第101話 迅の事情
「京一さん! 鏡花さん!」
「無事ですか!?」
魚人から逃げて、手近な足場に到着すると、マリアと奏さんはチーム流星を連れてそこまで移動してくれていた。
「はい。なんとか」
「龍弐さんのお陰で命拾いしました」
「なーに。たまには兄貴らしいとこ、見せないとねぇ」
ゴムボートから降りて、鏡花と利達の手を引いて岩場に立たせる。鏡花と一緒に礼を述べるが、いつもらしく飄々と躱される。だが、やはり無茶をしたらしい。奏さんの目は誤魔化せない。すぐに回復薬の瓶を取り出して、タオルとともに携えて龍弐さんのところに移動した。傷口が若干赤くなっている。開いてしまったんだ。
龍弐さんは奏さんに任せるとして、今度はこっちだ。予想できるイベントを止めないとな。
「利達!!」
駆け寄った名都が手を振り上げる。怒鳴られた利達は無茶を咎められ、折檻の恐怖に竦み上がった。
「この愚か者が───」
「待てよ」
振り上げられた手の平が加速した直後に掴んで止める。
名都と利達は驚き、俺を見た。
「邪魔をしないでもらいたい。これはチーム流星の指針であり、なにより兄として妹の教育をする義務がある!」
「なんでもかんでもパンパン叩けばいいってもんじゃないだろ。まぁ今回に限ってはお咎め無しでいいと思うぜ? 鏡花にみっちり絞られてたからな」
「………しかし」
「俺たちの手を煩わせたってのは、よろしくないんだろうさ。でもな、誰だってこうやって学んでくもんだろ。利達だって悪気があったわけじゃねぇ。誰かの役に立ちたくて必死だっただけだ。俺はいいと思うぜ? 嫌いじゃねぇよ。そういうの」
「………わかった。ならば、今回に限ってはあなたに免じることとする。だが二度目はないぞ。わかったな? 利達」
「………うん。わかったよ。名都兄ぃ」
名都は踵を返して去っていく。沈みかけたスティンガーブルの回収をするべく、チームに指示を出した。連中にとってはこの上ない食糧だ。今夜は焼肉パーティだな。
俺と鏡花も回収作業に加わる。短時間でサルベージし、解体しなければ魚人の餌か、そのまま黒い霧となって消えるかだ。時間の勝負といえた。
「………」
ただ、俺の背中に突き刺さる、利達の視線だけはどうも気になって仕方なかった。
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第三中継点に到着し、速やかに食事の準備が行われた。
誰もが飢えた目をしながら、ありとあらゆる道具を使って肉を捌く。持ち得る調味料と、方法とで大量の肉の調理に取りかかった。
結局、スティンガーブルのサルベージ作業は三つ巴の戦いとなった。
倒してから時間をかけ過ぎた影響で死骸は霧散しかけ、残った肉を魚人に齧られ、さらに魚人がこちらに侵攻するので阻止しつつ、肉を水中から引き上げた。
だが、連中の気力ときたら大したもので、久々に吐くまで食べられるとわかると、全員目の色を変えて迎撃と回収に全力を注いだ。誰がなにを言うまでもなく、分担されたチームの力で、四百キロ以上の肉を回収することができた。
回収に成功すると魚人の迎撃を中断し、脱兎のごとくその場から去る。
ひもじい食事と疲労で、限界に近いバイタルだったというのに、どこからそんな底力が発揮されるのかと疑うほどの脚力で岩場を蹴り、隊列はひとつの槍と化す勢いで第三中継点へと驀進する。
第三中継点に到着するとチームがまだ二分し、警戒に二割、調理に八割の人員を裂いて、テントを張る時間さえも惜しんで、とにかく肉を焼きまくる。そこがどんな部位であろうとお構いなしに鉄板に並べ、とにかく焼く。ひたすら焼く。焼く以外のなにものでもない。
辺りには食欲を極限に引き立てる香りが充満した。そこかしこから煙が上がる。勝鬨の狼煙のように。
所詮は素人が見様見真似で作った料理。しかし有名企業が開発した焼肉のタレが龍弐さんのスクリーンから山のように出現し、狂喜する一行。
見張りのローテーションが極端に短くなる。名都の指示で、全員が平等に食べられるように配慮した。よって自分や幹部連中も見張りに加わり、末端の隊員も満腹になるまで食わせてやることができた。
改めて名都から礼を述べられる。充足した食事は、肉体と精神の疲労を癒す、もっとも効果的な薬だ。俺もそう思う。
その後、野営の準備と後片付けと見張りをチーム流星が担当し、俺たちはそのまま就寝の流れとなる。
だが俺は、散歩ついでに周囲の哨戒をすると言って、中継点から離れた。
理由は、やはりというか───目に入ってしまったからだ。たったひとり気配を消してその場から去る迅の姿を。
「みんな飯だぞ! 今日はすっげぇんだ。肉だぞ、肉! スティンガーブルなんて滅多に食えないからな。お前らいっぱい食べろよ」
迅は初日にそうしたように、三匹のモンスターの幼獣を呼び寄せると、こっそりと拝借していたのか、生肉を地面に置く。幼獣たちは嬉しそうに駆け寄り、まず迅に撫でてもらってから食事にありつく。
その姿は、龍弐さんの言うように親子そのものだ。あの幼獣たちは迅を疑うことなく、慕っている。
俺は迅たちを、また離れた岩場の陰から見ていた。
「あの三匹、名都の指示で手放したわけじゃなかったのか」
「そういうこと。迅兄ぃって、名都兄ぃみたいに昔から頑固なところがあってさ。名都兄ぃに言葉では従うけど、結局はこうやって隠してるんだよなぁ」
「利達?」
「えー………今ので驚かないのかよ」
俺の背後に利達がいた。足音は聞こえなかったが、誰かが接近しているとは察知していた。だがまさか俺を毛嫌いしている利達だとは思いもしなかった。
「………昼間は、ありがと。助けてくれて。あと………庇ってくれて」
律儀な奴だ。どうせ俺など眼中にもなく、助けられたことを癪に思い、いつまでも根に持つかと考えていたが、案外素直な性格をしていて、それでいて潔い。
なるほど。チームの最年少組にいながら周囲に一目置かれているだけでなく、こうした潔さから可愛がられているわけか。
「気にすんな。俺もお前みたく学んだ。ああいうのは、よくあることだぜ」
「そうなの?」
「そうだ。奏さんはわかるな? あのひとに教えてもらった。お前の歳の頃なんて、もっと笑えない失敗をやらかしたもんだぜ」
「へぇ」
意外や意外。会話が続くどころか、利達は俺の隣に座って、興味深そうな顔をしていた。
「ところで………迅だが」
「うん?」
「なんで幼獣をテイムしたんだ? ああ、勘違いはすんなよ? 俺はそれが悪いことだとは言ってねぇ」
今なら聞けるかもしれない。可能性を信じて、思い切って踏み込んでみた。
利達は数秒黙したが、肉を食べている三匹を遠目で見て、ゆっくりと語る。
「あの子たちは、埼玉ダンジョンで会ったんだ。親と逸れたか、他のモンスターに殺されたか。迅兄ぃは見捨てられなくて、テイムしたんだ」
「そうか………だからあの三匹は、迅を親みたく見てるんだな」
「うん。最初はみんなで可愛がってた。あたしもそう。でも………あとは知ってのとおり。チームが崩壊しかけた。そんななかで赤ん坊のあの子たちを守れるはずがない。名都兄ぃは賢かったよ。迅兄ぃにあの三匹と早々に別れさせることで………お腹を空かせたみんなが非常食みたく思わせないようにしたんだ」
なかなか、どうしてハードな話になってくるかな。
どうしても譲れない事情があるのだろうと想像していたが、実際は俺が考えていたよりも倍はハードだった。
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