第105話 モンスターの運搬
「よう」
「………おう」
軽くはなく、しかし重くもない足取りで接近し、隣に座って声をかける。
すると初日のような敵愾心に溢れる声のトーンをしていなかったことに驚いた。
「どうした? 今日は警戒しないのかよ」
「別に。………あんたは、俺が考えてるよか悪い奴じゃないって、わかったからな」
「へぇ。ありがとよ」
「勘違いすんじゃねぇ。だからって、認めたわけじゃねぇからな」
相変わらずと苦笑するも、確かな進展があった。これは収穫だ。
とりあえずそこまで嫌われていなかったことがわかった。主人に倣って、三匹のモンスターの幼獣たちは時折を見上げる程度で、食事を続けている。
「なんの用だよ」
「あんなメシじゃ満足できねぇ。ちょっと付き合えよ」
怪訝な目を向ける迅に、俺はまたレーションを数本差し出す。
迅はしばらく訝し気にしていたが、他意はないと知ると、渋々受け取った。
「………もらっとく。その、感謝はしておく」
「おう」
利達に似て律儀だ。もらった好意にちゃんと礼を言える。案外、そういうのが誰かに好かれやすい。俺も迅のことを気に入っていた。
「なんの用だよ」
用がなければ近づいちゃいけないのか? なんて意地の悪い質問をしてみたくなったが、印象を損なうだけだ。せっかく縮まった距離感が離れることになる。それに今は、そんな無駄口を叩いている時間はねぇ。
「お前がテイムしたそのモンスターたちについてだ」
「………なんか文句あんのか?」
「ねぇよ。少しだけ気がかりなことがあってな。聞かせてくれよ」
「なんだよ」
モンスターの話題になると少しだけ不機嫌になる。チーム流星でも問題視され、名都に咎められ、利達に馬鹿にされた原因だからだろう。
「そいつら、どういうモンスターなんだ? 見たことがねぇぞ」
「知らねえ。俺ぁ、そこまでモンスターについて詳しくねぇんだよ」
「ふーん?」
「いや、マジでわかんねぇんだ。今日のボススライムくらいならわかるけどよ。正直、こいつらがどんな名前なのかわからねぇ。あんたはわかるのか?」
「いや、まったく。ま、わからねぇもんは仕方ねぇよ」
「………あんた、変わってんな」
チーム流星の変わり者にそんな呼ばれ方をするとはな。
「なんで?」
「いや………俺がテイマーだってわかってんのに馬鹿にしねぇし。こいつらのことだって大切にしろって………初めて言われたぜ」
だから少なからず、心を開きかけているってわけか。
「テイマーだろうが馬鹿にはしねぇよ。それがお前のやることならな。でも驚いたな。初日、名都にも言われたんだろ? こいつらとの契約を切れって。けどこいつら、俺が知る限り初日移行もお前の傍にいたんだな。いや、それよりもずっと前から。………埼玉ダンジョンからずっと一緒だろ。それも名都に気付かれずに。………いったい、どうなってんだ?」
「ああ、知らねえのか」
「ん?」
「テイマーの能力だよ。契約したモンスターは隠しておけるんだ」
「隠す?」
「こんな具合にな」
迅はスクリーンを操作すると、三匹のオブジェクト化を解除する。すると鳥と猫と犬のモンスターが瞬時に消えた。
「………どうなってんだ?」
「さぁな。俺も詳しいことはわかんねぇよ。そこまで頭いい方じゃねぇしな」
オブジェクト化をタップすると、また遠くから三匹が駆け寄る。
少しだけわかったことだが、テイマーはモンスターを持ち歩けるってことだ。スクリーンのなかに隠すというよりも、収納して。
だからまだ赤ん坊のこいつらが、親である迅の移動に合わせられた。直接歩いたのではなく、おんぶ紐によって繋がれていたからだ。
と、スクリーンを操作する迅のスペックが見えた。
レベルは二十五。モンスターたちは十以上。そこそこ鍛えてはいるようだが、おそらく四牙兄妹のなかで最低のレベルなのだろう。
「………俺からも質問、いいか?」
「なんだ?」
「あんた、スキル持ちなんだってな。………教えてくれよ。どうやったらスキル持ちになれるのかよ」
俺はこの時、迅の根底にある悔しさや憤りを見た。
迅はエリクシル粒子適合者で、上位レベル冒険者パーティの一角を担うが、あのレベルだ。埼玉ダンジョンを攻略するには低すぎる。
「今、俺のレベル見たろ?」
「ああ、悪い」
「いいけどよ。別に、隠すつもりもねぇ。だが………俺は自分が情けねぇんだよ。名都の兄貴が先にダンジョンに入って、スキル持ちになって、パーティを持った。俺と利達は同じ頃にエリクシル粒子適合者になって、兄貴のパーティに入った。それこそ血が滲むくらいの特訓で最短でレベルを上げてよ。………でも、埼玉ダンジョンに入ってから、現実って奴を知った」
「………利達がスキル持ちになったから、か?」
「………ああ、そうだよ。あいつには才能があったんだ。でも俺にはそんなのなくて………そんな時にテイマーになった。嬉しかったぜ。俺にもできることがあったって。でも、同じ頃に冒険者になった利達の方がレベリングが進んで………はは、笑えるぜ。今じゃあいつの方が十は高い。いや、それ以上かもな。あいつ、最近じゃ俺のことをゴミみてぇに扱ってよ。帰れ、なんて言うんだぜ?」
「だから見返すためにスキルが欲しいって?」
「スキルがありゃ、利達だけじゃなくて兄貴だって俺を認めてくれるだろ。なぁ、頼むよ。ヒントでもいいんだ。なにか知ってることがあれば教えてくれ。頼む!」
迅はなりふり構わず、俺に頭を下げた。モンスターの幼獣たちは不安そうに飼い主を見上げる。
本当、こういう真っ直ぐな奴は嫌いじゃないんだよなぁ。
でも俺には、迅が納得できるような答えを持ってない。
「悪いな。俺も、どうやってスキルを得たのかわからねぇ。偶然だったのかもな。俺は小さい頃から奴隷みてぇに働かされてよ。ある日、いつもみたく段ボールを引き裂いてたんだが………そんな時だ。いつも以上に作業が進んだ。己惚れて、鉄板でも試してみたら………紙みてぇに折れ曲がってな。驚いたぜ。周囲の大人からは化物を見る目で見られてよ」
「………そうか。くそっ。振出しか」
罪悪感があった。俺はこいつになにもしてやれねぇ。スキル持ちになれる条件が未だ不明なのがいけないんだ。
「………うん?」
悔しがる迅から目を離すと、遠くに誰かが歩いているのが見えた。
「なぁ、あいつって………」
「あ? ………ああ、和久だな。チームのオフェンスしてる」
「なにしてんだ、あいつ?」
「さぁな」
和久という男はふらっと歩くと、本陣の方に移動する。俺たちを見てからのアクションに、なにか違和感を覚えた。
「諦めんな。今はそれだけしか言えねえよ。ダンジョンにいる限り、エリクシル粒子が深く体に浸透するらしいから、それでなにか変わるかもしれねぇ。悪いな。憶測でしか語れねえや」
「いや、それもヒントだろ。わかった。ありがとよ」
「なにかあったら声かけな。じゃあな」
和久が気になって俺も移動する。迅はしばらくモンスターの幼獣と触れ合っていた。
そして数分後、本陣の手前で、喧噪を耳にした。
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