第102話 京一先輩
だが気になることもある。これは予想の範疇ではあるし、俺がテイマーの具体を知らないゆえに浮かんだ疑問だ。
「迅はまだ、あの三匹を従えてるんだな? 名都になんと言われても契約を解除しなかった」
「そうだと思う」
「で、迅はあの三匹を隠しながらお前たちとともに行動して………でもあの三匹は埼玉ダンジョンからここまで追ってきた。名都たちに見つからないように。大したもんだと褒めてやりたいが………可能なのか? あれはモンスターだが、まだ幼いだろ。人間でいえばハイハイ歩きができたくらいだ。長距離をお前たちから隠れて移動する………それはテイマーの能力なのか。それとも、あのモンスターが特殊なのか………」
「え………あ、言われてみれば、確かに。考えたことなかった」
加えるなら、執拗にチーム流星を追尾し、襲ったディーノフレスターにも発見されぬよう隠れていたってことだ。
まだ足で歩くことができない人間の赤ん坊が、腹を空かせた肉食獣から逃亡し、自分たちの歩幅で進む親を追いかけるのと同じだ。絶対にできない。
利達はなにも知らない。であれば、迅に聞くしかないか。
「………戻るぞ」
「迅兄ぃに聞かなくていいの?」
「いいさ。急用じゃない。それよりも………」
「うん?」
「なんかお前、距離感バグってないか?」
「そーかな?」
利達は自分と俺とを交互に見て、それでも理解に達せず、また俺を見上げた。
昨日や一昨日は、散々敵視してくれたのに、なぜ今になって俺の腕にピタリと張り付くような歩き方をするんだか。どうにも御し難い。
「まぁ、いいか。それともうひとつ。お前のチームで、最近変な動きをする奴はいないか?」
距離感は心の表れ。好感度も兼ねている。十五センチがパーソナルスペースとされ、侵犯するかされるかで不快感を覚える。ところが利達は、俺に自ら接近しても不快感を示さず。むしろ指摘した途端により擦り寄られた。
「変な動きぃ? 例えば?」
なぜだかは理由は知れないが、嫌悪感を示さないならもっと踏み込んでも問題ない。まるで交友関係のある仲のように尋ねると、この踏み込んだ質問について考えてくれているようだった。
「あー、例えばぁ………誰かを不快にさせるような行動を、あえて自分から取りに行ったり」
「………昼間のあたしみたく?」
「向上心あってのことだろ。気にすんなって。利達のあれよりも、もっと露骨に画策しての嫌がらせっていうのかな。もしくは、その予兆………」
「うーん。だったら、ひとりだけ知ってるかも」
「迅とか言うなよ?」
「言わないよ」
なんだか鍔紀を思い出す絡み方になってきた。
だが名都や迅と接する時と違って、声のトーンが高いような。
「変な動き………あ」
「なにかわかったか?」
「そういえば、もう知ってると思うけど、埼玉ダンジョンで女の子拾ったんだ。スキル持ちだから協調してもらってさ。あのひとが来てからモンスターに襲われるようになったんだよね」
「けど今はいない。その他になにか思い出したことはないか?」
「うーん。群馬ダンジョンに入ってからは、みんな極限状態で、精神的にピリピリしてて………喧嘩が増えたかな。些細なことがきっかけになったり。でも………なんかおかしいんだよね」
「おかしい?」
「うん。優しい性格してて、滅多に怒らなくて、どんな悪戯をされても笑って許しちゃうような子たち同士で喧嘩になったんだよね。理由は、なんていうか………疑心暗鬼?」
極限状態のなかで互いが互いを信頼できず疑うようになる。よくありそうな話だ。
チーム流星の実態を知らない俺は聞き流してしまいそうだったが、長く全員と一緒にいる利達だからこそわかることがある。今はそれに賭けるしかない。
疑心暗鬼から得られるヒント。多発する喧嘩。なら、たったひとつ。これで人数を絞っていく。
「なら教えてくれないか? 群馬ダンジョンに戻ってから、チーム流星のなかで、喧嘩………言い争いを一度もしたことがない奴っているか?」
「えー………いたかなぁ。………あ、でもひとりだけいるかも。あのひとだけは、みんな疑わずに接してたから」
「誰だ?」
「桑園さんって、わかるよね?」
「………ああ」
まさに俺たちの第三の依頼主。強引に調査依頼の嘆願を押し付けて、なし崩しのまま経過している。
だが利達の口から桑園の名が出るとは思ってもいなかった。まさか桑園自身が───
「その桑園さんはチームの参謀なんだけど、実は桑園さんには弟子がいるの。昨日、見たでしょ? 観測できる子。新出智哉っていうんだけど」
「あ、ああ」
危うく桑園を疑うところで、また新たな名前が挙がる。慌てて脳内に構築した関係図の一部を訂正した。
「新出くんって、桑園さんの弟子みたいなもんなんだよね」
「弟子?」
「桑園さんの戦術は名都兄ぃも認めてて、いずれは新出くんが桑園さんに代わって第二指揮者になるだろうって言われてたんだ。最初こそ………ほら、うちって五十五人いたから」
五十五人なんて大隊規模だ。桑園はたったひとりでそんな大所帯を動かすべく戦術を組み立てていたとは。
「その新出とやらが、喧嘩をしてないって?」
「うん。見たことない。元々、そういう性格だし、あたしになんかふたつ年上なのに敬語使っちゃったりしてさ。口数は少ない方だったんだけど、埼玉ダンジョンでの異変から………なんかひとが変わったみたいにみんなに話しかけてさ。どうしたんだろうって思ってた」
「………そうか」
酷な話ではある。
桑園が手塩にかけて育てていた弟子が候補入りしてしまった。
この事実を知った時、桑園はどんな顔をするだろうか。悲しむだろうか。
いや、まだそうと決まったわけではない。新出がチーム流星を崩壊させようとする理由が必要だ。
動機───誰かを恨んでいた? 喧嘩もしない性格をしている観測班が?
「新出は誰かに嫌われてるのか?」
「ちょっとー。なんでそんなこと聞くわけ? あるわけないじゃん。名都兄ぃも一目置いてるし。観測できるのって、もう新出くんしかいないからさ。みんなで大切にしてるよ。あーでも、なんかたまに、悲しそうな顔をするんだよなぁ。理由を聞いてもはぐらかされるし」
「悲しそうな顔、ね」
まだ情報が足りない。圧倒的に。
次は誰に聞くべきか。名都か。いや………もっとそれらしい人員がいるか。チャンスは明日。最終日を予定している前日だな。
「ありがとよ。なにか礼をしなきゃな。って言っても、女が欲しがるものなんかさっぱりだし………なんか欲しいもん、あるか?」
奏さん辺りが聞いたら、手で目元を覆って呆れるだろう。プレゼントを送る相手に、具体を直接聞くのは愚行だ。死ね。って感じで。
「いいのっ!? じゃあ、じゃあ………甘いもの! 西京都で流行ってそうなもの! もうお小遣い無くて、しばらく食べられてないんだよぉ」
「わかったわかった。じゃあふたりで秘密で食べちまおう。本陣に戻って食ったら、なに言われるかわからねぇしな」
「わーい! 京一先輩、ごちでーっす!」
「………先輩?」
妹から後輩になっちまった。どちらかと言えば、ダンジョンでの先輩はこいつなんだろうけど。
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───カツン。
広々とした空間の一角に、大型バスが二台ほど停車できるスペースがあった。
周囲には光源となる鉱石が少なく、濡れた蹄をうっすらと照らす。
しきりにピチャピチャと水が鳴る音も響き、音源となっていた長い舌が、それを舐めるのをやめた。
嗤う。自分で嗤っていると理解していない。それでも唇の端が吊り上がる。
「………ナ、オ………ッタ」
それが不気味な声を発した。機械的、あるいは未完成の声帯を震わせたような、雑音のような声音で。
ブクマ、評価ありがとうございます!
今度は後輩キャラを出してみました。
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