたからだ。


「なんかこの蹄の音、トーン高くね?」


 軽口を封じたといえども、調子はそのままの龍弐さんが小指で耳をほじりながら言った。


「なんか、身近なもので再現できそうな音ですよね」


 マリアも結果的に俺に近い場所で聞いた。それによる分析は的を射ている。身近なものとはいえ、それを再現しろと言われても、なにで再現するのが最適なのかまでは判明してないが。


「あの威圧感も無いし」


 鏡花が唸る。


 俺たちの結論はすでに出かかっているが、それがフェイクという可能性も捨てきれない。


 今夜は長丁場になることを覚悟しなければならないようだ。


「マリア。お前の保護は名都がやってくれる。夜食の準備頼む。あ、材料を出すだけでいい。調理はあいつらがやるだろ」


「そうね。マリアは他のことに集中して」


 このパーティで唯一戦力を持たないマリアは、特技の配信も封じられ、いよいよ無力感で焦り、さっきのような迂闊なことをしないよう、釘を刺す意味で役目を与える。


 後方支援も立派な仕事。ついでにデバフ効果が満載なダークマターは食べたくないので、鏡花とともに食材提供だけを呼びかけた。


 マリアはこれならチーム流星の幹部たちが合同で使う本陣のテントに収容される。迅と利達が迎えに来た。


「では、私たち四人で四方を固めます。近すぎず、遠すぎない場所で個の拠点を防衛しましょう。なにかあったり、見えたりしたら叫んで報せること。明日の朝の出発時間がリミットです。名都さんにも警戒任務に当たってもらいます。交代制で私たちのうちひとりが仮眠をする時間を得るためです。おふたりとも、名都さんにそうお伝えください。最初は鏡花ちゃんが。二時間後に。龍弐は腕の怪我がまだ治っていないのだから無茶はしないで。京一くん。申し訳ありませんが、戦闘になれば私たち三人で止めるしかありません。前線は任せましたよ」


 奏さんの指示に、俺たちは応えを返して配置に着く。


 移動の途中、利達に腕を掴まれて振り返った。


「どうした?」


「あ、いや………その」


「うん? 悪い。時間がないんだ。手短に頼む」


「えっと………」


 身を捩りはじめる利達。まるでなにか重要なことを伝えたいのだが、別の感情が邪魔をしているよう。


 これは緊張───いや、恐怖?


 それがなんであるかにせよ、時間がない。緊張をほぐしてやろう。


「愛の告白か?」


「ち、違うよ!」


 ギョッとする利達。ついでに迅も。なんで迅まで慌てるんだか。


「あのね、京一先輩。伝えたいことがあって」


「愛を?」


「だから、違うって………ああ、もう。どう伝えるべきかなぁ」


 葛藤が邪魔をしているようにも見える。伝えればなにかが壊れる。それを恐れている感じ。


 すると、利達の横に知った男が立った。


「なにをしているのですか利達さん! マリアさんを本陣へ護送してください!」


「桑園さん………」


 悲しそうな顔で桑園を見つめる。対する桑園は、しっかりとした意思を持った顔で首肯した。


「大丈夫ですよ。京一さんたちを信じましょう。さ、お早く」


「ああ。信じろって。マリアを頼んだぜ」


 利達の肩を叩き、そして迅の胸を拳で軽く突く。


「お前もだ。いざとなればお前も出ることになる。………マリアを頼む。お前にしかできないことを全力でやれ。信じてるからな」


「………おう!」


 迅の奴め。意外にも嬉しそうな顔をしちゃってまぁ。利達も驚いている。


 それから俺たちは、長い夜を変わり映えもしない空間を見て過ごす。


 相変わらず淡い緑色をした不思議な空間だ。岩と水しかない。夜になれば魚人は引っ込むし、物音と言えばディーノフレスターの足音くらいだ。一時間、二時間、三時間───と経過しても、まだ鳴っている。


 途中で差し入れをしに、チーム流星のオフェンスが来た。本陣でマリアが提供した食材を使って、色々作っているらしい。体力と根気で勝負するに相応しい軽食だ。


 ただ、なんというか量が少ない。


 当然か。チーム流星も軽食をして、一睡もせず警戒しながら夜を明かす。なにか食べなければ体力が持たない。


 食事担当もいるらしいが、味も平坦というか。満足できない。逆にフラストレーションが眠気覚ましになっている気もする。


 で、別の差し入れ担当が入れ替わった際、ドリンクを手渡されると同時にメッセージカードも受け取った。


 龍弐さんからだ。見張りをしなきゃいけないのに、なにやってるんだか。


《料理人、欲しくね?》


 と短文であることが幸いしたが。 


 そしてその主張は、大いに賛同できるものだった。大量生産を得意とし、味に飽きさせない料理人。二百年前に世界規模で流行した海賊の漫画でも、そんな超一流のコックを得る展開があったような。ちなみに俺はあのシーンが大好きだ。


 ちなみに龍弐さんは航海士。奏さんは船医だったかな。


 おっと。今は集中しなければ───






   ▼ ▼ ▼ ▼ ▼






 翌朝。最終日となった。


 味の決まった軽食を何回か食べながら集中力を持たせたが、仮眠程度では疲労が拭えない。


 流石に集中力も途切れてきた。なぜなら、午前三時頃に足音が消えたからだ。


 あれで一度緊張が取れたが、油断はできない。またすぐに足音が鳴るかもしれない。まだ近くにいるかもしれない。と参謀の桑園が気合を入れ直した。


 だが出発一時間前のこと。警戒を一部解除して、いよいよ目前となった足利ゲートへ向かうため準備を始めた、その時。


 仮眠から叩き起こされたのか、名都が慌てて外に出た。


「大変です! 和久が………和久がどこにもいません!!」


 なんてことだ。あの野郎、放心状態の次は失踪かよ。


 見つけ次第、奏さんによる折檻が必要だな。


ちなみに作者が好きなのはアニオリですがキュイジームアラカルトです。あれ作りたいです。作者にも料理人をしていた頃がありましたので、憧れています。


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