第104話 スライムの倒し方その2
逃亡生活四日目。第四中継点に向かう俺たちに、昼過ぎに新たな脅威が立ち塞がる。
これまであまり多くの個体数を見なかったので完全に油断していた。
「ボス級です! 前方五十メートル先、ボス級モンスターが現れました!」
優れた聴覚で観測ができる新出が叫ぶ。
たまらずチーム流星はざわつき、統制を乱した。
「ボス級………あと少しというところでか」
「名都さん。ここは慎重に進むべきです。迂回ルートを探すことを提案します」
「しかしだな、桑園。相手はこれまでと違ってボス級だ。逃がしてくれるとは思えん。戦うしかあるまい。覚悟を決めろ」
「っ………わかりました」
名都にボス級を回避すべく進言する桑園だが、これまでの経験から回避不可能が如実であり、避けて通れぬ道であると逆に覚悟をするよう命令される。
桑園は歯噛みしながら新出に付き添って指示を出した。
一方で俺たちも、護衛としての役割を果たすべく、陣形を整える。誰がどう攻めるかが問題となった。
ボス級モンスターは開けた空間と通路一帯を縄張りとするモンスターだ。俺もかつて一度だけ遭遇したことがある。巨大なモンスターだった。
初心者から中堅とされるパーティでも半壊から全滅の可能性を示唆されるほどの戦力を有している。それがボス級だ。
チーム流星は防衛態勢を徹底し、攻撃権を俺たちに譲渡する。
「見えました。あれは───あ」
俺たちのなかで圧倒的な視力を有する奏さんがスコープ無しで五十メートル先にいるというボス級モンスターの正体を察知し、そして殺意を漲らせた。
「………す、べし」
「奏さん?」
「死す………べし」
「………え?」
「死す、べし………死す、べし………」
敵を視認してから、ずっとこの状態が続いた。
まるで親の仇でも見たかのような呪詛を詠唱し、やがて───
「スライム死すべしッッッ!!」
辺り一帯が震撼するほどの罵声を轟かせた。
「カァッ!!」
こんなの奏さんじゃない。獣じみた咆哮。
そして矢ではなく、自らが矢のごとく速度となって肉薄した。
「あー、ありゃあ………ボススライムだぁ」
「スライムっ!?」
かつて辛酸を舐めさせられた相手の名は、鏡花とマリアにとってはトラウマそのものとなっていた。久しくその名を耳にして、ガタガタと震える。
スライムとは雑食のモンスターで、ダンジョン開拓者において当初から冒険家を殺しまくったランキング上位に君臨している。捕食時は服を装備ごと溶かし肌を溶かし筋肉を溶かし骨を溶かす。順番が備わっていた。
で、奏さんだが───スライムに対する憎悪は相当なもので、捕まるくらいなら先手必勝、駆逐することを選んだ。
猛然と接敵し、矢を射る───わけではなかった。その手にはいつもの強弓がない。
「あっひゃっひゃ、奏さんめぃ。キョーちゃんに教えた以上の荒業をかますつもりだぜぃ」
「あれ以上のなにかがあるんですか?」
「キョーちゃんに教えたのは、周囲に誰かがいた場合に、安全にスライムを無力化する方法だからねぇ。だから腕突っ込んでも平気だったっしょ? そうなるように配合してたからねぇ。でも奏さんは違うよぉ。楓先生と一緒に、どうスライムを苦しめてブチ殺すか考えてたからねぃ。さ、来るぞ来るぞぉ」
ワクワクする龍弐さん。
そして俺たちの前方で、奏さんは高く跳躍しながらスクリーンからなにかを取り出す。
「オラッ、死ねやクソスライムゥゥウウウッ!!」
奏さんらしくないスラング。あんな変貌は見たことがない。龍弐さんを半殺しにする時よりも酷い。
そして断続的に投下させられる袋の数々。よく知っているビニール製。二十キログラムのそれを軽々とポイポイ放つ。
ボススライムは奏さんを敵として認識。ビニール袋を伸ばした触手で掴んで捕食。その他にも奏さんを捕らえようと触手が伸びるが、水面を走って回避。まだビニール袋を投擲する。
数秒が経過してから、やはり変化が起きた。
ボススライムの水色の体から、発煙を確認した。
「煙? いや違う………水蒸気?」
「そ。あれが三内家特性、ただの生石灰だよぉ」
「え、ただの………?」
「そ、ただの」
まるで意味がわからない。
俺は理系ではないから化学反応なんて実際に目にしなければ仕組みを知れない。
しかし、鏡花とマリアは合点がいったようで「ああ!」と頷いて柏手を打った。
「生石灰の火災は、実際に二百年前にもあったからねぇ。いいかいキョーちゃん。奏が投げたあれは、水に触れると発熱するんだ。その温度は七百度以上。つまり?」
「スライムが、蒸発する!」
「そういうことぉ。酸性だろうが石灰なら問題ないし。絶対にスライムをぶち殺せるんだよ。ちなみに奏や楓先生は、絶対スライムぶち殺すパウダーを発見してから、キョーちゃんが使った石灰のブレンドを考えたんだ。でなけりゃキョーちゃん、自分から火のなかに突っ込んじまうだろうしねぇ」
なにも言い返せない。
俺はあの時、ボススライムの酸性が中和されたか確認するため試験リトマス紙ではなく自分の腕を突っ込んだ。それがどれだけ危険な行為か、奏さんに知られたら、また説教だっただろう。インモラルブロック機能が働いて、映像がダウンしていたのが幸いだった。
本当は大火傷をしてもおかしくない温度だったんだ。これが本当のスライムの倒し方。消臭ビーズも液体窒素も必要としない。純粋な殺意を以ってしてブチ殺す手段。
「女の敵めぇぇえええええええッ!!」
きっと楓先生も被害に遭い、その経験を奏さんに恐怖と怒りを伝授した。捕まれば社会的抹殺。そうなる前に物理的抹殺を行うことで凄惨な未来を回避する。
通常のスライムより巨大なボススライムが、発熱し、水蒸気を上げて急激に萎んでいく。
動きが鈍くなっていくのは不可視な命が消えていくからだ。
俺はその日、盛大にして徹底的なスライム虐待を目の当たりにした。
やがてシュボッと音を立てて、液体が発火する。キィイイ! と鳴くボススライムは、炎から逃れようとするも体内からの発火のため、どう足掻いたとしても消火には至らない。
たまらず近くの水場へ落下を試みるも、どうにも移動もままならず、二、三度の身動ぎののち爆散した。
「………」
「………」
「………」
鬼のスライム退治を目にしたチーム流星の面々は、驚愕したまま呆然とする。誰も一言も発せない。ただただ、尋常ならざるスライムの倒し方に口を大きく開けていた。
なるほど。これがあの時の鏡花とマリアの気持ちか。
俺でさえも呆然とすると、スッキリした表情で帰ってくる奏さん。
「お待たせしました。障害は排除しましたよ。いやぁ、イイことをしたあとは、気持ちがいいですねっ。………あれ、どうしましたか? 皆さん、そんな怖いものを見る目をしてしまって。もう怖いスライムはいませんよ?」
死ねと叫んでいたあなたが一番怖い。とは言えなかった。言えばきっと、生石灰を食わされて、ボススライムの二の舞になることは明白だった。
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四日目の夜。
第四中継点に到着した。桐生市跡地の下。すでに足利ゲートは目と鼻の先。
スティンガーブルの残った肉をうまく活用し、小麦粉などをマリアが提供したことで腹持ちをよくした食事をした。
残り一日。計算では昼には足利に入る。
話を聞くなら今日しかない。俺はやはり少し離れたところでモンスターの幼獣に自分の分の食事を与えていた迅を発見し、接近を試みた。
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もしかしたら早い方がいいのかなと思いまして。
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