第99話 馬鹿牛リターンズ
敵との距離は約五十メートル。対する馬鹿牛は、自らの退路を蹴って潰している。もしここでターンでもされて、また別の道を潰されれば、いよいよボートで何回も往復して人員を渡す作業をして時間が無駄に過ぎていくのを見ているだけしかできなくなる。
なんとしても止める。それに、相次ぐモンスターの遭遇は俺たちにとっては僥倖といえた。
昨日の肉団子と化したウサギは、確かに最初にマリアが与えたものと比べて食いではあったが、満腹になるまでは程遠かった。そんな目をしていた。俺が仕留めた魚人は誰も手を付けない。倫理の問題か。
猪突猛進ぶりを発揮する馬鹿牛に対し、いくつもの足場を跳躍して進む俺たち。ふと思い出したことを述べてみた。
「そういえば、ふたりで組んで戦うって久しぶりだったなぁ」
「そうかもね。龍弐さんと奏おね………奏さんが来てから、組んでなかったわね」
鏡花は順調に毒されて、認識が改竄されつつあった。今、無意識にお姉ちゃん呼ばわりするところだったのを、強引に止めて元に戻した。
そんな俺たちの横を、超高速でなにかが追い抜く。ミサイル然とした奏さんの矢だった。
「ブモォォォオオオオオオウ!!」
眉間に突き立った矢は、そのまま体毛のなかに沈んで見えなくなる。だが尻から貫通していない。空気の抵抗と飛距離があったせいで推力が停滞したか。頑丈な頭蓋骨に当たって止められたようだ。ダメージは脳まで至っていない。
頭部に攻撃を受けたスティンガーブルが、猛然と俺たちを襲う。
「とりあえず、このデカイのどうする?」
「俺たちの進路を塞ぎやがった末路ってのを教えてやるぜ!」
鏡花を抜いて先行する。五秒後にスティンガーブルが踏む足場となる岩に着地すると、スキルを発動。
「ラァッ!!」
五指を岩場に叩き込む。直後、ビキビキと音を立てて直径二十五メートルほどの平坦な岩場に亀裂が生じた。
一度進むとそう簡単には止まれない習性をするのがスティンガーブルだ。例え足場に異常が生じても、巨大な体格と、勢い任せに全力疾走するためコースを変えられず、着水を免れるために跳躍したのが失敗だった。
「ブモッ!? ォォォオオオオオオオ!!」
「へぇ、やるじゃない」
亀裂が生じた岩に飛び乗ると、すぐにふたつに割れる。スティンガーブルはその狭間に落下し、見事着水した。
岩場はふたつに割れて、スティンガーブルを巻き込んだため両端が激しく持ち上がる。鏡花も追いつき、持ち上がる岩場の両端に合わせて左右に分担して疾走。
ついに浮力を失って沈む足場を蹴って跳躍。高い場所から四肢を動かして泳ごうとする馬鹿牛を強襲した。
「この馬鹿牛! これでも食らってろ!」
鏡花はすでにダーツを投げていた。俺たちが走る割れた岩場の奥。スティンガーブルが踏み抜いて破砕され、今にも沈みかけた岩の数々に設定し、ダーツと岩が置換される。
チーム流星の名に劣らぬ隕石を降らせた。水面から顔を出そうとするスティンガーブルの角に、同量かそれ以上の質量を持つ岩が降り注ぎ、頭部から突き出ている角の片方を折る。
と、その時だった。
俺たちが来た方から、キラッとなにかが光る。
綺麗な弧を描き、落石で出血するスティンガーブルの鼻先を掠めた。
「くそ、外した………でもやれる! あたしだって!」
「………なんなの、あの子」
「ちょっとした跳ねっ返りだ。あーあ、余計な仕事増やしやがって」
俺たちが来た道を走るひとりの少女。赤い髪を揺らして、沈没しかけたスティンガーブルへさらにナイフを投擲。
その投げ方は鏡花のダーツのように直線を狙うのがセオリーだが、少女───利達は腕を横に薙ぐ。
指に挟んだ三本のナイフは回転し、驚くことに途中から回転数を上げた。通常、手元から離れたそれは毎秒ごとに回転が衰え、落下する。それが物理法則。しかし、それらの法則を無視するのであれば、間違いなく俺の仮説どおりのスキルだ。
回転。それが利達のスキルに違いない。
回転数を倍増させたナイフは丸鋸のように飛来し、今度こそスティンガーブルの目元に突き立った。
脱力しかけた。
これは愚行だ。悪手とも言える。利達はスティンガーブルと相対した経験がないのだと容易にわかる。
「ンモォゴォォオオオアアアアアアアッ!!」
「え、嘘………マジで」
スティンガーブルの奇声で利達の疾走は停止し、立ちすくむ。ダメージを受けたスティンガーブルは、目前しか見ていないため、視界に入った利達が落石もやったのだと思いこんだ。そして怒りに任せて水を蹴り、利達のいる足場まで泳ぎ始める。
「あの子、馬鹿じゃないの!? せっかく私たちが守ってるってのに!」
「許してやれよ。一昨日話したんだけどな、どうも勉強不足っぽい末っ子タイプらしい」
「生憎ね。そういうのは、お尻を叩いてわからせるタイプなの。私」
「あー………知ってたけどよぉ。手加減してやれよ? 内臓破裂とかさせるなよ?」
「させねぇわよ馬鹿ぁ!」
沈みかけている足場を跳躍して、スティンガーブルを追い抜いて、利達がいる岩場へ着地。もう馬鹿牛はそこまで来ている。
どうにも水に沈んでいるせいか、折り畳んでやれるはずの頸椎が狙いにくい。
奏さんからの支援射撃で片目が潰れる。痛みに悲鳴を上げるも勢いは止まらず。
「おい利達。逃げな」
「や、やだよ。あたしだって戦える! スキル持ちなんだから!」
「そういうのいいから。黙って逃げなさい」
「うぎゅ………」
鏡花が持前のガン飛ばしで利達を威嚇する。生意気なことを言える気力を根こそぎ奪う。
俺がスティンガーブルの突進を、両手で抑えこむ。まだ健在な前足を上げさせないために、頭突きしてきたところを全身で止めた。ストレングスを最大に発揮。だがやはり重い。全身がきしむ。
「鏡花! 利達を連れて下がってろ!」
「このままじゃ、ここも危ないか………死ぬんじゃないわよ!」
「誰に言ってやがる。死なねぇよ! おっ?」
俺に頭突きを阻止されてより凶悪に憤激したスティンガーブルが、今度は胸や前足で岩を攻撃し始めた。このままではここも割れる。俺たち三人を道連れにしようって魂胆だ。
鏡花が利達の手を掴んで走ろうとするが、それよりも早く見えないなにかが飛来し、スティンガーブルの額、俺の頭の上に衝突する。爆風で髪が乱れるなか、一瞬怯み、やっと顔を上げた馬鹿牛の首に飛びつくと、スキルを発動し頸椎を一気に折り畳んだ。
「あ、やべっ!」
首が折れて倒れるスティンガーブルの顎が、亀裂が生じた岩場に向かう。急いで首から離れて岩場に飛び移ると、鏡花と利達を抱えて安全圏を探して疾走した。
馬鹿牛の顎が岩場に叩き付けられると、いよいよ崩壊が始まる。今から別の岩場に飛び移ろうにも距離がある。
ではどこか───と視線を左右に振ると、偶然にも発見した。わずかだが希望の光を。
「動くな! 俺にしがみついてろ!」
「わ、わ、わぁぁああああああ!?」
「ちょっと馬鹿犬! 変なとこ触ってんじゃないわよ! って、なにこれ」
腰を抱かれたふたりは異なる反応を示すが、やっと現状を目にして、発言の意味を知る。
「このバランスが重要だ。奏さんが助けに来るまでじっとしてな」
「………仕方ないわねぇ」
「………変なところ、触って悪い」
「いいから、意識しない! 恥ずかしくなるでしょ!?」
鏡花は俺から視線を反らすが、離れようとはしない。
離れたくても、それができないからだ。
ブクマありがとうございます!
あ、そういえば気付きました。これ、もうとっくに百部を超えていたんですね!
毎週十六から十八話を書いていれば、一ヶ月と少しでこんなに増えもしますが、改めて考えるととんでもない文字数を一ヶ月で書いていた気がします。
大変恐縮ですが、ブクマ、評価、感想などが作者のモチベーションをぶち上げる要素となっておりますので、何卒よろしくお願いします!