第100話 ロケット花火
俺が見出した、崩壊するなかでも崩落しなかった足場。それはこの岩場の中央にあった。
桐生跡地エリアに突入してすぐに発見したこの水に浮く岩の足場にいくつか仮説を立てたが、やはり底から伸びた岩が広がってできたか、あるいは水が流れて削ったかのどちらかで、水底には柱のような部分があった。俺が立っているのがそこだ。
だが思った以上に狭い。五十センチほどの足場を三人で共有して立っている。
互いにバランスを取り合い、しかし離れることもできず、俺がふたりを抱き寄せる形となった。
「この水、案外冷たいぞ。俺たちなら三分くらい泳げるが、向こう側が遠いからなぁ。………鏡花。お前のスキルで置換し続けて、俺たちを対岸まで移動させることってできないか?」
「入れ替える物体がないわ。ダーツを投げ続けるのも限界があるもの。私のスキルは応用が効くけど、万能ってわけじゃないし」
仮に鏡花のスキルで、まだそこらに岩場が浮いていたとしよう。それと俺たちを入れ替えたとしても、結局は水中にダイブすることになる。やはり無意味か。
「ひ、いぎ………う」
左手で抱きかかえていた利達が、変に呻き声を上げる。
「怖いだろうけど、まだ我慢しててくれよ」
俺の予想どおり、利達はこの上なく恐怖で理性を失いかけていた。
しきりに首から上だけを動かして周囲を見たり、俺を見たり、下を見たりと忙しくしている。
仕方のないことだとは思う。わずか五十センチ四方の足場を三人で共有するしかない状況。鏡花なんて俺の足を踏んでいる。利達は申し訳なさげに爪先立ちしてバランスを維持するよう努めていたが、やがて徐々に揺れが激しくなった。
「大丈夫だ。しっかりと掴まってな」
「わぎゅっ!?」
腰ではなく背中に腕を回して彼女を抱き直す。ジタバタされて三人とも水中に落下しても面倒だ。そうなるくらいなら、利達にバランスを取らせず、俺の体に密着させた方がいい。どうもセクハラっぽい図になってしまうが、緊急事態だ。
ついでに鏡花も強く抱き寄せる。視界に良くないものが映った。
「な、にすんのよ………くそっ」
「まぁ、待て。落ち着こうぜ」
慌ててもなにも始まらないし、好転もしない。
鏡花は抗議をやめて、素早く水面を睨んだ。
この危機的状況、見覚えがある。確かアーカイブで期間限定で配信されていた、巨大人食い鮫と死闘を繰り広げる人間の、パニックホラー映画だ。
あんな巨大な鮫ではないが、獰猛さと殺傷力なら負けてはいない。
魚人が群れを成して俺たちがいる方へ向かってきやがった。
スティンガーブルの血の匂いを辿ってきやがった。魚人は外見に反して肉食だ。魚の口腔にはびっしりと歯が並ぶ。
昨日のように下顎を引きちぎろうにも、ここでは狭すぎる。
「鏡花、スティンガーブルと入れ替えできるか?」
「対象がデカすぎる。私のポイントじゃ足りない」
万事休す。攻略の糸口が見つからない。
同時にゴリゴリと嫌な音が足元から鳴る。
「あの魚ども………この柱をぶっ壊そうとしてない? ふっざけんじゃねぇわよ!」
鏡花がキレた。片手でダーツを宙に放つと、柱に鱗を擦り付けて掘削していた数体と置換され、入れ替わったポイントが近かった影響で互いに互いの肉体に割り込む形で出現し、内臓を潰して絶命する。
だがたった二匹を倒した程度で、群れが止まるはずがない。今こうしているうちに、足場は順調に削られていく。
痺れを切らせた鏡花が、自分のポイントをすべて使い果たす勢いでダーツを放ろうとして───
「ストップだよぉ、鏡花ちゃーん」
絶体絶命な状況下にもっとも相応しくない、ふざけた口調が割り込んだ。
ふざけた口調とはいえ、実行に移した行動は反して効果的だった。
「うわっ………なに、あれ………水の上を、走ってる!?」
利達が目を剥く。普通、人間が水面を走れるはすがないものな。気持ちはわかる。
ふざけた口調の龍弐さんは、水面を走りながら抜刀した刀を自在に振るう。
標的となったはのは、群れのなかでも水面に近い個体で、刀のリーチに届くなら両断されていく。
それから龍弐さんは、左手でなにかを放つ。俺たちがいる柱に近しいポイントまで泡を出しながら落下した。
ところがそれらは、数秒後に急激な推進力を得て、柱を掘削する魚人たちを襲う。魚人どもはたまらず離れていった。
「ロケット花火か!」
「あっひゃひゃぁ! そうだよぉ。昔、これで奏に悪戯したよねぇ!」
あれはまだ俺が幼い頃、奏さんに近所の枯れ始めた川に連れて行ってもらって遊んだ時だ。龍弐さんは水中に点火したロケット花火を放ち、推進したそれが直撃したことで怒りを買った。半殺しにされた。つまり実証済み。
花火と聞けば誰しも宙で火花を散らし、水中では消火すると考えるが、ロケット花火だけは該当しない。
アーカイブで二百年前の動画を見たとおり、ロケット花火は点火後、水中であっても推進する。消火されないからだ。
まるで魚雷のように進み、着弾のごとく炸裂する。例は本当に悲惨だったが、半殺しの代償として確信を得た。
ちなみに龍弐さんが放ったのは全国の専門店で購入できる通常のロケット花火だ。ダンジョン素材を用いられていないだけ安価で済むので、次々と放り投げられる。右手に刀とジッポライターを同時に握り込むという器用な真似ができるゆえの撹乱攻撃だ。
もちろん魚人どももロケット花火など見たことがない。目の前を飛び交う小さな魚雷を警戒し、離れていく。
「キョーちゃん。鉄条さんからもらったもののなかに、使えるものがあるんじゃないのぉ?」
「あ、そうか。そういえば………これだ!」
鏡花と利達には俺にしがみ付くよう言う。両手をフリーにしなければスクリーンを高速で操作することができない。両サイドから押しつけられる、とんでもなく温かで柔らかいものに呼吸が詰まりそうになるも、寸でのところで耐えて、理性を働かせてスクリーンを動かし続ける。
三秒で操作完了。取り出したのはゴムの塊。スイッチを入れると吸引が始まり、五秒で本来の姿になる型落ちの優れもの、だったもの。薄汚れたゴムボートが出現し、水面に浮かぶ。鏡花と利達をまた抱えて飛び乗ると、ワイヤーを放つ。龍弐さんがそれを掴み、俺も先端を握ると、一気に牽引開始。
「うひぃ………やっぱ、沈むねぇ!」
ゴムボートの重量と水の抵抗、俺たち三人の体重を加味した加重は、龍弐さんであっても疾走に苦労していた。単独であったなら決して爪先まで沈みやしなかった両足が、今は膝まで沈んでいる。それでも必死に全力疾走する影響で、本来ならエンジンをつけて加速するところ、エンジンを載せていないにも関わらず同等の速度で水を渡ることができた。
「………ちょっと」
「なんだよ」
一息ついたところで、鏡花から抗議の声が届く。
「いつまで触ってるつもり?」
「………悪い。油断してた」
「気を付けなさい、よね」
俺の右腕はずっと鏡花を抱いていた。お陰で離れられずにいた鏡花が「テメェを殺す」と言いたげな視線を投げかけていたわけだ。
やっと手を離して解放するも、あの剣呑な視線があったからには一発ぶん殴られるかと思いきや、プイと顔を背けられただけで終わる。耳が赤くなって見えるような。気のせいか。
かくして、俺たちはスティンガーブルの要撃を終え、魚人の群れから逃げることができたのだった。
ブクマありがとうございます!
京一と鏡花を組ませるのが久しぶりすぎて、なんだか懐かしささえ覚えるような。
さて、百話を超えたところですし。今後の予定を少し。流石に一日二回更新はやりすぎました。百話になるまで書き続けた異常なモチベと、皆様の応援に支えられたのも事実です。
第二章が終わる頃、あるいはその前に一日一回更新にさせていただくと思います。どうかご了承ください。もちろん、ブクマ、評価、感想などがぶち込まれれば、きっとガソリンとなって作者を動かすことでしょう。日曜日は多く更新できるよう心がけます。