第10話 消滅した東京
二百年前。とある日。季節は初春。
日本は国の要、首都である東京を失った。
政治、経済を回していた首都の消失は日本を一瞬で絶望と混乱の渦に叩き落とし、混沌とした事態は刻一刻と深刻化する。
人智では手に負えないようなパンデミックの発生。二十年前に発生したウイルス性のパンデミックの比ではない。拡散の時間が何万倍だった。あっという間に死が日本を襲う。
混乱する行政。神は迷走する人間など気にもせず、いやむしろ楽しむかのように様々な試練を与えた。
関東平野が消失した。
いや、消失というのは名称だ。
関東地方は周囲の地方を巻き添えにして、超立体的構造体へと変貌した。
まるで要塞を思わせる岩の塊。隆起した地表が周囲から関東を隔絶させる。
二百年前のパンデミックのなかで富士山の山頂から撮影された映像記録がアーカイブに残っている。
なんと、関東地方は富士山から見上げなければならないほどの高度に達していたのだ。
福島、長野、山梨など近郊の県をも巻き込みながら隆起する大地は、段階的に天空へ挑まんとするように伸びていた。
内陸から確認できただけでも茨城、栃木、群馬、神奈川が平均四千メートルに達する全高。つまり富士山を超越する標高。
埼玉と千葉は七千メートル。そして中心に座す東京は───不明。推定では一万メートルとされる。エベレストを超える標高だろうと言われる。
不明とされる理由は、タワー状に伸びるダンジョンは途中から分厚い雲に覆われていたからだ。その雲はいつになっても消えず、必ず旋回し続ける。それにより東京は隠されていた。加えて航空機などの空路で侵入を試みようとするも、必ず事故が発生し墜落する。理由は不明。
だが日本は首都を失っただけで、なにもかもを無くしたわけではない。国民の生活の基盤は病魔に侵されつつも新たな総理大臣が幾度となく立ち上がりリーダーシップを発揮。あらゆる手段を用いて諸外国と交渉や援助を受けながら整えた。
東京含め関東地方全体のGNPを一挙に失ったことで先進国から衰退する一途を辿る運命なのかと絶望したが、日本のみに蔓延る病魔の影響で外国は物理的に日本に手が出せず支配できなかったことが幸いして、かなり長い年月の猶予を得ることができた。
そして奇跡が起こる。
日本人は病魔を克服した。総国民の半数を犠牲にしながらも、打ち勝つことができた。
奇跡は連続して発生する。病魔に打ち勝った国民が、新たな能力を獲得した。最初こそ周囲に比べればほんの少し頑丈な程度の認識で、後にトラックに撥ねられるという凄惨な事故が発生するものの、受け身も取れず後頭部を地面に叩きつけられた少女は即死するどころか、無傷で立ち上がったのだ。そこから研究が進み、著しく新技術を獲得。
諸外国から言わせれば、「死の国だった日本から発生した新人類。あるいは化物」のような印象だっただろう。
それから数年。起こりえる最大の僥倖。
消失したはずのGNPの補填。
その数値は失った数字の約五倍にも達した。
即ち、盤石なものにすべく奔走した影響で、触れることができなかった関東地方の調査。自衛隊の出動。内部を探索し得た結果。出してしまった犠牲。発見してしまった未知なる敵と脅威。そして───見たことがない資源。それも大量。湯水がごとく。
日本は古来より資源に乏しく、材料は他国を頼り仕入れるほかなかった。
だが他国と比肩するほど台頭した理由は優れた技術を持っていた。日本は技術大国として知られ、パンデミック前も、その後も、世界に名を刻むことになる。
同時に忘れてはいけないことがひとつ。
日本人が諸外国から「新人類」だの「化物」だのと呼ばれるようになった原因。
病魔がすっかりとなりを潜めるようになった頃に付けられた名称。
それが「エリクシル」である。
未知なる元素。日本国民の半数を死に至らしめておきながら急に手のひらを返した奇跡の粒子。
神から齎された奇跡の産物。
諸説あるが、一番納得がいく説が「克服さえすれば現代医学では治療不可な難病でも完治が可能」ことからエリクサー、第五元素、賢者の石、と同義語である万能治療薬の名称であるエリクシルを選んだのではないかとされる。
日本は変わった。
能力を得て、政府から認められれば児童であっても働くことができる。
逆に能力を開花できなかった者たちとの軋轢も生じ、新たな首都である西京都で暴動が発生したほどだが、それはダンジョンには関係のないこと。
冒険者は未成年が四割弱を占めるようになり、様々な形態で国に従事するのだった───
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───というのが、俺の面倒を見てくれた姉のようなひとから毎日復唱させられた教科書の内容。
最近になってやっと意味がわかるようになったが、専門用語は未だわからない。ジーエヌピーってなに? 冒険者流の新しいギャグかなにかですか? ってな具合に。
そんなことだから「京一は相変わらず馬鹿だなぁ」と周囲の大人たちにからかわれる。仕返しはしてやったが。泣きながら詫びに来るくらいは。
もうなにも見なくても暗唱できるようにはなったが、それでも今になって役に立つ情報はある。
日本は資源が豊富になったこと。
例えば、そう………少し進んだ先で、通路の壁に注意して見なければ見逃してしまうくらいの光るなにかを発見。
俺はそこを調べ、直接ぶん殴る。すると壁が剥がれ落ち、埋没していたものが姿を現す。
「………おっ。やっぱりだ。エリクシルメタル。純度は………うーん、三か。キロ………四万くらいはするか」
ダンジョン内部には希少なものから豊富に採取できる素材がある。
採取を禁じられたものもあるが、それ以外なら山のように持ち帰ることも可能だ。
俺が発見したのは希少ではあるが、希少とされるなかでも発見率が高く、単価も純度によって大きく変動する鉱物だ。
純度は最大が十。これは三であるため、驚くほど高くはない。
崩れた壁に転々と埋没するエリクシル粒子が混じる鉱物に、スクリーンから取り出した白い粉を振りかける。
すると予想どおり、半分以上が変色、あるいは変形した。それらは採取しても意味がない───というより、推奨されていない。初心者は手を出してしまいがちだが、予習を済ませた俺だからこそ手は出さない。
壁に指を突っ込んでエリクシルメタルを引き出す。案外重い。
「………八キロってところか。それが三つ。………ハハッ。日雇い労働してたのが馬鹿みたく思える儲けだな。こりゃ、誰もが魅了されるわけだ。こんな鉱物を採取しただけで、月二十万くらいの稼ぎを一日で賄えるんじゃなぁ」
俺も魅了され始めたわけだが。
しかし今回は運が良かっただけだ。採取できる素材は普通に単価が安いものが多いし、まったく採取できなかった不漁な日もある。そうなると一攫千金を狙う冒険者たちが詐欺まがいな別な仕事を始めてしまうわけで。錯綜する情報よりも自分の目を信じて進む方が効率がいいと俺は信じている。
「………おっ。兄ちゃん、いいとこ見つけたなぁ。エリクシルメタルかぁ。すっげぇ量じゃんか」
「あ? ………別に。大したことはないさ」
面倒なことといえばもうひとつ。
先程の冒険者の接近マークで、近くに誰かがいるとはわかっていたが、対向する道からこうもタイミングが悪く現れるとは。
俺が発見した鉱物に早速目がくらんでいる。
歳でいえば俺よりひと回りほど上の男だ。目的の量を採取する俺の背中を見てニヤニヤしていた。魂胆はわかっている。
「………なぁ、ここだけの話なんだけどさぁ。金剛獅子団って知ってるかぁ? 俺、そこのメンバーなんだわ。お前、見たところソロ活動みてぇだが、限度があるだろ? そこで、だ。団長に紹介してやっから、手間賃として残ってる素材全部俺にくれよ。なーに、悪いようにはしないぜ? な?」
ま、こういうことだ。
虎の威を借る狐くんは、臭い息を後ろから吐いて甘い蜜を提示した。
こうして関東ダンジョンの詳細を書いた以上、なんかキャラクター詳細や設定などを書き足したくなりましたね。まだ主要キャラは三人だけなのですが。これからもっと増える予定ではありますし、それに備えるべきか………
鉱物の発掘もダンジョン探検の醍醐味だと考えています。いいなぁ………と考えたものを載せていこうかと。
それはともかく、今回書いた白い粉(ヤバくない粉だよ)を覚えておいていただければと思います。ネタバレですが伏線です。
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