第106話 よくある喧嘩
「お前………お前ぇええええ!!」
「な、なんだよ。なにすんだ、やめろ!」
男たちが争っている。声は何度か聞いた。知っているふたりだ。
急いで移動すると、岩陰でもみ合っているふたりを見た。
ただ、ひとりは今移動していた和久という男だ。
「お前、やっぱりそういう奴だったんだな!」
「どういうことだよ!? おい、落ち着けって。どうしたんだよ!」
「どうしたもなにもあるか! お前、俺が最近動きが鈍いとか、チームに不要とか言って回ってるらしいじゃねぇか!」
怒号を発していたのが和久だ。もうひとりの男に掴みかかっている。
するともうひとりの男は、たまらず激昂して和久を掴み返す。
「それを言うならお前だって俺の悪評をばら撒いてたらしいじゃねぇか! 大半が聞いたって言ってるぜ!」
「はぁ? んなことしてねぇよ! それをやったのはお前だろうが!」
やったやってないだの、水掛け論になっている。
どこのパーティでも一回はありそうな喧嘩だ。男も女も関係ない。陰口が原因で招いた衝突。不毛だと知っていながらも、大勢で組む以上避けて通れない道と言えた。
「おーい。なに揉めてんだよ。面白そうな話題なら俺も混ぜろよ」
どう仲裁するもんかと悩んだ末、迅と利達と同じ方法で間に入った。
するとやはり、ふたりの注目と怒りの矛先が俺に向かう。
「関係ない奴はすっこんでろ!」
「別のパーティのくせに口出しすんな!」
おうおう。盛ってんなぁ。
別に、俺がこいつらを止める理由はない。確かにお節介だ。
だが目的はいくつかある。ひとつは偵察。こういう諍いだからこそ自制心を喪失し、秘めていたことを口にしてしまう場合もある。それが狙い。
もうひとつは本命と言えた。
夜の時間になってモンスターの出現率は低下するが、夜行性タイプがいるかもしれないということ。大声で騒げば場所を教えるようなものだ。夜襲なんて面倒他ならない。
「そう邪険にすんなって。で? なにがなにが原因でふたりきりのパーティをおっ始めやがった? 言っただの言ってないだの、陰口が原因か?」
「ああ、そうだよ。和久が俺のことを前線に立ってもなにもできない最弱とか言ってたんだ!」
「言ってねぇよ!」
「はぁ? じゃあ他の奴に聞いてもいいんだぜ? ほとんどが聞いてるって言ってたからなぁ!」
「ふざけんな! むしろお前の方が悪口を言って回ってんじゃねぇか! そっちこそ大半が聞いたって言ってたぜ!」
不毛なやり取りが続く。
どっちもどっちなんだが………なんかおかしいような。
ふたりとも嘘を言っていない。そう見えた。では勘違いなのかと言えば、それも違う。
大勢の言質を取ったにしては、両者とも覚えがないという。
すると、騒ぎを聞きつけた名都が肩を怒らせて駆けつけた。
「なにを騒いでいるお前たち! 今がどういう状況なのか、わかっているのか!!」
「けど団長! 和久がチームワークを乱そうとした原因を作ったんです!」
「違います! それはこいつです!」
「もういい、黙れ! 騒いだ罰は平等に与える。そこまで元気があるなら今晩の見張りは両名を中心にやってもらうとしよう。ただし、陣形の両端に配置する。会話ができないようにな。もちろん他の見張りに無駄口をたたくことも許さん! 行け!」
仮眠時間はあるだろうが、極端に短いだろう。ほぼ徹夜の見張り命令を仰せつかったふたりはギョッとして、他のメンバーに連れて行かれることになってガクリと肩を落とした。
「申し訳ない、京一さん。見苦しいものを見せた」
「いや、別に構わねえよ」
名都が俺に頭を下げるのは何度目になるだろう。なんだかそろそろ哀れになってきた。
極限状態のなかでピリつく空気によるストレスで、普段なら絶対にやりそうにない喧嘩をするのは仕方ない。だがそれがすべて名都に皺寄せされている現状が、哀れと言う他ない。
「あのふたりはオフェンスのなかでも優秀で、仲が良かった。しかし………なぜこうなってしまったんだ。最近はこういう喧嘩が多発し過ぎている」
頭を上げた名都は、俺が目の前にいるにも関わらず、つい弱音を吐いてしまう。俺なら相談に乗るとでも考えたのか。
「よるある喧嘩だろ。気にすんな」
「いや、あり過ぎるくらいだ。みな、よく尽くしてくれたが………このままではチームが分解してしまうと危惧している。極端に言えば二分化されそうだ」
「っていうと?」
「派閥、とでも言うべきか。特徴がある。喧嘩をする者としない者だ」
「へぇ。聞かせてくれよ───ッ!!」
次の瞬間、その場にいた全員が体を強ばらせた。
カポーン。と微かな蹄の音を聞いたからだ。
拘束された和久たち、拘束して連行する者たち、俺と名都。幸いなことにテイムしたモンスターのオブジェクト化を解除して戻ってきた迅も。
「誰も動くなよ? 物音を立てるんじゃねぇ」
本来の依頼を思い出す。
俺たちは名都たちチーム流星の護衛をしている。名都たちがここにいて、俺が近くにいるっていうなら、役目を果たすしかない。
名都に警戒体勢を取らせ、俺は臨戦体勢に移行。名都は無言のまま震えるメンバーたちにハンドシグナルを送り、消音状態のまま本陣へ戻るよう指示した。それでいい。本陣には奏さんと鏡花がいる。龍弐さんはまだ動かせない。俺が殿を務め、撤退を開始した。
途中でここらの物陰を作る岩場の上に、俺が単身で移動。
視界を確保するのと同時に、この耳障りな蹄の正体───ディーノフレスターの注目をすべて集めるためだ。
足音は鳴り止まない。ただ、小さいだけ。最初に会敵した時よりも小さいような。
「………ん?」
そこで違和感を覚えた。
近くにいようが遠くにいようが、俺はあのモンスターに戦慄を覚えた。肌が粟立つくらいに。しかし、今はそれがない。
どうなってやがるのか。と視線を反らし───
「名都さん! 京一さん!」
マリアがこちらに走って、あろうことか叫んでいるのを目にしてしまった。
「馬鹿野郎………叫ぶんじゃねぇ! 伏せてろ!」
位置を報せないために、俺の大声でマリアの声を上書きする。
マリアは迂闊だった行為を自覚し、地面に四つん這いとなる。あれじゃ敏捷力に欠ける。なにもそこまでしろとは言ってねぇ。
だがあれはあれでいい。マリアの周囲にも障害物となる岩がたくさんある。ディーノフレスターが出現しようものなら、俺が捉えられるかもしれない。
「いっ………!?」
その時だ。一際大きくカポーンと鳴る。接敵されたと警戒と緊張が高まる。
だが、ディーノフレスターは現れない。それ以降も足音が鳴るが、小さくなっていく。近づいて、遠ざかる。いったいなにがしたいというんだか。
「う、わぁぁああああああああ!!」
「ま、待てっ! 和久!」
張り詰める緊張に耐えきれず、平常心を失った和久が、ついに錯乱して拘束が緩んだ隙を突き逃亡を謀る。
マリアを飛び越えて岩陰の向こうに走っていった。
名都は身を低くしながら慌てて追う。
こうなったらこの場にいる数人を指揮できるのは俺しかいない。
司令官の真似事なんざやったことがないが、見様見真似だ。「進め」と「待て」をハンドシグナルで送る。迅たちがマリアに合流し、ついでにマリアを助け起こして本陣までの撤退を開始した。
だいぶ遅れてしまったが、本陣が見えたのは十分後のことだった。
そこには和久を捕まえた名都がいた。和久の無事に、マリアたちはほっと胸を撫で下ろすも、名都に掴まれた和久がどうにも大人しいことを疑問に思う。あんな錯乱をしておいて意気消沈。有り得るのか?
更新時間を07:10に戻してみました。PVの変化が知りたかったからでもあります。読者の皆様を混乱させるようなことをして申し訳ありませんでした。